そんな事情

 タバコを吸い終わり、寝室で妻とイチャイチャして寝た明くる日の朝、那由多は学校へ行き遥は流石に大学へは行けないので、久々に地元を走ると言って愛車で出かけていった。




 俺の方は朝食を済ませ、伊月達が迎えに来るのを待つばかり。髪が長くなって邪魔だが、寝癖が付かないのは素直に嬉しい。妻に何か髪を結ぶものがないかと聞いたら、ポニーテールにセットしてくれた。




「黒江さん、宮藤です。お迎えにあがりました。」




「今行きます。」




 財布は会社にあるカバンに入っているので、適当な小銭入れにいくらか入れ、スマホとタバコ、依願退職届けをスリングバッグに入れて準備完了。覆面パトカーに乗り組むと、伊月が助手席に座って待っていた。




「帰ってから、何か変化はありましたか?」




「あ〜、とりあえず、コンビニでタバコ買ってもらっていいですか?この姿だと、身分証求められても面倒なんで。」




 警察署に行く前にコンビニに寄り、タバコをゲット。宮藤が買いに行くようで、お金を渡そうとしたら。




「いゃ〜、大人である事は分かってるんですが、その姿の黒江さんに貰うと罪悪感があるので要らないです。奢りますよ。」




 そう言って、タバコを押し付けられた。奢られるのは、あまり好きではないのだが・・・。まぁ、貰えるものは貰っておこう。宮藤が車を走らせると、伊月がバックミラーでこちらを見た後、口を開く。




「署に付いたらすぐに、対策室で話を聞きくことになります。黒江さんの変身映像を見て、一応は皆納得した体ではいますが、不快な事も有るでしょう。」




「これ以上の本人証明は厳しいですね。」




「本人証明はまぁ、いいでしょう。疑えばきりが無いのは、誰もが分かっています。問題は、化け物とゲートに付いてですな。あっ、免許証有るなら渡してください、書き換えますんで。」




 伊月に免許証を渡して考える。流石に面と向かって、偽物呼ばわりされる事は無いだろう。問題はゲート関連だ。出現した日を1日目として72時間で開通する。つまりは、明日には開通予定だ。そして、その開通時に全てのゲートを警察が見張って、誰も中に入れない事ができるか・・・。無理だな。ゲートは大きいが、そもそも正式な設置箇所が分からない。




 そんな事を考えているうちに、警察署に到着。会議迄には時間があるという事で、先に免許証用の写真を撮り喫煙室で一服。写真撮影は大変だった・・・。伊月が話を付けてくれていたが、会う婦警にやれ綺麗だのかわいいだの、頭を撫でられるだの・・・。終いには、飴も何個か貰った。




「君、警察署で未成年喫煙とは度胸があるな。」




 そう言いながらスーツを着た、若い人物が入ってきた。口調からして、警官なのだろう。短めの髪は綺麗にセットされていて、精悍な顔つきは自信に満ちている。




「生憎と成人はしてますよ、身体的特徴で決めつけると訴えられますが?」




 そう紫煙を吐きながら、話すと警官もタバコに火を付けて一服。俺を上から下まで見た後に、一つ頷くと。




「そうか、失礼した。どう見ても中学生くらいにしか見えなかったのでね。・・・、重ねて失礼するが、君は黒江 司さんか?」




「ええ、そうですよ。貴方は?」




「橘 亮二、階級は警視。今回の君・・・、いや、貴方の件を指揮担当している。」




「そうですか、本人証明はこれ以上無理ですよ?参考人は妻と高槻医師です。」




 そう言うと、橘は苦笑しながらタバコを吸い、首を左右に振る。若いが話しやすそうな奴である。顔も悪くないし、多分キャリア組。婦警には人気ありそうだ。




「いや、伊月警部から報告は聞いている。俄に信じられ無い事態だが、あんな巨大なオブジェが、なんの前触れもなく出現するんだ、不思議な事の1つや2つ合っても仕方ないさ。」




