遭遇
暗がりの奥から出てきたのは、醜悪と呼べる化け物だった。頭部は磯巾着の様で長い無数の触手が足元まで伸び、腕だろう物は右しかなく、銃口の様に構えられている。
また、腕のない左側は肩の辺りに点滅するレンズの様なものがついている。足は逆関節、長さは別として、犬猫の様な構造だ。それの身長が約2m、ドブのような色の体の表面は流動しているのか、ピクピクと動いている。
「っ!発砲!」
とっさの号令にも3人はすぐ様反応し、私達より前に出て散開して発砲する。しかし、磯巾着はヌルリと動き左肩をこちらに向けるに留まった。距離的には外すことはない。1人5発計15発の弾丸はしかし、着弾音さえしない。
「あらま、残念。」
「ファースト、何が起こった?」
「端的に言うと、玉が消失・・したわ。見えなかった?アレの肩のレンズから弾丸に伸びた光。レーザーかビームか、はたまた魔法か、それで迎撃されたわ。・・・、ソーツのクソ共、引き受けずに溢れたら、そもそも助かる目が無いじゃない・・・。」
怪物とは・・・、モンスターとは・・・、かくも理不尽なものなのか?人の作り出した武器は簡単に無力化された。外に溢れれば、対処の使用が・・・それこそ、ミサイルでも持って来ないと無理なのだろうか?横で顔を歪ませる黒江氏は、ゲートを持ってきた元凶達に毒づいている。
「まぁ、いい検証・・が出来たわ。人の使う近代兵器では、コイツ等にほぼ無傷って言うね。橘、下がりなさい。お手本を見せてあげる。」
硬直して居た私達の横を、黒江氏が一歩前に出る。彼は元自衛官とはいえ一般人。そもそも、最初のモンスターを倒したのも、偶然の産物だと言っていた。そんな彼は、今誰よりも危ない場所にいる。彼は・・・、職を持っているにしろ、戦えるのだろうか?優雅に歩く彼女の背は、足取りとは裏腹に何処か焦って見える。
ーside 司ー
大見得を切ったが策はない。そもそも、自己暗示でここまで来たが、それもまた、あくまで配信する為。ソーツよ・・・、どうせ寄こすなら三目出せよ。あれなら、追いかけっこしたから速さはわかる。
頼みの綱は、魔女と賢者。どう考えても魔法砲台だが、目の前のデカブツは弾丸を消しやがった。今の地球に置いて銃というものは、一種の信仰がある。
鉄砲打てば敵が倒せる。当たれば致命傷になる。防弾チョッキでも下手すれば骨が折れる等々。映画を見てもアクション、SFには必ず銃が出る。敵を倒す為に、主人公が生き残る為に。しかし、銃の有効性はたった今無くなった。ならば、やるしかないのだろう。ぶっつけ本番上等、取り敢えず、火の玉は出せた。なら、原理は勝手に頭に入っている。
(思考し、妄想し、空想し、操作し、具現化し、法を破る。)
何が有効?不明
どうすれば倒せる?不明
なら何がある?ロッドと体と職業
なら、有効なのは?近づいてロッドで力いっぱい殴る!
必要なのは?速さと力!駿馬の様に疾く早く疾く早く!雄牛の様に力強く!以上の工程を身体に具現化し法を破る!
踏み出した一歩は風の様に軽く、しかし、バランスは一切崩れない。駿馬は自身の速度に振り回されない。瞬く間にデカブツに近づき、右手に持ったロッドで横に一閃。しかし、浅い!足まで伸びた触手が振るった手に巻き付き、本体は一歩下がった。しかし、下がったのならまだやれる。
「燃えなさい、誘蛾の様に。」
眼前のデカブツの、傷口から火が上がる。苦し紛れか、銃の様な右手が動き俺の腹に照準を定め、発光!大丈夫、見えている!光る銃口を無理やり左手前で掴んで上へそらし、天井が爆発、その衝撃を利用してしゃがむようにして、左手を引き寄せ、逆関節で踏ん張りの効かない、頭を垂れる姿のデカブツ頭だろう部分を殴り飛ばし、手を離して後ろに跳ぶ。頼むから死んでくれよ・・・。頭無いんだから。
願いが通じたのか、デカブツはピクリともせず、横たわっている。三目の時はそのまま消えてクリスタルになったが、こいつはどうだ?
