【打切】無力な女学者と、馬鹿な男勇者の冒険!〜魔王退治編〜

チン・コロッテ

第1話 女学者、遂に世の真理に気付く

 私の住むこの世界には、"魔王軍"という気持ちわる〜い姿をした魔物がいて、私たち人類は負け続けて来た。結果として、領土は5分の1程度まで減らされて、今もジリジリと減り続けている。魔王軍が誕生した十五年前、馬鹿な王様たちが「へえ〜、まあいいんじゃない」なんて放置しなければ、こんなことにはならなかっただろうに…。もうこれだけ長いこと負け続ければ、普通に考えればそれはそれは雰囲気なんて最悪中の最悪だろうけど、人類はまだ諦めていなかった。何故ならそう…


「人類には、勇者がいる!!」


から。と言っても、その勇者というのも、何回も魔王軍に負けて、命を落としている。だけど、どうやら勇者というのは、「火の鳥」制度らしく、死んだら次の勇者が誕生するらしい。この十五年、ずっと勇者がいるみたいだし。


 私はそんな世界で、「なんとか魔王を倒す方法を探すため」と言われて、世界の全ての本が集まると云われる世界一の図書館に缶詰にされていた。分野を問わず、世界中の学者がそこに集められ、日夜魔王への叛逆の一手を探し続けているのだった。正直、分野ごとにやる事は別にしないと意味ないでしょ…と思ってはいるんだけど。だって、魔法科学者が昔の文字で書かれた古文書読むより、魔法科学者には前線での戦い方や新しい魔法作ってもらった方が良くない?私はそんなモヤモヤを抱えつつも、図書館の長机に本を広げてため息ばかりを吐きながら座っていた。背後では何人目か分からない勇者死亡の報告が叫ばれていた。


「ねえ、先輩?」

「なんだい、アマネ君」


 目を閉じたままで机の上に本だけ開き、座禅を組んでいるときのような感情の読めない顔で私の隣に座り、本を読んでいるフリをしているこの男は、私の大学の十個以上上の先輩、フジキ。生意気な小学生みたいな、小憎たらしい顔をしている。


「昨日含め、十四時間です。そんなくだらないことしてないで、早く本読め」

「おいおい、くだらないとはなんだね?昔の本を読み解くのは、世界を救う第一歩であるぞ?」

「もう十四時間前からページ、一つも進んでませんけど?どうせまたくだらない妄想してるんでしょ?ほら、そう言うならさ、机の下のメモ帳。ここに広げてみてくださいよ?」


 この男は、人が来れば本をパラパラめくり熱心に読むフリをし、私しかいない時は目を閉じて、それはそれは憎たらしい無表情で、机の下のメモ帳に自分の妄想を書き殴って、サボっているのだ。時々小声で「オウッフ」、「アブナイ!避けろ!」なんて叫んでいて、まるで寝る前の小学生のように勇者ごっこの妄想に耽っている。


「何を言うんだい、アマネ君。これは、見せる事ができま………せんっ!はい、ダメー!」

 そう言って、無表情のまま、チラリと目をほんの数ミリだけ開けて、ラブレターでも持っているかの如くメモ帳を胸の辺りにギュッと抱きしめた。


「それに、くだらないとはなんだね?ちょっと傷付くんですけど。これは、とてもとてと高度で高等な精神修行なのだよ?」

「どうせ、自分が勇者になるくだらない妄想でしょ」

「正解。フジキポイント3点付与。100ポイント集まると、豪華旅行をプレゼント」

「いらないっすよ、そんなゴミ」

「ひどい。ひどいぞ、アマネ君。ちなみにさっきのは韻を踏んでいるのだが気付いたかね?」

「そんなんだから、いつまでも卒業出来ないんですよ」

「グッ、それを言うな。アイタタタ、古傷が開いた」


 フジキは嘘臭い苦悶の表情をこさえて、胸をおさえて、こちらをチラリと横目に見る。この男は成績不良にも拘らず、教授の弱味を握っているとかで、どういう特例となっているのか分からないけれど、兎に角十年以上前から"特別留年生"をしているのだ。私は大学に入学してから順調に進学し、今は助教授をしている。つまり、この男は先輩でありながら、学歴的には後輩というややこしい事になっていた。


