そんな始まり


 朝、寝室にスマホのアラームが木霊する。


 爽やかな朝といったヤツは、きっと頭が狂っているに違いない。寝ている所を起こされれば、程度の違いはあれ不快感しか無いだろうし、冬場なら布団恋しさに二度寝する事も辞さない構えである。


「しかし、仕事だ。」


 布団から身体を起こし、伸びを一つ。アラフォーを超えた身体には未だガタは来ていないものの、そろそろ会社の健康診断が怖くなるお年頃。そんな事を寝起きの回らない頭で、考えながら居間に行けば、妻の莉菜がパジャマのままテレビを見ながらトーストをぱくついていた。


「おはよう、休みなのに早いな。」


「おはよう、結城が部活でお弁当つくったのよ。司の分もついでに2食作ったから持ってって。」


 そんな会話をしながら朝の仕度を済ませ、パーカーにジーンズと言うラフな格好へ着替える。施設警備員という仕事柄通勤はラフな格好でもいいが、職場で制服に着替える必要性がある。それに、仕事自体が泊まり込みの交代制なので、仕事に出れば明日までは帰ってこれない。


 黒江 司それが俺の名前であり、妻一人、子供二人、猫一匹家のローン約20年を背負った家長の名である。自衛隊を退職後、今の企業に就職して約10年、その間に鍛えた体はおっさん特有の、腹の出たマシュマロボディになってしまった。特に上昇志向はないが、損な役回りは昔からよく背負う。それは個人的な考え方のせいだろう・・・。


『誰かがするであろう仕事の誰かとは、自分で有っても問題ない。』そんな、他人が聞けば自己犠牲の権化の様な考え方だが、それは間違いだ。なにせ、誰かができる仕事と言うのは究極的に言って、いくらでも代理者でも別案でも出せる仕事なのだから、それをやると言うことは『自分のやり方でやります。』と宣言しているようなモノなのだから。


「弁当ありがとう、行ってきます。」


「はい、いってらっしゃい気をつけて。」


「莉菜もね~。」


 そう、お互いに声を掛けた後に軽くキスを交わし、駐車場に停めている免許を取ってからの愛車、バイクのGSR250Sに跨り発進。左右にマフラーの付いた独特なデザインの愛車は、購入当初にネットでの評価を見れば格好悪いと散々な評価だったが、現物を見て買った俺からすれば、中々に格好いいデザインだと思う。


 そんな事を考えながらバイクを走らせ、途中のコンビニで朝食代わりの缶コーヒーとタバコで一服つき何事もなく出社。世間一般は休日だが、企業カレンダーで仕事するウチ等にとってはただの人通りの少ない平日である。


「おはようさん。」


「おはよございます黒江さん。」


 そう、前日の勤務者からも先に来た同僚からも声がかかる。この時間が、ウチの会社では一番人の人数が多いのかもしれない。まぁ、多いと言っても全員顔馴染の様なものだ、今更誰に気を使うわけでもなく、挨拶を交わしながら共用の冷蔵庫に愛妻弁当を入れ、ロッカールームに向かい制服に着替える。


 朝礼までは幾ばくかの時間があるので、その時間を利用して今日の予定を確認するが、世間一般が休日と言う事もあり特に予定もなく有事がない限りは、定常業務で平和に明日を迎えられそうだ。


「黒江さん、今日はよろしくお願いします。」


「おう、おはよう。何事もないと思うが、今回はよろしく。」


 そう後輩の佐々木に声を返す。今回勤務で何か施設内でトラブルが発生すればコイツと先行して調査する事になるが、入社して数年経っているし、そうそう大きなミスは起こさないだろう。まぁ、起こしそうになればさり気無くフォローするのも先輩の努めだし、何より調査報告書を書くのは俺である関係上、調査データが足りずに泣くのもまた俺である。


「では、本勤務も安全優先でお願いします。」


 各種報告や伝達事項、今日の予定を告げた朝礼はそんな課長の定型文で締めくくられ、前の勤務者は終礼へ、ウチ等は監視やら資料整理やらの仕事をこなす。何事もなければ、昼までには粗方の仕事に目処はつくし、長引いても夕飯迄には終わる。 


 まぁ、施設の監視を行う関係上、仕事そのものは無くならないのだが。そんな事を考えながちゃっちゃと雑務を済ませて、外にある喫煙所で一服。縦2km横4kmの敷地面積の中に様々な企業が入り何万人もが生産活動をしているが、今日は世間一般は休みと言う事で人通りは少ない。