「・・・、終わったんですか?」
「さぁ?」
橘が俺の横に来て問う。動かないデカブツは、次第に薄れ後にはクリスタルが残った。間違いない、これは倒した。左手を見れば、恐怖が遅れてきたのか震えている。右手の指は意志とは裏腹に、ロッドを離そうとしない。ここで臆するな。
奥歯を噛み締め、左手を強く握り込み、ゆっくり開く。指輪からタバコを取り出し、咥えて一服。巻き込むんだ、他人を。なら、俺に出来る事は、傲岸不遜に付いてこいと背中を見せるだけ。その為に、更に深く自己暗示をかける。
「これが戦利品、要らないからあげるわ。いい手本だったでしょ橘?職に付けばこれくらい、出来る様になる。次からは貴方達がやりなさい。大丈夫バックアップはしてあげるわ。」
残ったクリスタルを橘に押し付け、橘達に微笑みかけて先に進む。程なくして4階層の入口が見つかり、ゲートを抜ける。モンスターが居るのは分かっていた、しかし俺の認識も甘かった。ある程度同様のモンスターが出るモノだと考えていたが、先程のデカブツは明らかに三目とは形状が違う。
幸いにして動きが少なかったおかげで、無傷で倒す事が出来たが、複数体で動きの早いモンスターが出た場合、対処に困る。チラリと後ろの橘達を見ると、先程の戦闘を見たせいか、武器を持つ手にも力が籠もる。・・・、丁度コンテナのある部屋に出た、ここで一度休憩するか。
「橘、疲れたわ。休憩にしましょう、配信は一度切りなさい。再開はそうね、一時間後でどうかしら?ほら、食事と水分よ。」
「仰せのままに、ファースト。」
橘が宮藤に合図を送り、カメラを止める。マフラー3人集は入ってきた入口の方を警戒してか、武器を放そうとはしない。可哀想なので、入口に火の玉を設置して俺はここで一度、自己暗示をとく。とたん、アホみたいな心労が襲い、尻もちを付くようにして座り込む。あークソ立ちたくない。そう思いながらいっその事と大の字になる。
「お疲れ様です・・・、本当にお疲れ様です、黒江さん。」
「橘さん、演技キレッキレだったでしょ?」
そう戯けて見せると、橘は俺の横にあぐらで座り込みタバコに火を付けた。顔だけ起こしてみると、マフラー3人集は火の玉に安心したのか食事と水分補給をし、宮藤はパンを齧りながらカメラをチェックしている。
「えぇ、どっちが素か分からない程に。・・・、モンスター討伐を1人でさせてしまって、申し訳ない。」
「いや、あそこで私が前に出るのは適任でしょう。不意打ちとは言え、私には討伐経験がある。それに、職に慣れなければ今後、何が有るか分からない。」
そう、時間はないし、何があるかは分からない。今回の配信は中々にショッキングだろう。金貨や資源と言う夢があり、モンスターと言うと脅威がある。そして、何より逃れられないという問題がある。仮に、ゲートを宇宙に射出しようとしても、多分無理だ。アイツ等は仕事を依頼して俺は請け負った。
身体を起こして考える。ゲート内は不干渉でも、ゲートそのモノに付いては多分、アイツ等は、黙っていない。・・・、ゲートを探索する理由が増えた。祭壇で呼べば多分この質問には答えてくれる。
「黒江さん、教えて欲しい事が有るんですが」
タバコを吸いダラダラしていると、宮藤が話しかけてきた。何だろう?撮影ではないと思うが、ゲート内の事だろうか?職を習得した関係上、ある程度の知識はみんな持っているはずだが?
「何ですか、宮藤さん。分かる事なら答えますが。」
「自分、職を魔術師 火にしたんですが扱いがさっぱりで、何かコツは無いものかと。あれだけ火の玉を上手に飛ばしてますし。」
神妙な面持ちで聞いてくるがはてさて、俺も感覚でしか使っていないので、この説明で理解出来るかは謎だ。だがまぁ、今居るのは言い方は悪いが生贄組、当たって砕けろの精神でやるしかない。
「宮藤さん、思考し、妄想し、空想し、操作し、具現化し、法を破る。この言葉に覚えは?」
「はぁ、習得してすぐに頭に浮かんだんですが、意味はさっぱりですね。」
「それが魔法の使用方法ですか?」
「ええ、私も習得すれば分かるとしか。・・・、最初に私はタバコに火を付けました。ライターが切れたので。これは多分工程なんですよ。」
「工程?」
そう言うと橘と宮藤は首をかしげる。食事が終わった3人も興味があるのか、集まりだした。これは持論である。間違っているかも知れないが、でも、確かに魔法は発動した。
「思考、何がしたいかと言う考え。妄想、無い現実に対する有ると言う思い。空想、頭の中での現実。操作、ならば、如何にして生み出すかという工程。具現化、実体への顕現。以上の工程で法を破り無いモノがあるモノへと呼び出される。ほら。要はイメージですよ。」
差し出した掌には、水球が浮かんでいる。飲めるのかは知らない、純水なら下手したら死ぬ。水球の横に今度は火の玉、更に風、土塊等出せそうなモノを出していく。自分でやって言うのも何だが、魔法凄い!