「その不思議現象で、姿かたちが変わったんですがね!」




 そう言って、吸い終わったタバコの火を灰皿で消すと、橘も火を消しながら、俺の方を見下ろしてくる。クソ、身長を捧げ過ぎた。今の身長だと、大体の大人に見下される。




「ええ、その事も含めて今から会議です。概要はみんな知っていますが、その他の事もある。その事も含めて、今から話しましょう。」




 そう言ってタバコを消した橘は、エスコートするように喫煙室の扉を開いた。姿は少女なので、この対応は普通だろう。会議は間違いなく長引く。そう思いながら、出てきた橘の後を付いていき、会議室に入る。




 中に入ると、30名程の人間が俺達の方を見るので、気圧されていると、橘はさっさと30名と対面する席に座り、俺を手招きする。席について横を見ると、伊月と宮藤もこちら側にすわっていた。俺が席に付くと、橘が警官を見回した後口を開く。




「これより、有事対策会議を始める。まず初めに紹介するが、彼女は先の巨大オブジェ・・・、いや、ゲート出現の折に内部に入り生還した黒江 司氏だ。か・・・。」




 淡々と話していたが、性別的呼び名で迷ったか。まぁ、映像を見た後で、初めて会った俺がどちらに括っているかは、知る由もない。まぁ、個人的には莉菜がいればそれでいい。




「彼女でいいですよ。この身体は、間違いなく女性です。」




「ありがとう、彼女の事は既に資料を回してあるので、それで確認して欲しい。今回の議題はゲートとその中に居るモノに付いてだ。これは内部に入った、黒江氏が撮影したものだ。既に他の署にも回して情報共有してある。」




 そう言って橘達が立ち上がって、端に寄ったので俺も傚うように壁際に立つと、伊月が電気を消し宮藤がプロジェクターを起動した後、ノートパソコンを操作して映像を流した。映像は頭に傷の付いた三目が消えていく姿、と内部をくるくると撮影したもの。その他に写真数枚。




「以上が今わかっている、ゲート内部の状態だ。黒江氏からの話では、後2日程度で全てのゲートが開放され侵入可能になり9日後には内部の怪物、モンスターが溢れるそうだ。色々思う所はあると思うが、とりあえず、周りの者と話してくれ。質問は黒江氏が、答えてくれるはずだ。」




 席に戻りながら橘が話を閉める。映像を見ていた30名は、ガヤガヤと話しだした。質問か・・・、答えられる範囲ならいいが、それを超えた場合分かりませんとしか言えない。それに、俺も質問したいことがある。




「橘さん溢れる場所、シュウヨウハラは何処か分かりましたか?後、ゲート開通の対応はどのように?」




「シュウヨウハラはまだわかりません、何か他の情報があれば何でもいい言ってください。ゲート開通は上に報告して、内閣府にも働きかけているようですが、正直芳しく無い。頭が硬いのか腰が重いのか。」




 そんなやり取りをしているど、手が上がった。橘がその刑事に質問をうながす。




「まず、ゲートは開通まで入れないと言う認識でいいんですか?また、入った場合黒江さんの様な変化が発生するという事でいいのですか?」




「現状だと私と同行なら入れます。変化については、被験者が私だけの現状では推論になりますが、内部に入るとまず職業を習得します。この職業というのは、内部で活動する為の補助装置だと思ってください。私はとある事情でこの姿になりましたが、通常は適性のある下位職及びSから3つが選ばれます。」




 等々、ソーツから言われた事をそのまま、レコーダーの様に話して情報を流す。まぁ、人の質問はどれも似てくるよな。そう思っていると、横にいた伊月から声が上がる。




「黒江さんそう言えば、武器を見せてもらえませんか?あの化け物を退治した。」




「おや、武器をお持ちで?その鞄の中ですか?」




 伊月の声に橘も俺の方を見てくる。丁度いいか。




「これからやるのは手品じゃない。裸は勘弁願いたいが、婦警に身体検査して貰った方がいい。」




 そう言うと、藤宮が婦警を呼びに行き、みんなの前で身体検査を受け、何も持ってないことを確かめられた後。皆に見えるように手の中に警棒を出現させる。その事態にみんなの動きが止まるが、構わず話す。




