のしの
エリー.ファー
のしの
学校の屋上に誰かが黒いペンキを使って描いた落書き。
のしの。
何の意味があるのか、鼻の大きい人の顔に見えるけれど、そこに悪意は混ざっているのか。
何一つ分からないまま夏休みに突入した。
蝉の鳴き声もほどほどに、入道雲に追われるような時間は、あっという間に向日葵のような気高さを失って、プールの底に沈む影となった。
宿題を完成させるための時間はどこに行ってしまったのだろう。
いつか、助けてくれるはずだった、夏休みに生きている未来の私は、どこで何をしているというのか。
死ぬ気で解き続けたプリントは黒く淀み、発狂しかけながら向き合ったことは紙から匂い立つかのようであり、一つの伝説と化している。
私は、最後に待ち構えた巨大な敵の両目を見つめて、戦いを挑むことにした。
相手の名は自由研究。
そう。
なんでもいい、というのはいかに厄介であるかを端的に示してくれる大物である。
私は、考える。
そして、ある結論にたどり着く。
そう、そうだ。
あの屋上に描かれていた平仮名三文字である、のしの、について研究をしよう。
正直に言おう。
この研究によって、私の家族は私以外全員死亡し、同級生は他クラスも合わせて、四十一人死亡。教員は二人、地域住民は八十九人、その他大勢が死亡することとなった。
私が拙い字で書いた自由研究は、第一○一九条によって特別管理区域の中央特殊技術部管理課の管理となっている。
正確に言えば。
私の研究資料は第六次ヘルマン系数値測定計によって完全に汚染された状態であるフラグメニエンタル通称フランタルであることが確定した段階で、技術管理部が作成した特別収容規則に基づき、公式資料からの削除と非公式資料からの削除、及び非削除用削除条件を満たしたことで、超自然的発生及び言語資料に属するいずれ解明されるべき事象、もしくは存在、もしくは概念と呼ばれるノンクレジット案件と定義されたのだった。
私は。
私はまだ何も分からない。
私の手が何を生み出したのかも分からない。
私に何が迫っているのかも分からない。
ただ、私の自由に生きるという権利は著しく阻害されることとなり、熱望していた終わらない夏休みは、全く望まない形で叶えられることとなった。
何人かの大人たちに怒鳴られながらも質問に答え続けたことで、解明された幾つかの事象は、最初こそ私に伝えられることはなかった。幾つかの理由があると考えられるが、そのうちの一つに、子どもである私を信用していなかったことがあげられる。大人が子どもを守るのは当然であるし、その子どもの味方となってあげるのもまた当然なのだが、起きていた事件は、いや超自然的事象は非常に重大であった。
つまり。
大人たちは、私とのしの、の関係について何か疑っていたようである。
私にとっては、ただの落書きでしかない。私以外のほとんどにとってもそうだろう。
けれど。
私の周りにいる大人たちは、そのほとんどに含まれるような安易な発想に身を任せた生き方を拒絶しており、それ故に簡単に死ぬことはなかった。
簡単に、という表現はそのままの意味である。
私を疑い、また、心配した大人たち。
その多くが死亡したのだ。
皆、笑顔であり。
目の周りが窪み。
眼球が腐敗して消滅し。
鼻が肥大化していた。
見渡す限りの。
のしの。
至る所に。
のしの。
数えきれないほどの。
のしの。
死体に張り付いた。
のしの。
全ては解決しないまま、十二度目の夏を迎えた。
のしの エリー.ファー @eri-far-
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