「イメージですか、ん~~、火イメージ・・・。」
「適性の無い職業は選ばれないので、何かしらの関わりがあるんじゃないですか?」
アドバイスはしたが、中々イメージが固まらないのか宮藤はウンウン唸っている。むしろ、俺は物理職の方が気になるし、橘の鑑定師も気になる。そもそも、鑑定師はS職だ。モンスター退治をする関係上、何かしらの戦力があるはずだが。
「3人は何を取ったんですか?」
そう聞くと、ガタイのいい赤マフラーがメリケンサックを嵌めた拳を見せてくる。
「俺は格闘家、家も空手の道場やってたし、これが一番しっくり来た。職に付いてからは身体能力が上がった気がするが、次のモンスターで試すしかない。」
そう言い正拳突きを披露してくれたが、明らかに拳が早すぎて見えない。上がったというか、上がり過ぎでは?残りの二人は剣士と槍師。
緑マフラーは剣士で被るのが嫌だったが、黄色マフラーが先に選んでしまい、結果として残った槍師と肉壁で槍にしたとのこと。肉壁ってなんだよ?盾遣いとかじゃなくて肉壁って。囮要員だろうか?それとも、前提犠牲者だろうか?謎が深まる。
「それで、橘さんはどんな感じです?そのボールを投げつけて戦うんですか?」
最初のボックスにはある程度、適正のある武器が入っている。と言う事は、橘は野球かソフトボールよろしく玉を投げつけて戦うのだろうか?
「黒江さん、鑑定師は中々面白いですよ?まぁ見ててください。」
そう言ってボールを順手で持ち、俺に片目を閉じてウィンクしてくる。格好付けたいのだろうが、おっさんがおっさんにウィンクしてどうする。そんな事を、思っていると、ボールの形が崩れ1m半程度の棒になった。そして、また姿が変わり剣、槍、鞭へと変わっていく。鑑定師とは?一体何だっけ?
「面白いでしょう?これは、武芸者の玉と言うらしいのですが、好きな形の武器に変えられるんですよ。鑑定師は自身が鑑定したモノを使いこなせます。つまり、どんな武器でも適性が有ると言うことですね。」
橘がドヤ顔で武器を変えながら、俺達をみてくる。ウザい。物凄くウザい。見てみろ、マフラー3人集は物凄く悲しそうだぞ!取り敢えず、鼻をへし折りたい。
「つまりは、身体強化無しの器用貧乏だと?」
先程までドヤ顔を変えていた橘が、ピシリと止まる。武器や鑑定品は使いこなせる。しかし、使いこなすにしても、その土壌である肉体が追いつかないのでは、宝の持ち腐れである。
後々の事を考えると、何かアイテム何かも出てくるかもしれないが、現状ではマフラー3人集に一歩劣る。試しに黄色マフラーと橘とで素振りをしてみたが、明らかに橘が遅い。
「・・・、器用貧乏ではなく、オールラウンダーと言ってくださいね。配信映えの為にも。これから強くなるんですから!」
拗ねた橘は放っておくとして、宮藤には・・・おぉ!掌に炎が浮かんでいる。
「出来たじゃないですか宮藤さん」
「・・・、ええ。自分、昔火事にあったんてすよ。熱かったです、物凄く熱かったですよ・・・。」
「え〜と、お大事に?」
遠い目をする宮藤は、多分トラウマとかあるのだろうか。あまり踏み込むと藪蛇になりそうだ。さて、そろそろ時間になる。配信の為にも自己暗示を掛けなければ。私は・・・、『魔女が起動しました。』
ーside 橘ー
「ファースト、配信時間ですよ。」
「そう、なら行きましょうか。ピクニックの終わりはすぐそこよ。名残惜しいけど、寂しいけれど、終わりはいずれやってくる。」
再度自己暗示を掛けた黒江氏に話しかけると、配信当初の様な言い回しで話し出す。見ていて思うが彼の自己暗示技術は凄い。俳優や女優には役に成り切る者が居ると言うが、彼女のそれもそう言うモノなのだろうか?