「ところで、永遠の大学生さん」

「おい、アマネ君。将来のノーヘル賞学者さんと呼びたまえ」

「じゃあ、永遠の小学生さん」

「学年下がっとるやん!」

「まあまあ落ち着いて。先輩の呼び名なんてゴミみたい話はどうでもいいんです」

「うん、ひどいね。とてもヒドイね、アマネ君。僕が女子なら泣いている。うん、泣いているよ」

「あの、ちょっと気になっている事あって。先輩の妄想の『勇者が死ぬところ』は事実なんですよね?」

「ああ、僕はこう見えても物語に潜ませるリアリティにこだわりがあってね。物語とはね、それは…」

「ああ、そんなことは聞いてないんで。じゃあ、ちょっとそのゴミノートから、先輩が勇者になる前のところ。つまりこれまでの勇者の死因を述べてもらっていいですか?」

「ゴミとは辛辣だな。これは立派な僕の宝物だ」

「いや、ゴミですよ。それよりこんなところで役立つかもしれないんですよ?そんなゴミも。」

「ゴミ、ゴミ言うな。傷付くではないか」

「ほら、早く読めよ、ゴミ」

「僕までゴミになった!まあ、可愛い後輩の頼みだ。しょうがない。3ドルで述べてやる」

 パシン!私はフジキのキノコのような頭を上から振り抜き叩いた。


「黙ってやりなさい」

「…はい」

フジキがページをめくり、徐ろに読み上げた。


第一の勇者、肉を焼かずに食べてお腹を壊して死ぬ。そして、フジキが勇者に…


「いや、そのフジキのところ要らないです。そこ、ゴミだから」

「…はい」


第二の勇者、スイカ割りをすると魔物に騙されて崖から落ちる。そして、あるところにフジキという勇者が…


「要らねえって。そこから無価値だから。私が知りたいの、その前だから」

「…すみません」


第三の勇者、剣をしまう時間違えて自分の股間に刺して死ぬ。

第四の勇者、女に化けた魔物に殺される。

第五の勇者、皮の鎧と騙されて"紙"の鎧を身に纏い死ぬ。

第六の勇者、呪文を間違えて死ぬ。

第七の勇者、⚪︎×クイズに間違えて、マグマに落ちて死ぬ。

第八の勇者、…

第九…



「あの、先輩。ちょっといいですか?」


 私は途中から眉間を抑えるようにしながら目を瞑り、父親が絶対に偽物と分かる骨董品を買って来た時のような、なんとも言えない怒りを堪えたような表情を浮かべていた。


「なんだね、アマネ君。そんな怖い顔して。そんなに勇者フジキの話を聞きたいのかね?」

「それはどうでもいい。それより、あの…。もしかしてなんですけど…。いや、そんな事ないんじゃないかって思いたいんですけど…。あの…もしかして…」

「なんだい?」


 私は自分がこれから言うことを未だ信じきれない顔をしたまま、慎重に言葉にする。





「あの…、勇者ってもしかして…


『バカ』


なんじゃないですか?」



 フジキが目を見開いて、パチクリ、パチクリさせる。


「ん?」

 私も眉間に皺を寄せてまるで幽霊でも見たんですよと言う時のような「まだ信じられませんが」という顔をする。



「…いや、アマネちゃん…。そんなわけある?」


「私も信じたくないですよ。でも、もっかい思い出してください。彼らの死因を」

「食中毒…、スイカ割り…、剣股間…。あっ」

「でしょ」

「でも、でもだよ、アマネちゃん」

「信じたくないのも分かる。だけど…」



「勇者が馬鹿だ」

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