「黒江さん、資料整理終わりました?」


「お疲れ様。俺の方は終わったから、午後からはある程度自分の雑務がこなせるかな。ま、パトロールはあるけど。」


 佐々木がタバコを銜えながら喫煙所に現れた。前日の勤務者から引き継いだ資料はそんなに多くなかったし、内容に目を通しても特段目を引くものはなかった。精々グループ関連施設内で盗難事件があったので、気を付けましょうの通知分くらいか。


「にしても、今日の天気予報は晴れだったはずだか、何か暗くなってきたな。」


 紫煙を吐き出しながら空を見れば、雲一つなかった空はどこか暗く感じる。陽が陰ってる訳でもなく、雲も無いのにだ。天気予報では晴れだったが、雨でも降るのだろうか?


「二人共ちょっといいか?」


「なんです?」


 そう声をかけながら、課長が喫煙所に現れた。緊急を知らせるアラームも鳴っていないのに、非喫煙者の彼がここに来るということは、何か仕事の話だろう。そう考えながら、タバコの火を消し事務所の中へ。部屋では斎藤が、電話を受けながらメモを取っている。察するに何かしらの調査依頼だろう。


「なんでも急に道の端に柱・が現れたらしい。それを調査してきてくれ。」


「柱ですか? 節分には早いんで鬼はいませんよ?」


 流行りのアニメにあやかったギャグを言えば、課長は苦笑しながら首を横に振る。まぁ、コスプレ野郎が勝手に中に入っていたなら、それは俺達の職務怠慢で、上からどんなお叱りを受けるか分かったものではない。


「……業者が電信柱でも落としたと?」


 そう課長に問うと、課長自身も電話の内容が信じられないのか歯切れ悪くこちらに返してくる。電話を受けている斎藤も、何処かイライラした様子で、かなり荒唐無稽な事を言われているようだ。


「いや、道の両端にいつの間にか柱が現れたらしい。私としても信じられないが、通報があった以上は、ね。」


「分かりました、寝惚けたやつの柱を見つけた場所は?」


 そう聞くと、課長はこちらにメモを一枚渡してくる。内容に目を通せば、柱の位置と通報者の名前。チラリと一緒に入ってきた佐々木を見れば、すでに調査道具一式の準備は終わっている。はぁ、静かな仕事は終わりを告げ、訳の分からない調査のせいで午前中は報告書作成か。


「佐々木、準備いいなら行こうか。運転頼むよ。」


「大丈夫です、場所は? 後、柱ってなんです?」


「それが分からんから、調査に行くんだよ。場所はここから約1キロ北。現場には通報者が居るから分かるだろう。まぁ、柱も道の真ん中に有るみたいだし、見落とさんさ。」


 そんなやり取りをしながら、車に乗り込み現場に向かう。何処か暗かった空は見慣れた青空に戻ったが、俺の心はブルーだ。訳の分からない事の報告書作成なんて、どうまとめようとまとまる訳が無い。それならいっそ、見間違いで処理するか。


 そんな不真面目な事を考えていたが、車を走らせた先の光景を見て考えを改めた。幅10mの道路の左右から斜めに石、でいいのだろうか? よく分からない材質の柱が、道路を塞ぐように中央に向かって伸びている。この道自体はパトロールや調査で何回も通ったが、あんな物があった記憶はない。夢の産物か、知らない間に工事があった?


「黒江さん、あれですかね?」


 そう、運転している佐々木が俺に聞いてくる。間違いは無いと思うが、呆気に取られていた俺は、その声で現実に引き戻される。茫然自失とは正にこの事か。見慣れな日常に、急な非日常はこの歳には堪える。


「・・・、あれ、だろうな。近くに車を停めてくれ。」


 そう佐々木に指示を出し、車を停めるまでの間に、車載無線で課長に報告。非現実的だが、柱は目の前に有るのだから仕方ない。そう自分に言い聞かせながら柱が交通の妨げになる事、大型車は多分通行出来ないだろう旨を伝え、道路を通行止めにしてもらう。一通りの現場の状況を話し、携帯無線に切り替え発見者の元へ。


 東の柱の下に居た発見者の証言では、ここの近くで工事をする為準備をしていたが、最初は何も無かった事。この柱は気付いた時には既に存在していたが、今ほど大きく道に迫り出していなかった事。柱の撤去を考えると納期が間に合わない事等々、話を聞く限りでは正体不明・目的不明と言う事しか分からない。