微笑を浮かべる彼女は先人を切って部屋を出ていくので、慌ててそれに追従する。彼女の話では1階層以降は来た事が無いはずだが、彼女の足取りに迷いは感じ取れない。コツコツと響くブーツを聞いていると、ポツリと彼女が話しだした。
「資源等の目録はもう読んだかしら?」
「・・・、いえまだ全ては。」
なにか嫌な予感がする。黒江氏は別に笑わない訳では無いが、こんなにもニコニコしているわけではない。しかし、暗示を掛けた黒江氏は微笑を常に浮かべ、何よりゲートに居るのが楽しいといった感じで話す。それは独特の言い回しをしている時が顕著だ。
「あらあら、大変!大切な大切な宝の地図、夢と希望のお便りを、まだ貴方達は読んでない?」
「夢と希望?」
ボックス内には金貨や資源があった。黒江氏の話では、報酬という体で発生している物らしい。確かに、金貨は魅力的だし、資源はいつ枯渇するか分からない地球では必要だ。しかし、それは夢と希望の話になるのだろうか?
「人の夢、人類の夢、終の無いネバーエンディングストーリー。不死・・と不老・・と若返り・・・そんな不思議なお薬いかが?」
「!!、フ、ファーストも人が悪い、そんな物が・・・!」
ニコニコと話す彼女は今のは発言に、どれだけの欲望が動くか分かって言っているのだろうか、今言った3つは確かに・・・、確かに人類の悲願では有る。過去から現代まで、これを求めて止まない権力者は多い。そうで無くとも、どれか1つ、若さだけでも欲しがる人間なぞ山のようにいる!
「言ったじゃない、夢と希望の宝の地図。目録には載っている、ひっそり、こっそり載っている。無くした腕も帰ってくる。でも、死んだ人はさようなら。機会が有れば見せてあげる。」
明るく笑顔で話す彼女は本当に黒江氏なのか?いや、すり替わるような事は無いし、そもそも此処には私達しか居ないはずだ。これ以上は余りにも危ない。彼女の不用意な発言は余りにも、余りにも危なすぎる!
「ファースト、タバコは如何です?」
「あらあら、ありがとう。もう少しゆっくりお喋りしたいけど、煙に巻いてさようなら・・・・・。皆が来るのを待ってるわ。」
タバコを受け取った黒江氏は、そのまま私達の後ろへ行き、藤宮くんのカメラに手を振った後、タバコに火を付けてプカリと煙を吐いた。特に誰も話さないまま、4階層の探索を進める。
上へ3階層まではそこまで枝分かれしていなかったが、4階層からは枝道が多く、その分ボックスの配置もされていた。内容品は今の所金貨等々、変わったもので言えば薬のアンプル瓶があり中身はピンク色、鑑定すると回復薬とでた。何をどう回復するのかの詳細はない。黒江氏に聞いてみるべきだろうか?いや、彼女に薬学の知識が有るのだろうか?
「・・・。」
「あら、回復薬。」
後ろから覗き込んだ黒江氏が、アンプルをひょいと持ち上げ口を開く。少なくとも、彼女はこれを知っている。しかし、彼女の話では探索せずに出てきたはずだ。ならば、最初のボックスから出た?いや、彼女に鑑定能力があるのか?
「ファースト、参考までに何故これが回復薬だと?」
「私も持ってるから。」
そう言って、彼女は3本のアンプルを取り出した。しかし、そのアンプルは先程手に入れたアンプルとは違い、1つは黒く中が時折光るもの。1つはただ黒い物。そして最後に真紅の物だった。
「鑑定しても?」
「いいわよ、回復薬の上から3つ。どれが上か下かは知らないし。」
それぞれを鑑定する。おい、黒江氏!何故これを提出していない!鑑定の結果は正直、予想の範疇を超えていた。ここまで来て常識を話すつもりは毛頭ない。しかし、1つ1つが大人の指程しかないアンプルの中身は驚愕に値する価値があった。
「どう?私の予想だと、黒いピカピカが一番上だと思うけど?」
「御名答、真紅が骨折程度なら瞬時に、黒が部位欠損を含めて瞬時に、そして、黒く時折光るものが・・・、特定時間内なら欠片になろうと再生してしまう・・・。」
彼女が歌うように言っていた、無くした腕とはこう言う事か。地球でも再生医療は有る。しかし、こんな小さなアンプルで事を成すほどではない。
「お返しします。これをどこで?」
「貰ったのよ。・・・、いえ、正確には要求したの。」
「要求?私達も交渉できますか?」
「無理ね。アレ、ソーツは自身の決定を通す為なら、多分何でもしてくれるけど、こちらからの要求は聞く気がない。一応、席は用意したけど、その席が何処にあるかは分からない。橘、少し成長したかしら?」
