少年と少女は手を握り見つめ合う
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少年と少女は手を握り見つめ合う
今日の中学のレクレーション授業は騒がしかった。
理由は、一年生のクラスでトーナメント形式で行われる腕相撲大会のせいである。
もちろんこのレクレーションの授業では成績には一切影響しないのだが、単純な力比べのゲームに皆どこか熱くなっていた。
始まった理由も単純だった。
それは、一人の少年が小学生の時に無敗だった。という話が広まったからだ。
その少年は、決して体格が良い訳でも筋骨隆々な訳でもない。
むしろ華奢だと言える程に細い体躯をしている。
だから余計に信じられなかったのだ。
そんな彼の噂を耳にしたクラスメイト達は、是非一度彼と戦ってみたいと思ったのだ。
「面白そうやないか。いっちょ、ウチがやったるわ」
やる気満々の一人の少女は、掌に拳を打ち込んで気合を入れる。
ショートヘアの少女。
気さくなボーイッシュな雰囲気は、さわやかな印象がある。
青空を見上げ時に感じる、その快いさまは清々しく、それが明度となって輝いている。
見方によっては童心を持った男の子のような様子もあるが、イタズラっぽく笑った時に覗く八重歯は、子猫のような愛らしさがある。
やんちゃで元気な様子が魅力的な少女であった。
名前を
由貴の言葉に反応するように、周りの男子達から歓声が上がる。
それに釣られるように女子からも声援が上がった。
由貴は、その人気の高さからクラスの中心的存在でもあった。
男女に分かれてのトーナメント方式で腕相撲は行われ、勝ち抜いた者が男女対抗の決勝戦となる方式で進められた。
ちなみに、優勝者には先生が商店街で当たったペットボトル1.5Lジュース1ケースのおごりというルールがあった。
もし優勝したら1ケースが貰えるというメリットもある為、皆、必死になっていた。
由貴は女子の中で圧倒的な力を誇っていた。
「由貴、私と当たった時は、ちょっとは手加減してよ」
そう言ったのは、由貴の友人でもある
由貴とは対照的な長い黒髪を持ち、落ち着いた雰囲気を持っている。
背丈も高くスラッとした体型はモデルのように綺麗だ。
由貴とは対照的に大人びた印象を持つ少女であった。
彼女は、冷静沈着であり頭も良いため学年の成績トップ10に入るほど頭が良かった。
だが、運動神経に関してはあまり良い方ではない。
そのため、運動能力が高い由貴には敵わないだろうと思っている。
しかし、親友としての情もあり負けてあげようかとも思っていた。
それを聞いた由貴はニヤリと笑う。
そして、自信たっぷりに言い放つ。
「――絶対に勝つ!」
と……。
由貴は、自分の力を過信していた訳ではない。
ただ、油断はしないという意味だ。
嘗めてかかっては相手に対する侮辱になる。
だからこそ、全力を出す事に決めていた。
綾香を瞬殺する。
そう心に誓っていた。
綾香は、そんな由貴を見て苦笑いを浮かべながら肩を落とす。
(もう、しょうがないんだから……)
と、内心では思いながらも由貴を応援する事に決めた。
それは、由貴が友達だから。
大切な友人だからだ。そして何より由貴の事が好きだったからだ。
こうして始まった一年生同士の腕相撲大会。
以外にも女子の試合は盛り上がりを見せていた。
それは、由貴が圧倒的に強かったからである。
相手がいくら頑張ろうと、どんなに力を入れようと全く関係なく、ただ倒すのみ。
まるで、赤子の手を捻るかの如く簡単に倒していく姿に観客達は盛り上がっていたのだ。
特に、柔道部出身の女子を軽くひねって倒した時には大きな歓声が上がった程だ。
由貴の出番が来た時、周りからは応援の声が飛び交った。
それに対して、由貴は笑顔で応える。
まるで、その声援に応えるかのように……。
勝負が始まると、一気に決着がついた。
開始と同時に由貴は渾身の一撃を相手の手の甲に乗せると、勢いよく机へと叩きつけた。
その結果は、圧勝だった。
