火を灯して

 夕暮れ時、小さな宿場村の前に二つの影が伸びていた。


「ようやく……ついたな」

「はい。食事だけでもここで」


 ジャロウたちは歩き通しだった。

 トルミクの隣町『ブアレ』までの道中には、いくつも休憩所があると地図には記されていた。しかし『モンスターお断り』の宿もあり、なかなか休むことができなかったのだ。


「ここには亜人さんもいるみたいです。問題ないはず……」

 ――ドンっ。

 手をかけようとした扉が勢いよく開き、ソフィアの頭を殴打した。

「ソフィア無事か?!」


「大丈夫です……」と指をはらはら振るいながら言う彼女の前には、小さな影が震えている。

「ごごご、ごめんなさい……」

 背丈は子どもほど。フードを深く被っており顔はよく見えなかったが、その頰には涙が伝っているようだった。

 ソフィアはすぐさま「いいんですよ。大丈夫ですから」と言ったが今度は扉の奥から声がかかる。

「おーおー! 魔物っ子が人様に迷惑かけとるぞ!」

 声の主はこれまた小さな背丈の……おやじ。『ドワーフ』だ。


 『魔物っ子』と呼ばれたフードの子どもは、キッとドワーフを一瞥するとそのまま逃げるように宿の外へと駆け出していった。


「な……何だったのだ? 今のは……」

 不思議そうにおやじと子どもを交互に見るジャロウ。そんな彼に向かってもまた「今度はリザードマンじゃぞ! なんて日じゃ!」などと喚いていた。



 ソフィアたちが宿に入ろうとすると、そのドワーフはわざと立ち塞がるようにして立っていた。

「あのう……ここってヒト以外も利用していいんですよね……?」

「そうじゃ。ワシはドワーフじゃからな。じゃがモンスターは危険じゃろ」

 後ろのリザードマンを見ながら言う。またか、とうんざりした顔でジャロウもドワーフを見ていた。


 そんな時、受付の奥から大声がする。

「ちょっとアンタ! 営業妨害だよ!」

 大柄な女性、こちらは普通のヒトだ。店主だろうか。

「金を払うんなら誰だって客さね! あんまり酷いと叩き出すよ!」

「だいたいアンタは酒ばっか飲んでないでちっとは仕事見つけたらどうだい!」

 どうやらこのドワーフは入り浸りのようであった。


 店主の気迫に負けたのか、あっさり自分の席に着くドワーフ。ジャロウはお返しと言わんばかりに言葉をかけた。


「小人オヤジよ。先ほどの小さな子は何をしたのだ?」

「ふんっ。あやつのフードの下を見ればわかる。恐ろしいモンスターじゃよ。頼みがあるとか言っておったがどうせ罠じゃろうて」


 不貞腐れたような彼の話を遮るように店主も口を挟んできた。

「ごめんねあんたたち、こいつは元々ブアレの武器職人だったんだがねぇ。こんな性格してっからクビになっちまって流れてきたんだとさ!」


 鉱山街ブアレ。ブアレ山から採れる豊富な鉱物資源で発展した職人の街のことだ。


「町まではもうすぐなんですか?」

「そうなんだけど、もう日が落ちるからねえ。うちで泊まっていったらいいさね」


 日が落ちる、そう聞いてふとジャロウは言った。

「あの子ども、夜道で無事だろうか」


 ソフィアはジャロウを振り返り見る、その目は語っていた「助けてやろう」と。


    *


 幸いにも子どもの後ろ姿を見ていたジャロウには、おおよそどっちの方向へ向ったかが把握できていた。

 小走りで探してみると、道の真ん中をとぼとぼと歩いている子どもの姿を見つけた。


「おい! そこの!」

 ジャロウが無遠慮に声を上げる。

 すると子どもは一瞬立ち止まったあと後ろを振り返ることもなく走り出し、数歩行ったところで転んでしまった。


「ジャロウさん!」

 ソフィアが叱りつけ、すぐさま子供に駆け寄る。膝を少し擦りむいた程度ですんでいたが、治癒魔法をかけてあげた。


「お腹空いちゃうから、いっぱい食べてね」

 優しく声をかけると「おねえちゃんありがとう」と感謝を述べた。


 その時、フードがはらりと捲れ子どもの顔があらわとなる。


 そこにあったのは、『三つ目』である。


 子どもは『イビルアイ』という種族だった。額にある三つ目の瞳は人の本性を暴き出すとも光線を放つとも言われ、気味悪がられている亜人だった。


「き、君、名前はなんて言うのかな?」

 ソフィアは少し動揺しながら聞いてみる。モンスターとして、狩猟したことがある種族だったからだ。

「わたしはもにかっていうの!えっと、さっきはぶつかっちゃってごめんなさい」

「モニカちゃん、だね。怒ってないよ。膝、大丈夫?」

