大切なものは目に見えないものじゃない
物部がたり
大切なものは目に見えないものじゃない
家族を燃やした。
正確には兄妹を燃やした。
より正確にはぬいぐるみを燃やした。
語弊を招く表現だが、れいにとっては間違いではなかった。
れいにとってぬいぐるみは家族であり兄妹だった。
れいが赤ちゃんのときから一緒に育った、テディーベアである。
もこもこふかふかな肌触りで、れいが泣いているときでもぬいぐるみを持たせると泣く子も黙るので、それはそれは重宝された。
だが、れいが歩けるようになると、ぬいぐるみにかかる負担は増加した。
れいはぬいぐるみを振り回し、投げ飛ばし、
だがぬいぐるみは丈夫な体を持ち、欲はなく、決して怒らず、いつも静かに遊び相手になっていた。
れいがまた大きくなると、今度はおままごとの相手を担った。
泥まんじゅうやアイスクリームなどを口に押し付けられて、よく口の周りを汚していた。
仕舞に洗っても落ちなくなり、ホワイト・ブラウンの綺麗な毛並みはまだらになってしまった。
小学校に上がると、れいも分別が付いてきて、ジャーマン・スープレックスを仕掛けることもなければ、アイスクリームや泥まんじゅうをぬいぐるみの口に押し付けることもなくなった。
成長するにつれ、以前より遊ぶ時間は減ったが、友達や両親に打ち明けられないことでも、この兄妹には打ち明けられた。
良き相談相手としての立場を確保していた。
自分の部屋をもらって、部屋で一人眠るときでも、ぬいぐるみと一緒なら怖くはなかった。
まくらが変わると眠れない人がいるように、ぬいぐるを抱いて眠らなければ、れいも眠れなかった。
れいが一年一年大きくなるのと反比例して、ぬいぐるみは一年一年衰えていった。
破れて綿がでれば縫ってやり、汚れれば手洗いしてやったが、すぐに違うところが破れてしまう。
パイルドライバーやジャーマン・スープレックスを受け続けた反動で、ぬいぐるみの体は限界だった。
「今までありがとう……おまえには苦労かけたね……」
れいはぬいぐるみを近くのお寺に持って行くことにした。
古来より日本ではお焚き上げといって、ぬいぐるみや人形などの魂宿るものを供養する風習があった。
兄妹同然に育ったぬいぐるみをちゃんと供養してあげたいと考えたのだった。
お寺の住職に事情を説明し、お焚き上げに同席させてもらう。
れいのぬいぐるみ一つだけだが、住職は快くお焚き上げの準備をしてくれて、お経まで読んでくれた。
ぬいぐるみは骨も遺さず天に還る。
だが、ぬいぐるみが消えてしまったわけではなかった。
「心に遺っている」という陳腐な意味ではなく、ぬいぐるみに使われていた綿はれいの手によって、ぬいぐるみストラップに転生して、これまで以上にれいと一緒に過ごせている――。
大切なものは目に見えないものじゃない 物部がたり @113970
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