モグラの町

「モグラだ! モグラが出たぞ!」

 上裸の男が息を切らしながら町へと叫んだ。


 その一声とともに、鉱山からは労働者たちが我先にと走り出し、監視塔にいる兵士は矢をつがえる。聞き馴染んだつるはしの音は静まり、代わりに急事を知らせる鐘の音が響きはじめた。

 直後、赤黒いリザードマンのような魔物が男に襲い掛かり、ぞろぞろと鉱山内から同じ姿のモンスターが姿を現す。


魔法隊クラッシャーを呼べ。矢は無駄だ、魔法を使えぬものは盾を持ってついてこい!」

 そんな慌ただしい中でも冷静に指示を送るものがいた。

 全身を薄い革鎧で包んだその大男は緊急時というのに怯む様子は無く、逆に笑みを浮かべている。


「デルガ隊長! お言葉ですが冒険者にも助勢を求めるべきでは? ヨロイモグラ相手では……」

「浮浪者どもなどいらんわ! なんのために我々がいると思っている!」

 デルガと呼ばれた男は部下を一喝し、長槍を片手にどやどやと現場へ走り出していった。

「……いつにもましておっかねえな」

「久々の襲撃だかんな。あん人のことだから嬉しんだべ」



 現場ではすでに町人が各々の武器を手に『モグラ』と戦っていた。一見アルマジロのようにも見えるそのモンスターは、鉱石でできた鱗で攻撃をものともせず、鋭い爪でじりじりと町人を追い詰めていた。

「俺がぁ一番槍ぃ!」

 そこへあの男が飛び込んでくる。


「『狙眼』!」

 彼の目が一瞬青く光ったかと思えば、的確な狙いで鱗の隙間をとらえた。モグラは「ぴぎっ」という甲高い声を上げ、少し尾をびくつかせたあと動かなくなる。

 堅牢なモンスターはたった一撃のもと絶命した。


「すっ……すげえ、あの隊長さんやりがった……」

「おいあんたら! そんな農具はモグラにゃ効かん。家で閉じこもってな」

 粗暴な言い方ではあったが、町民たちは従うしかなかった。


 遅れてデルガの部下たちが走り寄る。

「魔法隊と共に山門は固め終わりました。町への侵入はゼロのようです。ただ……」

「ただ、どうした?」

「東門に怪しいリザードマンがいるとのことです。すでに兵士がやられたと」

 面白い、と男が呟き走り出す。

「たっ隊長!? 現場指揮は……」

「魔法隊にさせとけ! 給料分働けってな!」


    *


 東門では、一匹のリザードマンが兵士たちに囲まれていた。

 そう、ジャロウである。

 彼は鐘の音を聞き、ソフィアを残して町の様子をうかがいに来ていたのだった。

「一歩も入れるな! モグラの親戚だ!」

「ま、待て! おれは」


 兵士たちに話を聞く余裕は無く、次々と槍を突き立ててきた。

「くそっやるしかないのだな!」

 ジャロウはサーベルの背で応戦していた。本気で殺してしまえばソフィアにも迷惑がかかると思ったのだろう、明らかにいつもより動きが鈍っている。


(死なせずに戦う……にはこうすれば!)

 彼はまず武器を無力化することに専念した。タックルや裏拳で槍を落とすと、穂先を折り遠くへ投げ捨てる、これを繰り返した。

 もちろんジャロウは無傷とはいかなかったが、同時に兵士たちも多数の負傷者をだしていた。直接命を奪ってこないことも加え、自分らが間違っているのではという動揺が流れ出す。