「今のは内部で手に入れた指輪、右手の薬指に嵌めてるこの黒い奴の力です。これは対象に向けて、出し入れを考えるだけで収納や取り出しができます。そして、この棒、分解ロッドと言いますが、何か壊していいものありますか?」




 そう聞くと橘が資料用紙を差し出してきたので、それを受け取り警棒を伸ばして、上から下へ軽く撫でると、撫でられた部分がまるで無かったかの様に消失して、地面に落ちる。




「私が手に入れた武器はこれです。中に入れば入った人数分何らかの武器と指輪が配布されます。あと、この目録を貸し出します。」




「・・・、この目録は?」




「内部で蒐集できる資源の目録です。彼ら、ソーツ曰く報酬だと。」




 受け取った橘は目録を受け取りながら、俺の警棒を見ている。まぁ、一般人が持つには過ぎた力だ。しかし、これは渡せないな。




「黒江氏そのロッ・・・。」




「残念ながら渡せません、指輪も同様です。」




「理由を聞いても?」




「指輪は多分1人1つの配布なので、無くなると困ります。ロッドを取られると、私が身を守るすべがなくなる。」




そう言うと、橘は引き下がって考え込み出す。そう言えば、あれがあった。




「ロッドと指輪は駄目ですが、これならいいですよ。私も使い道が分からないですし、解析してください。それと、シュウヨウハラで思い出しましたが、1,154.8 km地点でその名称が建物に書いてあると思います。」




 橘に三目から出てきたクリスタルを、渡しながら話す。しかし、自分でも不思議だが、なんでこんなに覚えているのだろう?別に記憶力は悪くないが、あんな事があったのに数字の細部まで、一度で暗記出来る程よくはない。あるとすれば、職業の賢者の恩恵かな?




「これは映像の最後、あのモンスターから出たクリスタルですか。分かりました、解析しましょう。会議も長くなった、一度、休憩とする。1時間後、再度集まって欲しい。」




 時計を見ると12時半頃、流石に集中力が切れる。飯はどうしようかと思っていると、橘がそれに気付き昼食に誘ってきた。まぁ、何かあって疑われるのは橘なのでいいだろう。




 会議室から出て、警察署を出る時に、書き換えられた免許証も受け取れたので、これでタバコを買うにも一安心。深夜だって走り回れるし、ストゼロ飲みながら警官の前だって歩ける。ビバ身分証、運転免許証だけど。




「何か食べたい物は?」




「蕎麦ですかね、差し支えなければ。」




 『いいですよ』その一言の後、橘が車を取りに行き、回してきたのでそれに乗り込み、近くの蕎麦屋へ。中は時間がズレたせいか人は疎らだ。




「私はきつねにしますが、黒江さんは?」




「ざる天で。」




 お互い席に付き、お冷で喉を潤す。本来ならブラックコーヒーがいいが、まぁ、仕方ない。警官署は会社の近くなので、署に近いこの蕎麦屋からでも、会社敷地内のゲートが見える。




「さて、手短に聞きますが、黒江さん貴方はゲートに付いてどう思います?」




「幅の広い質問ですね。私としては、警察の対応しだ・・・。」




「はっきりいいます。伊月さん達の情報は上に挙げましたが、眉唾として処理されるでしょう。また、モンスターもCGか特撮として扱われる事になります。」




橘は苦い顔で話す。警察は動かない・・・、いや、動けないという方が、正しいのかもしれない。自衛隊にしろ、警察にしろ、国に属する以上勝手なことは出来ない。しかし、事は急を要する。