「もういたくない!」と元気よく言ったかと思うと、また泣きそうな顔になる。


 ソフィアの後ろに、リザードマンが立っていたからだ。

「ああ大丈夫大丈夫!お兄ちゃんは悪いトカゲさんじゃないんだよ~」

「お、おう。お兄ちゃんは、怖くない……ぞ」



 モニカの家はすぐ近くだそうだ。宿場村から少し離れてはいるが、道沿いにあり深い森も近くには無い安全な場所だ。

 道中、頼みの話を聞いてみると、どうやら最近両親がいつもこわい顔をしていて、どうにかしてほしい……との事だった。


「モニカー! どこだー!」

 家の方から焦りの声が聞こえてくる。

 その声を聞くとモニカは一目散に駆け出していった。


「ああ良かった! もう勝手にいなくなるんじゃないぞ! ……ところで、お二人は?」

 モニカに「パパ」と呼ばれたヒトの男に道中の事情を説明した。どうやら普段から目を離すとどこかに行ってしまうモニカに、ほとほと困っているようだ。


「なんとお礼を言ったらいいか……狭い家ですが、上がってください!」

 モニカの家は町の外にあるにしては綺麗なものだった。小さな畑と小さな倉庫、数人が自給自足するには十分であるように思える。

 家に上がると、男は妻を紹介してくれた。もちろんイビルアイである。異種族が結ばれた結果、人里からは距離を置くようになる……と言う話は聞いたことがあったがそんな雰囲気を醸し出していた。


 食卓にはパン粥とうさぎ肉、チーズやエールまで並び、ジャロウたちを歓待してくれていることは明らかだった。

 だからこそ何か問題解決の助けになりたい気持ちが強まっていた。


「ここまでしてくれるとはありがたい。何かこちらも冒険者として手伝えることはないだろうか」

 あらかた平らげ、ジャロウが自分から言い出した。

 父親は「部屋に行ってなさい」とモニカに言った後、改めてジャロウたちに向き直る。


「実は、うちの井戸が枯れ始めてるんです。もともと安全な水は少ないですけど、ブアレの鉱山開発が広がってるせいで使える水源が減ってきているようで……」

 確かに、ジャロウたちは水の値上がりを感じていた。トルミクではタダ同然で飲めていた水に払う金が、ブレアに向かうにつれて少しずつ高くなっているようだったのだ。


「では宿場村に移り住むのは、どうでしょうか? あの規模の村なら汚れた水の対応もできるでしょうし水の行商も頻繁に出入りしてるはずです」

「……さっき、娘が村を訪ねた時のこと言ってましたよね。中にはモンスターだと差別するものもいると」

 ドワーフの話だ。店に入るだけであの反応を返さたことを思うと、嫌がらせを受けることは目に見えていた。

「そもそもドワーフというのは排他的なんです! 職人気質か何か知らないけど、ブアレの方にはああいうドワーフがたくさんいるんでしょう。そんな連中が近くにいる村に、妻と娘を置けません」

 この父親は元冒険者とのことだった。モンスターに対するいろいろな酷いことを見てきたのだろう、それゆえに周りのヒトを恐れているようにも見えた。


「それと、この家には妻の工房もあるんです。離れるのは……」

「工房? 何かここで作っているのか?」

 興味を示したのはジャロウだった。

「はい、こちらに。イビルアイは……妻は、目がすごく良くて手先が器用なんです」


 その工房は母屋の離れにあった。室内は木の優しい香りに包まれており、床下には木くずが少しばかり散っていた。

 木細工の小物入れや木製のリング、皿やレリーフなど、細かな彫刻の刻まれた木工品が多数並べられている。ずいぶん熱心に制作しているのだろう、飲みかけのコップや使用感のある枕が転がっていた。

 妻は「あら、恥ずかしい。散らかっててごめんなさいね」などと口早に言う。


「妻の仕事です。といっても、村に売りに行くときには私が作ったことになっているんですけど……。実際はただ運んでるだけなんですけどね」


 それを聞いたジャロウは少しばかり哀れに思ってしまう。職人である自分が成し遂げたことなのに、生まれを知られると忌避されてしまうから、他人の手柄にしなければならないことを。


 だが同時に妙案を思いつく。

(待てよ、職人……か)



    ***



 翌日、妻の作った木工品を売りに行くとの名目で、選りすぐりの作品たちを荷車に載せていた。

 何を思ったのか、ジャロウはその場に妻と娘も連れて行こうと言ったのだ。

 もちろん父親は反対したが、冒険者である自分らが絶対に守ること・今までと同じことをしているだけでは変えられない事などを話し、今日の一回だけ同行させることを決めさせた。