 あぁ、頭が痛くなってきた。そう思いながら西の方を向けば、佐々木が報告書に添付する写真を様々な場所から撮っていた。うん、それはいいんだが、左右の柱の間に円環リングなんてあったか? おいおい、おじさんの胃は強くない。胃もたれして胸焼けしそうな、非現実のオンパレードは辞めてくれ。


「黒江さん写真撮り終わりましたけど、アレどうします?」


 佐々木が北側から円環を通り抜け、こちらにきて指差す。なんか知らんが有る物は仕方ない、報告資料として写真は要るだろう。しかし、なんかこの形見たことあるような……。


「あ~、あれだ、映画のスターゲートだ。」


「なんですそれ?」


「輪っか潜り抜けた先の、エジプトっぽい所でドンパチする映画。と、写真撮り終わったか?」


 そう言いながら、佐々木からカメラを借り内容をチェック。左右の柱の全体と接写、円環が出てからの南北からの全体写真と円環の接写……。


「円環の内側からの写真が無い、資料として要るかは別として後で撮りに来るのも面倒だ。撮ってくるから、ちょっと待ってろ。」


「自分行きましょうか?」


「内側だけだ、すぐ終わる。」


 そう佐々木に言って、円環の中央に立ち撮影開始。見れば見るほど何だかよく分からないが、邪魔なのは確かだ。早く何処かの業者に撤去してもらわないと、この道が使えず生産にも影響が出てきそうだ。そんな事を考えながら、円環の下をウロウロしながら写真撮影をしていた時、一瞬円環の内側に光が走った様な気が……。


 これは後から聞いた話だが、ウチの施設内に出現した円環……通称:ダンジョンゲートは時を同じくして全世界に現れ、一瞬の発光後まるでシャッターを下ろした様に通過出来なくなったのだと言う。まぁ、何故これを後から聞かされたかといえば……。


「……は?」


 今日は厄日なのだろうか? さっきまで外で調査開始していたはずだが、今は石壁? レンガ壁? のよく分からない材質でできた壁や天井のある室内に居る。


「待て、思い出せ。」


 俺は円環を南から北へ動かながら、ほぼ円環の真下で写真を撮っていた。なら、南を向けば……壁である。いや、分かってはいたが、どうやら何処かに閉じ込められたらしい。


「課長、応答願います。」


 携帯無線で呼びかけるが、応答は無し。スマホを見ても圏外。辺りは薄暗くライトが無いと見えない程ではないが、細部を見るにはやはり暗い。道も入ってきただろう方向は壁になっており、進む以外の選択肢はない。幸いなのは、道幅は広く大体10m、天井までの高さは自身の身長が173㎝と言う事を考えると約5mと言った所か。閉じ込められた現状だが、広さだけ考えれば圧迫感は無い。


「とりあえず、少し待って何もないなら……進むしかないよな?」 


 タバコに火を付けて一服、煙は垂直に上がっているから風は無し。先が見えない道を考えれば、すぐさま酸欠になる事も無いだろう。


 タバコを吸い終わり歩き出す。喫煙時間が大体5分と考えて、その間に連絡も無いのだから、孤立無援状態と考えて良さそうだ。道自体は石畳だが、荒れている様子もなく歩き出して腕時計で時間を確認すれば既に30分は直線に歩いている。


「ん? 分かれ道か。」


 直進と左への分かれ道。ここ迄歩いて、なにか発見した物や、出会ったモノは無いので、どちらに行っても収穫はなさそうだ。そんな事を考えながら右手の人差し指を舐めて、手を上げてみるが、残念な事に相変わらず風を感じることは出来ない。


「とりあえず、左行ってみるか。また分かれ道が出てきたら引き返そう。」


 道の中央に目印代わりにタバコの吸殻を置いて、左の道を進む。フィルターの方を進行方向に向けたので、戻ってきても左右が分からなくなる事は無いだろう。


 暫く進むと、それなりの広さの部屋に出た。部屋の中央には60㎝四方位の四角いコンテナボックスの様な箱があるだけで、他は特になし。近寄って観察してみるが、これといった特徴もなく、軽く叩いてみるとコンコンと音が帰ってくる。鉄やアルミでは無さそうだか、硬そうな印象を受ける。


 ……開くべきか否かを考えてみたが、こんな得体のしれない場所に有る物だ、何が起こるか分からない。今は開けずに、出口が見つからずどうしようもなくなった時までは放置でいいだろう。


