だってアイドルが書いたほうが売れるじゃないですか

1103教室最後尾左端

プロローグ

 かつて「どうして山に登るのか」という問いに対し、「そこに、山があるからだ」と答えた登山家がいたときく。


 目の前に前人未踏の山がそびえ立っているのなら、細かい理由抜きに登ってみたくなる。登山家が持つ、本能的な野心がにじみ出す、いい答えだと思う。


 だが、「どうして小説を書くのか」という問いに対し、同質の答えを用意するのはいささか困難であると言わざるをえない。


「そこに紙とペンがあるからだ」と答えてみても「絵も描けるじゃん」と屁理屈をこねられるのは目に見えている。屁という割に筋が通っているだけに余計に厄介だ。


「そこに物語があるからさ」とロマンチストを気取ろうにも、「どこにあるんだそんなもの」と詰められれば答えに窮する。そもそもフィクションはこの世に「ない」ことがその本質なのであるから、その実体をつきつめれば煙のように消えてしまうのは当然である。


 それに、昨今の情勢では物語の表現方法において漫画や映像に小説は遅れをとっていることは認めざるをえない。だれでもスマホ一つで高画質の動画が撮れる時代、これからはVRだの4Dだのといわれている最中に、わざわざ文字だけの媒体を選んで物語を表出させるなど、見方によっては「時代遅れ」といえなくもない。


「なぜ小説を書くのか」


 その問いはあまりに深淵で、雲をつかむような形而上学的問いである。高名な文豪達だって容易に答えることはできまい。


 稀代の文才を秘めた新進気鋭の究極小説家である私、坂本陽介でさえも、この問いについて、ひとことで語ることはできそうにない。



 というか、そもそも問われたことがないので語る必要もなかった。

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