 宿場村につくと、真っ先に例の宿屋に向かう。

 店内にはやはり昨日と同じ位置に、あのドワーフが座っていた。

 ぞろぞろと店に入ってくるジャロウたちを見て、神妙な顔をしていたが最後に入ってきた二人を見てそれは険しいものとなる。

 ドワーフの目に映ったのは、フードなど被っておらず『三つ目』を隠すことなく堂々としているイビルアイたちの姿だった。

「おいお前たち、ワシに何か用か?」

 ドワーフがきつく言葉を投げかけるが、誰も相手にしない。今の目的は『店主』だからだ。


 奥から店主が顔を出し、急ぎ足で受付に出てくる。

「なんだいあんたたち? ずいぶんと今日は見慣れない顔が多いねえ」

「今回は、うちの商品を置いていただきたくて足を運びました」

 父親が先に喋りだす。

「あんた……たまにくる、商人さんだろ? 皿とかいつも助かってるけど、どういうことだい?」


 やおら木細工の箱を取り出し、中から指輪やネックレスなど商品を見せる。解説は最も慣れている父親が担当し、誰よりも妻を愛している本人からしか出ない熱のこもった言葉を並べた。

「でもねえ……うちはただの宿屋だよ? こんな綺麗なもの買う人なんて……」


 それに対応できる考えは、冒険者としての常識があるソフィアが持ち合わせていた。

「冒険者はあんまりたくさんの硬貨を持ち歩けません。重たいからです。だから軽くて高価なモノに変えることが多いんです。依頼終わりの人が立ち寄る酒場や宿なら、ちょうどいいと思うんです」

 彼女の言葉は真であった。風貌からして、見るからに冒険者であるソフィアが言うからこそ説得力のあるものだった。そこをすかさずジャロウが追撃する。

「それにこの村は、ブアレに向かうものが多く立ち寄ると聞いたぞ。ならば鉱山街には売ってないものがあるほうが客足が伸びるのではないか?」


 及び腰だった店主もだんだんと耳を傾けるようになってきた。

 そこで立ち上がったものがいた。あのドワーフだ。木細工に興味を持ったのか、背伸びをして指輪をのぞき込んでくる。

「……おお、大胆だが丁寧な掘りじゃ……これは、おぬしが作ったのか?」

 父親に語り掛ける、その目は先ほどの怪訝なものとは打って変わって興味津々といった具合だ。


 そこで父親は大げさなくらい優雅に手で指し示す。

「妻が、作ったものですが」

 小人おやじは驚いて目を見張る、妻とその子供、二人のイビルアイの目が、自分の両の目を撫でまわしているようなぞわぞわとした感覚に襲われる。

 ドワーフはしばし目を合わせ続けた後、ゆっくりと口を開いた。


「物が良いのは認めるが、これじゃ売れんぞ」

「っ……! またモンスターだからって!」

 父親が激しい剣幕でドワーフにつかみかかった。しかし冷静にもドワーフの方は喋りを続ける。

「さっき魔法使いの小娘がいっとったろう。冒険者は報酬を軽くて高価なモノに変えると。ありゃ鉱石だからじゃよ」

「金や銀、宝石なんてのはだいたいどこに持って行っても値がつく。だがこりゃ全部木じゃ。資産にはならん」

 その通りだった。実際、冒険者が身に纏う価値の高いものは、別の町で硬貨と変えるためのものだった。


 ソフィアたちは何も言い返せない。

 だが唯一モニカだけが「じゃあおじさんが作ってみてよ!」と子供らしいことを言い返したのだった。



「……そうじゃ。ワシも作ればいいんじゃよ」


 思い出したようにドワーフが言う。

「ここん職人はみなブアレにいっちまって、工場こうばを扱えるもんはワシしかおらん。なら、こん指輪に宝石でもはめ込んじまえば……ああ! こりゃいける!」

「いったい何が言いたいのだ?!」

 話についていけなくなったジャロウが素直に尋ねる。


「そりゃあ、この指輪を売る算段じゃよ! 奥さんが木細工の輪を作り、ワシが価値を打ち込む! これでブレアには無いもんが作れるはずじゃ!」

 そう言うと廃工場へと走り出す。あのドワーフのよどんだ目には、かつての若者のような火が燈っていた。


「えーと……いい方向に話が進んだってことでいいんですかね?」

 ソフィアはたちは困惑していた。そして宿内に広がった微妙な空気を吹き飛ばすように店主が笑う。

「ええ! ともかくあいつをやる気にしてくれてありがとね。腕利き職人が酒で腐ってちゃもったいないよ!」


    *


 結局、商品を置くという契約は少しだけだが結ばれた。イビルアイの一家にも通ううちに慣れるだろうとのことで、母親の工房ごと引っ越しを検討するのだという。


「……ずいぶんと、とんとん拍子に進んでしまったな」

 ジャロウは、自分たちは必要なかったのでは、とさえ思っていた。

「そうですね……正直に、お互いのできることを話しあえば道は開けるってことじゃないですか?」

「おお、うまくまとめてくれたな。どの種族でもそうありたいものだな」


 ジャロウとソフィアは、いそいそと村から出て自分たちの旅へと戻る。



 その夜、宿場村の工場には久々に火がともっていた。

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