一瞬の出来事だったために何が起こったのか理解できない者もいた。それほどまでに、瞬殺とも言えるような早業だったのだ。
由貴は勝利を告げるアナウンスを聞くと、ガッツポーズをして喜ぶ。
その姿を見たクラスメイト達は拍手喝采を送った。
一方、男子の方は少し違った。
やはり、男としては女の子の前で格好悪いところを見せたくないと思う気持ちが強いらしく、必死になって戦っている。
腕が完全に倒れているのに、手の甲が着いていないことで、負けを認めない者もいた。
そんな姿を見ているクラスメイト達は笑っていたが、同時に哀れみの目を向ける者も少なくなかった。
往生際が悪すぎるのだ。
それでも、最後まで諦めずに戦う姿勢は素晴らしいと言えた。
良くも悪くも、皆必死に頑張っていたのだ。
そんな中で、一人だけ圧倒的な強さを見せつける少年がいた。
やせ形のオーバル型メガネをかけた少年だ。
小ぶりで丸みのある形状のメガネをかけているためか、落ち着いた優しい印象がある。取り立ててカッコよくない目立たない男の子。
アイドル似でもない、女の子に黄色い声を上げられる美少年でもない。
これなら小太りな方が印象があって記憶に残りやすい。印象が薄いだけに、外面の採点はマイナスだ。
酷な言い方をすれば、
イモ。
それは、決して明るく、良いイメージがない表現だ。
……でも、何だろう。
イモは形が悪く土にまみれ汚れているが、この少年に当てはめると別の印象を受ける。
素朴で温かく、日差しを受けて香る土の匂いが伝わってくる。
そんな、少年だった。
名前を
彼の戦い方は、まさに正々堂々の一言だった。
不正など一切せずに真剣勝負に徹する。
そして、誰よりも早く相手の腕を倒れるように倒し、手の甲を机に打ち付ける。
その瞬間、会場から歓声が上がる。
勝者が告げられるとさらに歓声が上がった。
男子も女子も関係なしに盛り上がっているのは、それは彼が噂の無敗少年だからだ。
彼は、小学三年生の時に一度だけ負けてしまった事がある。
その時は、運が味方しなかった結果だった。
だが、それ以降は負け知らずなのだ。
それが、彼を無敵たらしめていた。
彼に勝てる者がいるとすれば、それは神ぐらいしかいないのかもしれない。
そんな尾ひれをつけて噂があったのは、やはり小学生にとって強いという事はそれだけ価値があり、ヒーロー的な存在になるからだ。
当の光希は、冷ややかに思っていたが。
「ふうん。噂通りやないか」
そう言って光希に近づいて来たのは、由貴だった。
彼女は興味津々とばかりに目を輝かせて見ている。
まるで、新しいおもちゃを見つけた子供のように無邪気な表情をしていた。
だが、すぐに彼女はニヤリとした不敵な笑みを浮かべた。
そして、彼女は光希の手を取ると、強引に握手をする。
「なるほど。ええ握力しとるやないか」
由貴は光希の筋肉と力を感じ取った。
いきなりの事で戸惑う光希だったが、由貴を見るとニッコリと笑った。
その仕草は可愛く、まるで子猫のようであった。
その様子に、思わずドキッとする由貴。
だが、すぐに我に返ると咳払いを一つして誤魔化した。
そして、改めて挨拶する。
「この腕相撲大会。おそらくウチと佐京の決勝戦になるハズや。まあ、よろしく頼むわ!」
由貴が言う。
「楽しみにしておくよ」
光希は少し照れたように答える。
それは、今まで経験した事のない出来事であったからだ。
それは、女の子から話しかけられたからではない。
いい勝負になりそうな予感を感じたからだ。
それは、初めての感覚だった。
こうして始まった腕相撲大会。
それは、由貴の予想通りに、彼女と光希の戦いとなった。
「由貴、がんばって!」
綾香が由貴を応援する。
それに由貴は笑顔で応えた。
しかし、その一方で光希は冷静に由貴を見つめていた。
由貴の力は未知数である。
だからこそ、油断はできない相手だ。
だが、その実力は本物だと分かった。
二人は向き合う。
「この勝負。ウチの勝ちや」
「勝負は下駄を履くまで分からない。って言葉を知ってる?」