 道を引き返し元の場所まで戻れば、そこには変わらす吸殻が置いてあった。タバコの残りも心ともないので吸殻を拾い上げ、別の場所で目印にしようと思ったが……。


「なんか透けてる。」


 タバコのフィルターと言うのは土には帰らない。だからこそ、マナーを守るのは大切なのだが、そのフィルターが明らかに透けている。掌に載せてみれば、手の色が透けて見えるほどに。……余りここに長居すると、俺も透けて逝くのだろうか? 流石にそれは困る。妻や子供を残したまま、ここで死ぬのは避けたい。


 出口があるか分からないが、今は進むしかない。そう思い通路を更に進むが、焦ってはいけない。手持ちに水も食料もないし、今進んできた思い返しても目ぼしいものはない。走れば飢えて乾く、少しでも遅らせるなら早歩き程度が妥当だろう。脱出のタイムリミットは今の状況だと3日辺りが限界か。


ひた……ひた……。


 歩行音に別の音が混じった。今俺が履いているのは、革製の安全靴。石畳を歩けばコツコツと音はするが、間違っても素足で歩くような音はしない。立ち止まって耳をすませば、奥の方から音が近寄ってくる。人……なのか? 素足でこんな所に? いや、無いだろう。


 とりあえず今来た道を引き返し、コンテナのあった部屋に続く通路へ隠れて顔だけだして足音の正体を探る。人なら奥の様子を聞けばいいし、違うなら……それならそれでその時だ。コンテナでも投げつけよう。


 暫く息を潜め姿勢を低くして奥を窺っていると、紅い3つの縦線が足音と共にこちらへ向かってかる。薄暗い通路に目立つそれは、かなりた近づいた事で全貌が明らかになら。形は人の子供……140cm位の身長だろう。頭と思しき場所は仮面でも被っているのか、身体よりも大きく熊が縦に引っ掻いたかのような縦のラインが3本入り、その部分が紅く光っている。


 体はやけに細くボディースーツでも着ているのか、服のダブ付きは見えず、色は深緑で濡れているのかテラテラとヌメリが有るように見える。そんな得体の知れないヤツの右手には、身長を超えるほど長い槍の様な物が握られている。ヤツが左右を窺いながら此方に来る。


(気付かれてないよな?)


 話し掛けるか掛けないかなら、話しかけたく無い格好の相手である。一旦スルーして観察してみるか。あの持っている物が武器なら丸腰の俺は対処の仕様が無い。ナイフなら最悪、上着を手に巻いて盾にして戦えない事もないが、槍相手に徒手格闘ではリーチの差が有り過ぎる。


 そんな事を考えながら重心を後ろにし、何時でも逃げられる様に準備しながら見ていると、カッと3つのスリットが一瞬輝き通路を照らした。


「!!」


 とっさに顔を引っ込めたおかげで声を出さずに済んだが、光のせいで辺りがぼやけて見える。視力を奪われたが、目が眩んだだけなら時間で元に戻るだろう。それよりも、相手が見えない方が怖い。一瞬顔を出して、すぐさまその場から後ろへ飛び退いた。


「なんでこっちに走って来るんだよ!」


 三目は俺が隠れているのが、まるで分かっているかのように槍を突き出しながら突進してくる。退くのが一瞬でも遅れていれば槍が顔か肩に当たっていただろう。背を向けるのは怖いが、距離を取らない事には串刺し待ったなし。この時点でどう考えても友好的な話し合いは出来なさそうだ。


「てか、あれ話せるのか!?」


「1/t5iw1--l1@:?yn4h」


「回答どうも!分かる言葉話せよ!」


 訳の分からん言葉?威嚇音?そんな音が三目から漏れる。けして大きな音ではないが、嫌に耳にこびりつく。と、そんな事より、この通路の先はコンテナがあるだけの袋小路。チラリと後ろを見るが、お互いの距離は離れていない。


 寧ろ縮まる一方だ。どうする?喫煙者ゆえ息が上がる、戦うにしても通路より部屋の方が一方的に串刺しにされずに済む。それに、コンテナボックスは硬そうだから、盾くらいにはなるだろう。残り少ない体力通路を走り抜け、部屋の中央に有るコンテナを両手で掴み振り返る。


「あっ、これ駄目なやつだ。」


 追いつかれなかった、コンテナは取れた。ただ、盾にするようにコンテナを持って振り返ったら、背後に迫っていた三目がコンテナを両手でがっちり掴み、三目の背後から伸びた触手の様な手?で持たれた槍が既に目の前まで迫っていた。『誰かがするであろう仕事の誰かとは、自分で有っても問題ない。』

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