「おー! 威勢のいいやつがいやがるなあ!」

 しかしそこに現れたのは、あの『デルガ』だった。男はリザードマンの前に躍り出ると問答無用に突きを放つ。

「『旋突』」

 目にもとまらぬ速さで繰り出された槍は、ジャロウの左の手のひらを貫く。痛みよりも先に衝撃が全身に走る、すさまじい勢いだ。


「おいおい、る気がねえとはずいぶん舐められたもんだなあ。 使えよ、それ」

 槍の先端でサーベルを指し示してくる。

 さっきの一撃を受ければどんな阿呆でも悟った事だろう、こいつはただ物ではないと。

 この感覚はジャロウがユウシャを自称するにあたって、ひた隠しにしてきた本能を呼び覚ましていた。


 からんっ、と音が鳴る。

 それは、リザードマンが武器を捨てた音であった。

「……誤解だ。俺はただの冒険者で、戦う必要などどこにもない」

 ジャロウは俯きがちに言う。要するに命乞いというわけだ。

 だがデルガは、心底がっかりしたような顔でこう返す。


「モンスターには変わりねえよな」

 そしてゆっくりと槍を構え、突き出す体勢をとる。

「つまんねえ奴。技を使うまでも――」


「待ってください! そのひとはわたしの連れです!」

 遠くから女の声がした。魔女帽子をかぶった声の主は誰が見てもヒトだ。

「チッ、保護者付きかよ。モンスターめ」



    ***



 軽い治療と冒険者証による身分証明が終わると、ソフィアたちは兵舎に通された。

「隊長! モグラどもは山に退いていきました。魔法隊が上手くやったようです」

「そうか、だが面倒なことになったな。鉱山が動かないのはまずい」


 どうやら、町の騒動は静まったようだった。てのひらの傷痕を指でなぞりながらジャロウはため息をつく。その様子を見てソフィアは「傷広がっちゃいますから、いじっちゃだめですよ」などと母親のようなことを小声で言ってくる。


「やあどうも! 今日は大変な日だったねぇ!」

 暗い雰囲気を消し飛ばしたのは、メガネをかけた長身の男だった。

「ん~君がジャロウくんに、君がソフィア・クレソンさんだね? 私はミショット。お二人の処遇を伝えに来たんだよ」


 ミショットと名乗る男は軽快な足取りで近づいてきた。着ている質の良さそうなローブにはブアレの町の『赤トカゲの紋章』が描かれていることから、役所の人間であることが予想された。


「おれは、何も悪いことはしていないと思うのだが」

「う~ん! 何人も衛兵がのびちゃってるし、備品を壊しちゃってるだろう? ソフィアさんに罪は無いとしても、あなたは裁かれちゃうんだね」

 ジャロウは文句を言いたげな顔でデルガの方を向く。

「ああ! うちの衛兵隊長が誤解で手ひどくやったみたいだけど、それは私から謝っておきましょう。では本題に入りますね……」


 謝罪らしい謝罪を受けることも無く、進んでいく。

 話を聞くに彼らは、『ヨロイモグラの近縁種であるリザードマン』にモグラ問題を押し付けたいようだった。


「あいつら穴掘って逃げていくから、全滅させられないんだよ。それに山から追いやると別の山に住み着いて……イタチごっこって奴さ。あとほら、体がカチコチだろ?普通の兵士じゃ文字通り歯が立たなくてね」


 一般の衛兵では対処が難しいということで、高い金を払って魔法使いの部隊を常駐させているとも言っていた。

 つまり罪を犯したリザードマンとその仲間の魔法使いをいいように使えるチャンスだと彼らは受け取ったわけだ。


「話し合いで解決するならそれでよし、しなければ少しでも討伐してほしい。報酬としてはジャロウくんの罪を不問にする、ってところでどうかな?」


 何とも相手にとって都合のいい提案だった。

 だがしかし、ジャロウもヨロイモグラというリザードマンの一種と出会えることに可能性を感じていた。

 あの『リザードマンの約束の地』に少しでも近づくために。


「……いいだろう。だがこちらにも条件がある」

 すっとある男に指をさす。

「彼も、同行させてはくれないか」


 指先に立っていたのは『デルガ』だった。

 

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