「・・・、橘さん、ゲートの警備はどうなってます?」




「各地域の警察が管理しています。東京の方では新しい観光地のようにも扱われてますね。」




「歯痒いですね。あのモンスターは職業に付いていない人間が、触れば溶けるそうですよ?」




 運ばれてきた蕎麦をお互いに啜る。天ぷらは塩で食べたかったが、テーブルに無いので蕎麦つゆで食べる。油と蕎麦が絡んで中々美味しい。




「問題はそこです。モンスターが溢れるまで後8〜9日でしょう。それまでに私達が出来る事は少ない。それに開通自体はすぐだ。正確な時間が分からない以上、注意はできても不足の事態に対応は取れない。」




 橘と俺視線が絡む。暗に手をかせと言う事だろうが、さてどうす?個人的に考えた対策案はあるが、それが受け入れられるかは分からない。それに、これは大勢巻き込むことになる。それこそ、死人も多分出る。顔も知らない誰かの死は、連日のニュースで飽きて無関心になりつつあるが、事態に関わった上での死は容認できるだろうか?




『誰かがするであろう仕事の誰かとは、自分で有っても問題ない。』




 なら、仕事を偶然にも、請け負う事になってしまったのなら、やり方は委ねてもらおう。




「橘さん、これからの事、どれだけバックアップしてもらえます?」




「内容によります。」




 蕎麦を食べ終わり、蕎麦湯で一息。珍しくこの店はまだ店内禁煙ではないらしい。カバンからタバコを取り出し、魔法・・で火をつける。それを見ていた橘は、差し出そうとしていたライターを引っ込めて俺の顔を見据える。




「ゲートの職業に付くと魔法・・が使える。けして全員ではないと思うが、それでも、未知の力がゲートの外でも使えるようになる。私はこれを・・・、公にしようと思う。」




「それは・・・、余りにも時期尚早では?」




「ゲートから溢れたモンスターを倒すのに、どれだけの力がいるか正直分からない。それに、溢れる規模も。無力のままモンスターに嬲られる市民を見るか、混乱してでも自衛の手段を持つか。




選択する時間はすくない。そして、警察は市民を守るすべがない。要は、出来る最善でなくても最良を取るなら、自衛してもらうしかない。ただでさえ、ゲートは人口密集地にある訳だし。それに、事は日本だけでは、無いですから。」




 ゲートの破壊が不可能な事は、既に会議で再確認しているし、その為に事前に伊月達にも情報を渡していた。帰ってネットで調べたが、ゲートは世界各地にあり、1つめの溢れる場所は分かったが、その他は知らない。動く動かないではなく、動かなければならない・・・・のだ。




「うちの管轄なら、ある程度融通は利きます。借りた目録の内容が本当なら、政治家も動くでしょう・・・。我が国は資源が少ない。」




「ありがとうございます。」




「手始めに、何をする気ですか?」




「私は余り見ませんが、世界へアクセスする最良のものがあるじゃ無いですか。幸いにして、私の見てくれは物凄くいい。」




 そう言ってタバコを咥えたまま微笑みかけると、橘は頬を染めながら目を逸らして、自身のタバコに火を付けながら口を開く。




「ネット配信ですか。黒江さんの目てくれは、私が保証しましょう。こう見えても私は面食いで、元の姿も知っていますが、それでも美しいと感じてしまう。」




「男からの賛辞は辞退したいですね。妻もいるのに、あらぬ疑いはかけられたくない。さて、差し当たってはまず、ゲートに入りましょう。」




 蕎麦屋での密談は、思いの外収穫があった。これである程度、腹が決まる。受け身、願い、他人事、警察が対応対策するなら、それでいい。国が動くなら問題ない。しかし、今事態を動かせるのは俺である。なら、好きにやらせてもらおう、なにせ俺の考えは、究極の自分勝手なのだから。




