猫を作ろう

数多 玲

本編

「では、次の授業は『猫』です」

 教室がクエスチョンマークに包まれる。

 時間割変更はよくあることだが、聞き慣れない科目にクラス中が戸惑う。

「……先生、何とおっしゃったんですか?」

 そう質問するのは、クラス委員の佐伯さえきだ。自分の耳をも疑っているのかもしれないが、クラスの戸惑った雰囲気を察して、率先して質問をしてくれる。

「『猫』です。N・E・K・O」

 先生がもう一度言う。やっぱり聞き間違いではなかったか。

 ……というか、何でローマ字なんだ。CATではダメだったのか。

「言ったことを確認されたので、発音を重視しないといけないのかと」

 ふむ、それはそうなのかもしれない。

 ……いや、CATのことか、という内容の確認でも大丈夫ではないだろうか、と思っているうちに先生の話は進んでいた。


「猫について知ることは、魔法使いにとってとても有意義なことなのです」

 そうなのか。

 先生はいつも突飛なことは言うが、意外と最後には説得力のある内容に落ち着くことが多い。

 クラスの空気もそんな感じだ。なんだかよく分からないが、きっとそういうことなんだろうという雰囲気に包まれている。

「猫は神出鬼没です。そして、すべての猫がそうではないのですが、不思議な入り口を見つけることが多いと言われています」

 確かに、不思議などこかの国にいるあの猫はそれ自体が不思議な生物であるし、未来から来たという猫の形をしたロボットは不思議な道具まで使う。……って、あれは魔法使いじゃないな。

「猫はそういった、隠されているものを見つける能力に長けていると言われています」

 俺自身は猫を飼ったことはないのだが、クラスにいる猫を飼っているらしい数名は何か心当たりがあるのか、頷いている様子がある。


「魔法の中には、猫と意思疎通をするもの、猫を操るもの、猫の姿に変身するもの、猫の形を作って遠隔でものを見たり感じることができるようになるものなどがあります」

 ふむ、なんとなく理解できる。

「難易度としては基本的に後の方になるにつれて高くなります。ただし、操る魔法は意識が介在するものですから少し特別です」

 ……そういえば聞いたことがある。

 意識のあるものを操作するのは複数の、それもひとつひとつ複雑な仕組みの能力をバランス良く使い分けなければならないことと、相手の意識を抑え込む力が必要になるため格段に難しいと。

 その中でも特に、相手の意識を抑え込むには相手の精神力を上回らなければならないため、誰でも操作できるわけではないことも。

 したがって、抑え込もうとする相手によって使用する魔法力は激しく増減することになるという。

 極端な話、世界一の精神力を持つ人間の意識を抑え込み操ることは単独では誰にもできないということになる。


 実験をするということで、近くの森に移動してきた。

「本日の授業では、魔法を使って猫の形を作るところをやってみます」

 これを遠隔で動かしたり、見たもの聞こえたものを遠隔で受け取って自らの感覚とするのはかなり難易度が高いとのことだが、形を作って目の届く範囲で動かすことはある程度基礎的な範囲であるらしい。


 今回は、煙のように軽く、それでいて粘土のように形を変える特殊な魔道具を使う。

 熟練の魔法使いであれば素材から自分で生み出すこともできるようだが、俺たちのような見習いの魔法使いはこういった道具に頼って魔法を使うことになるのだが、これがまた高い。

 一般的なイメージでは、高位の魔法使いが使うような道具のほうが高価であるようなイメージだが、初心者がレベルの高い魔法を使おうとすると、それを補助する魔道具が必要になるのだ。

 そして、その初心者用の魔道具を使って形を整えることになるのだが、これもまたある程度のセンスが必要になる。

 どう見ても猫に似ても似つかぬ形の4本足の何かであったり、あの猫の形のロボットに近いものであったり。

 猫の形には見えるものの、足の関節が3つも4つもあるためかなり不気味な動きで歩いているものまで様々だ。

「うひゃー、これはキモイですねえ」

「先生の記憶では、こんな形の生物は見たことがありません」

「この複雑な動きを再現する方が難しいですねえ」

 など、言いたい放題である。しかもどこか嬉しそう。

 俺が作った猫も、これは100歩譲って好意的に見てもだく足歩行ですねえ、と言われた。


「あっ、先生! あそこにグリズリーが!」

 見ると、森の奥から獰猛な熊のモンスターであるグリズリーがやってきていた。

 おびえる生徒を横目に、先生は落ち着き払った様子である。

「ちょっと皆さんの作品を借りますよ」

 魔法を唱えると、俺たちが作った猫が巨大化し、授業で作った動きを再現し始めた。

「うひゃー、これはキモイですねえ」

 クラスの人数と同じだけの謎の生物の徘徊を見てすっかり怯えたグリズリーは、襲いかかってくることもなく森の奥へ引き返していった。

 安心はしたものの、俺を含めクラスメンバーはちょっとだけ傷ついた。


(おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫を作ろう 数多 玲 @amataro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