そう言われて、ピンクのアンプルを渡される。あぁ、うん。これは成長だ。先程まで回復薬としか鑑定出来なかったそれは、渡された今見るとある程度の詳細が分かる。効果は切断された指を繋げる程度。正直、これだけでもかなり凄い物のはずだが、先程の3本には見劣りする。
「確かに、詳細が分りましたよ。」
「そう、良かったわ。・・・、欲しいなら探しなさい。これはこの中の何処かにある。・・・、個数は知らないわ。」
そう言いながら、3本のアンプルを指輪へ収納する。欲しい欲しくないで言えば、間違いなく欲しい。あのどれか1本でも有用性は計り知れない。もし、あの黒く時折光る薬があれば、あの事故は・・・。考え込みそうになった時、ふと横を見ると黒江氏がニヤニヤ笑っているのが目に入った。
「ファースト、先を急ぎましょう。ここに入って長い。そろそろお疲れでしょう?」
「ええ、そろそろ戻らないと、愛しいあの人を泣かせてしまう。」
彼女に考えを見透かされたような気がして、足早に歩みを進める。結局分岐点の巾かった4階層は全てのルートを歩く事になり、最後の道で5階層へ降りる事ができた。
ここが今回の目的地、油断はならないが出口はすぐそこにある。そう思っていると、カメラを持った宮藤君が、こちらに合図してくる。近寄ると顔を寄せ耳打ちされた。あまりいい報告ではない。
(伊月さんからです、外は公安が押し寄せていると。配信はこのまま出来ます、ただ、持ち込んだ機材の関係上脱出まで持つかは・・・。)
(予想はしていましたが、探索に思いの外時間がかかりましたね。しかし、我々の逮捕は出来ないでしょう・・・。何せ、ここはゲート内なのですから。)
ここまでで、逮捕される可能性があるとすれば銃の発砲、虚言の流布等が考えられるが、虚言の流布は後1日前後で真実に変わり適応出来なくなる。発砲に関しては黒江氏は関係が無い。有るとすれば、私が締め上げられる事だろう。
「なにか問題でも?」
「あぁ、いえ、些事ですよ。」
「そう、ならいいわ。先を急ぎましょう。明日の予定もあるし。」
「予定ですか?お伺いしても?」
そう聞くと、満面の笑みを浮かべ、愛おしそうにその言葉を紡いだ。
「妻と買い物に行く予定なの。」
ーside 司ー
漸く5階層である。ゲートに入るといった時、莉菜には行ってくれるなと懇願された。しかし、俺はそれを振り切ってここに来た。でも、それももう終わる。5階層には脱出用のゲートが設置されているはずだ。それさえ見つけられれば、無事帰還のハッピーエンド。まぁ、終わりではないが、今回の目的は果たせる。なら、後はモンスターと遭遇しない事を祈り探索するばかりだ。
「かなり分岐が多いわね。」
「ええ、既に10は分岐点を通り過ぎましたね。」
ゲート内を今回本格的に探索して、予想はしていたがここまで、目印が付けられない事が、面倒だとは思わなかった。5階層までの作りは、全て薄暗い室内の石壁の石畳。分岐点も多く、下手をすると迷う事は必須である。
今回は入った分岐に火の玉を設置して、目印にしたので迷わなかったが、今後の探索者には何かしらの対策が必要だろう。更にいくつかの分岐を通り過ぎ、迷いながらも奥へと進み、そろそろ足が疲れてきたと言う時に、俺達はとうとう目的の物と出会いたくない者を発見した。行くしかないが、モンスターが数匹いる。こちらにまだ気付いていないようなので、物陰で作戦会議。
(橘、あれ見える?)
(漢字で『退出』と書いてありますね。確かゲート内の言語ベースは日本語でしたよね?ファーストとのおかげで。)
(ええ、そうよ。でも、今はそれは置いておくとして。モンスターが6体、何体受け持てる?)
(カメラマンも数に入れて、こちらは5人。モンスターは磯巾着頭2の三目が4。ファーストとカメラマン魔法で不意打ちはどうです?)
(いいわよ。次は任せるって言ったけど、相手が多いなら話は別。)
ここまで来て、誰かの脱落はゴメンだ。橘とマフラー3人集は近接戦ができる。問題は宮藤だが、そこのカバーは俺が回ろう。なに、死にはしないのだ、多分。
(カウントは任せたわ。)
(了解、3、2、・・・。)
「1、GO!」
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