 警察署に帰り着き、先程の会議室へ入る。見た感じ俺達が最後のようだ。席に付くと、横の伊月が小声で話しかけてきた。




「デートはどうでした、橘さんはモテモテですよ?」




「妻以外にときめく気は、無いですね。」




「それは良かった、心まで少女になられては困る。」




「あぁ、それはないと断言します。」




「お熱い事で、羨ましい。」




 そんな話を横に橘が集まった人達に、魔法の事等を話している。精神が女性になる・・・、巻き戻される俺は、多分精神の変質までも元に戻されるのだろう。既婚者でなければ、悩みの種であったかもしれないが、問題はない。




「黒江氏の話が、真実だと言う前提で我々は動く。手始めに、ゲートに入ろうと思うが、誰か希望者は居るか?」




「橘さん、それは待ってほしい!中に入る事はできる。しかし、中の安全は保証できない。せめて、最初は私が1人で入り安全を確認したい。」




 中に入るとは言ったが、他人の命の保証までは出来ない。俺自身のはとりあえず、死ぬ事は多分無い。しかし、今すぐ誰かと入って、守りながら戦えるほど魔法が使えるわけじゃない。




「黒江さん、武器の確報にしろ職業の習得にしろ、今は黒江さんしか・・成し遂げてないんです。幸いにして、生きて帰ってきたという貴女と言う実例はある。なら、入るしかないでしょう。」




 正論ではある。入った人数分武器と指輪は初期配布される。帰還は5階まで降りれば出来るが、そもそも俺は帰還用のアイテムを持っている。損得勘定するなら、ここで誰かに入ってもらうのは効率的ではあるが・・・、いや、よそう生贄が必要なのは初めから分かっていた。ただ、俺が目を背けたかっただけなのだから。




「先程も言いましたが、安全は保証出来ません。・・・、内部での行動は全て自己責任です。入るならせめて、武道の有段者や拳銃の取り扱いが得意な者・・・、独身者でお願いします。私は残された家族まで、まだ背負えない。」




 そう言うと、橘は1つ大きく頷き、集まった警官を見回す。集まった警官達はそれぞれ、互いに顔を見合わせ、どう判断するかを迷っているようだ。




「聞いたとおりだ。ゲート内部への侵入者は・・・、そうだな4人とする。うちの1人は私が入る。残りは志願者とし、多ければ選考とする。突入は本日の18時、場所は黒江氏が入ったゲートする。あぁ、1名は放送機器やネット関連に強い者をいれる。これは、独断だが世界に向けて内部映像を配信し、危険の警告を行う為である。」




 この発言に、警官達は色めきだつ。俺の話で危険は、理解しているのだろう。しかし、事の大きさは、国を超えて世界になった。そんな警官達を見ていると、ふと、昔テレビで見たベルリンの壁崩壊秘話と言う番組を思い出した。ベルリンの壁は1人の男の勘違いから始まった。




 当時東と西で分断されていたドイツだが、旅行局長は旅行やビザの発行を滞りなく認める予定だったが、閣議を通す前に別の人間がその事を、情報解禁の前に記者会見で発表。しかも、その人間は何時から出来るがという記者の質問に『今から』と言ってしまった。結果としてベルリンの壁は崩壊し、この出来事は歴史上最も素晴らしい勘違いと称されているが、俺達がやるのは正にこれだ。




 誰も知らないゲートの内部、ある情報をありったけ世界に向けて発信し、その危険性も有用性も見せれるだけ見せる。混乱は計り知れない。しかし、撤去できない以上、付き合ってもらうしかない。




「橘さん、病院の高槻医師に連絡してください。もしもの為に医者は必要でしょう。彼は既にかなりの情報を知っている。」




「分かりましたか、高槻医師ですね。それと、こちらからも要望です。」




 横に居た伊月に橘は高槻と、連絡を取るように指示しながら、俺の方を見てくる。自身も突入するのなら、出来るかぎりの、それこそ、どんな小さなものでも欲しいのだろう。




「全面的に協力しますよ。どんな事でもき・・・。」




「いやぁ、良かった。これから着飾ってもらうの、に女性物の服は嫌だと言われたら、どうしようかと思った。」




「はい?」




 橘は何を言っているのだろう?突入するのに情報が必要ではないのか?着飾る?なんで?防弾チョッキを俺にくれる事を着飾ると?いや、女性物の服と言っていたが?まぁ、身体は女性なので着るのは問題ない。そもそも、服はユニセックスな物でもなんでも、余り興味がないし。どこぞの民族衣装では、男性がスカートを履くことさえある。しかし。




