【ウィザードスタッフ】 辺境の島

大黒天半太

辺境の島

 辺境と呼ばれる、人類の生存圏から離れた領域の、海域に浮かぶ島々を、探検隊の船は巡っていた。


 年老いた学者風の男が、島の畑の土を掴み、匂いを嗅いだり、舐めてみたりしている。老人の後ろでは、魔法使いの杖ウィザードスタッフを抱えた少年が、それを見守っていた。


「随分と土が痩せているな。どう思うかね、ダマヤー君」


 表向きの彼らの使命は、未踏査領域の探検であり、探検隊の隊長は、初老の学者レイモンだった。

 少年にしか見えない魔法使いダマヤーが、レイモンを巧みに誘導しているとは、もちろん誰も気づいていない。


 とは言っても、ダマヤーは、レイモンを道具のように使っているわけではない。

 実年齢ではずっと年下だが、人として限りある時間を学問に捧げたレイモンのひととなりに、ダマヤーはむしろ好感を抱いていた。


「大きな島ではありませんから、島の中央のこの辺りでさえ強い潮風も浴びます。十分な水と養分を蓄える、と言う訳にはいかないのでしょう、レイモン博士」


 身の丈ほどのウィザードスタッフを携え、魔法使いの格好こそしているが、外見相応の年齢のように振舞うことで、ダマヤーは、自分をまるでただの物知りの子供であるかのように思わせることに、成功していた。


 最後の守護者の領域を抜けたのは昨日のことだから、国土からそう離れているわけでもないが、いかな守護主の『ファウンデーション』の魔法も、それぞれの領域を受け持つ守護者の『メンテナンス』無しに領域を維持することはできないため、この島と周囲の海は、魔力が不安定なままである。


 万物は、すべからく魔力を秘めている。特に生命は魔力によって育まれ、魔力は生命力の満ちる地にこそ溢れる。

 魔力が不安定なこの島と海は、植物の生育さえ安定せず、魚や海鳥たちさえ定着させられないのだ。


「先生がた、海から魔物が!」


 船を着けた海岸の方向から、船乗りの一人が息を切らして走って来る。


「どこだね?」


 まるで新しい本でも見つけたかのように、レイモンは無邪気な好奇心に満ちた目で尋ねる。魔物すら、彼の知的な探求の目的物の、一つでしかないのだ。


「西北西から、船の方へ近づいて来ます!」


 ダマヤーは、飛翔の魔法を使うと身体を空中に浮かせて、魔物を探した。船乗りの言う通り、かなり大きな影が、海上を西北西から探検隊の船の方へ近づいている。


「レイモン博士、一足先に行って片付けておきます」

「うむ、ダマヤー君も気をつけて、な」

「はい」


 少し加速しただけで、ダマヤーは船の真上に到達し、船長に皆を落ち着かせるよう指示を出してから、魔物の群れに向かってさらに飛んだ。


 魔力が不安定な場所では、魔力の不足や涸渇が起こるばかりでなく、逆に異常な集中が、起こることもある。

 その魔力を浴びた生物は、大量発生・巨大化あるいは突然変異を起こすことも、稀ではない。


 海鳥の一種だったのだろうか、嘴と頭部の冠毛は判別できるが、巨大化して飛べなくなったのか、元々泳いで魚を捕る鳥だったのかもしれない、かなりの速度で泳いでいた。

 彼らの船では、とても逃げきれるものではない。


「これで怯んでくれれば、私も無益な殺生をせずに済むが」


 三匹の魔物の視界に入るように高度を下げ、魔物の注意を自分に引き付けると、ダマヤーは『閃』の魔法を使った。炎が弾け、魔物たちの顔面を襲う。


 魔物たちは、炎と熱に驚愕し咆哮する。

 しかし、一匹が炎に怯んで逃げ去っただけで、残り二匹は余計に興奮している。

 水棲の魔物を威嚇するだけだからと、威力の弱い魔法を選択したのは失敗だったようだ。


「手加減していては、こちらに被害が出るな」


 ダマヤーは、少し哀しげに魔物たちを見やった。ダマヤーは、わずかに上昇しながら、風を集めると下方へと捻る。

 次の瞬間、『刃気交』の見えざる風の刃が、異なる方向から魔物たちを襲って切り裂き、さっきまで脅威だった巨体は、一瞬で波間を漂うただの肉塊と化していた。


 異界からやってくる本物の魔物とは異なり、こうした魔物たちは、突き詰めれば、ただの不運な野生動物に過ぎない。


 魔力の集中を浴びて巨大化し、おそらくその余波で周囲に大量発生した魚介類を食べて生活していただけの海鳥。

 だが、魔力が不安定な世界では、その均衡は容易く崩れ去り、周囲の生物を食べ尽くした後は、その生命を維持するために、動くもの全てを食らい尽くそうとするだけの存在となってしまう。


 罪は、この世界を一度崩壊させた、太古の魔法使いたちにあるのだ。

 今や、誰も記憶する者のいない、太古の魔道戦争によって浪費された莫大な魔力は、この世界の魔力の安定と均衡を崩し、海も大地も一度は死に絶えた。


 選ばれし魔法使い、偉大なウィザードである守護主の『ファウンデーション』の魔法だけが、世界の魔力を安定させ、その守護主に仕える守護者たちの『メンテナンス』の魔法だけが、その効果を持続させることができる。


 ただし、守護者の多くは、限りある力しかないメイジと呼ばれる魔法使いたちであり、それぞれが任せられた領域を『メンテナンス』で守るのが精一杯なのでしかないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【ウィザードスタッフ】 辺境の島 大黒天半太 @count_otacken

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