「着飾るとは?何をさせる気ですか?」




 そう言うと、橘はニヤリと人の悪い顔をして、頭のてっぺんからつま先までを見る。セクハラかな?人の趣味は知らないが、対象にするのは本人の居ないところでしてほしい。




「世界への配信なんですよ、主役は貴女のね?なら、見栄えは必要でしょう。こんな綺麗な少女が入っても大丈夫!何なら一緒に探索しましょう、報酬は金貨や資源といったね。」




 俺は多分ここ最近で、1番渋い顔をしていると思う。未知の危険な場所へ、命を掛けた突入。生還の保証は無く、歴史に名を刻む訳でもない。・・・、あぁ、そう言う事か。




「全力で突入者を鼓舞して、愛嬌を振りまきましょう。何、駄賃は命だ、恥なぞ安い安い。」




「話が早くて、いいですね。では、衣装はこちらで用意しましょう。」




 生きるか死ぬか、そんな瀬戸際を職務の為と進む男の達が居るのだ、俺も自衛隊で訓練として、遺書を書いてみた事があるが、前提として死地に向かう事を口酸っぱく言われた。遺書その物は、ぼちぼち勇敢な事や親への感謝だったが、頭の中は別。生きたいや女の子とイチャイチャしたい、なんて欲望しかなかった。




 今回、橘を含めた4人はきっと遺書を書く。カッコよく、勇敢に。あるいは世界への礎の意を込めて。しかし、現実の感情なぞ欲望まみれでしかない。






「選考は出来るだけ早く。そして、選ばれた人間には定刻までの自由を。」




「・・・、軍人さんですね。分かりましたか。」




 会議は終了し解散となった。残り時間は少ないので、そのまま警察署に残る事にして、喫煙室でタバコを吸いながら妻に突入する事を伝えると。不安そうな声で行かないでくれと言われた。心が痛む。




 俺もこんな立場で無ければ、のうのうの暮らせたのだろうが、我儘を言っている場合ではない。誰かの仕事はもう俺の仕事だ。やるからには、思うがままにいい方向へ行けるようにしよう。




「やっぱここでしたか黒江さん。」




「ん?宮藤さんどうしました?」




 内ポケットからタバコを取り出しながら、宮藤が喫煙室に入ってきた。言葉から察するに、どうやら俺を探していたようだ。




「自分も突入することになりました。」




「宮藤さんが?」




 突入すると言うかるを見るが、正直筋肉質ではなく武道有段者と言うふうには見えない。なら、射撃方面か?そう思いながら見ていると、宮藤はタバコを咥えて指を上下に。




「配信方面ですよ、撮影係も必要でしょう?まぁ、後はゲートへの興味ですね。志願者がそれなりに居たので、突入人数は増えるかもしれません。」




そう言って笑いながら紫煙を吐く。正直、彼は後方担当だと思っていたが、好奇心が勝ったらしい。話す彼の目はキラキラと輝いて見える。




「好奇心は猫を殺しますよ?宮藤さんくらいの歳なら、仕事より恋愛でしょう?」




 そう言うと宮藤はタバコを手に持ち肩をすくめながら。




「出会いはいつでもあります。しかし、ゲート突入は初ではないにしろ、配信は初。なら、やるしかないでしょ!」




 そう言って笑う宮藤の顔は何処までも明るく、俺は中々直視する事が出来ない。悲観主義では無いが、楽天家でもない。願わくは、ゲートから突入者全員で帰還したいものだ。

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