二人は言葉を交わし合う。
由貴は自信満々に。
対して、光希は冷静に。
二人の心は対照的であったが、お互いにお互いを認め合っていた。
こうして、運命の腕相撲が始まる。
由貴が机に手を置く。
それを見て、光希も机の上に手を置いた。
由貴と光希は互いに見つめ合った。
由貴は余裕のある笑顔を向けている。
反対に、光希は無表情だ。
その態度に由貴はムッとするが、それでも顔には出さない。
光希は何を考えているのか分からないタイプだ。
それは、いつもクールで感情を表に出していないせいでもある。
光希は、ただ静かに机の上に置かれた由貴の小さな手を見ていた。
その手からは、彼女の力強い意志が伝わってくる。
絶対に勝つ! そんな想いが感じ取れた。
一方、由貴は緊張してきていた。
何故なら、目の前にいる少年は今まで戦ってきた誰よりも強い事が分かっていたからだ。
直感だった。
それは、長年培われた勝負師としての勘だ。
光希が只者じゃない事は一目で分かる。
それは、彼の佇まいや雰囲気が物語っていた。
だが、由貴は怯まない。
彼女は、自分の力を信じる。
どんなに強い相手にだって負けないと、自分自身を信じて疑わない。
なぜなら、自分には誰にも負けない武器があるからだ。
それは、圧倒的なパワーだ。
力こそ正義。
それは、彼女が一番良く知っている。
だから彼女は負けない。
由貴にとっては絶対の真理であり、彼女は勝利を確信していた。
光希は由貴の手を握った。
由貴は感じる。
光希の手に込められた力は相当なものだ。
だが、それでも彼女は引かない。
この腕相撲は、負けられない戦いだ。
だから、全力で勝ちに行く。
由貴はそう決めていた。
そして、いよいよ始まる。
運命の腕相撲。
二人の間には静寂が訪れる。
由貴も光希も動かなかった。
いや、動けなかったのだ。
勝負を左右するのは一瞬。
この瞬間を逃せば勝機はない。
だから、由貴も光希も動かない。
二人の左手は机の端を掴む。共に準備万端だ。
審判役の先生も、二人の手を握ったのを確認して合図を送る。
「レデイー、ゴー!!」
ついに、戦いが始まった。
由貴が先手を取る。
由貴は自分の腕を勢いよく動かした。
一気に勝負を決めるつもりだった。
それは、光希も同じだった。
彼は、由貴の手を握り返すと、力強く押し込んだ。
開始の合図と共に、周りからは一気に歓声とどよめきが起こった。
それはそうだ。
なぜなら、光希、由貴の手が机に肘をついたまま微動だにしなくなったからである。
まるで石像のようにピクリとも動かない。
それどころか、二人は全く動いていなかった。
これはどういう事なのか?
誰もが疑問に思った。
由貴と光希は互角のようだ。
だが、拮抗しているのであれば、いずれどちらかに傾くハズだ。
しかし、その気配が全くしない。
まるで時が止まったかのように。
だが、すぐにその答えは明らかになった。
それは、二人の表情を見たらすぐに分かった。
二人は、笑っている。
そして、由貴は言った。
光希の手をしっかりと握った状態で。
その表情は、どこか楽しそうに笑みを浮かべていた。
「これが、佐京の全力かいな。残念やったなぁ」
由貴は光希に言う。
光希は悔しそうな顔をして由貴を見る。
すると、由貴はさらに続けた。
それは、勝者を告げる言葉であった。
由貴は光希に言う。
敗者への宣告だった。
「ウチの勝ちや!」
由貴は隠していた武器を使った。それで、勝負は一瞬にして決するハズだった。
由貴の武器とは、腕の力ではない。
だが、二人の腕は一瞬震えただけで、腕は傾こうとはしなかった。
由貴は焦る。
なぜ!? どうして、光希は倒せないのか?
その理由は、由貴には分からなかった。
あれを使えば一瞬で決着がつくハズだ。
すぐに気がつく。
そういうことだったと。
「
「そう言う日下さんもね」
二人は同時に互いの正体を見抜いた。
【勁】
勁とは、人間の肉体が持つ「力」に
人間が通常もっている筋力や瞬発力などのいわゆる力を、呼吸法や動作に工夫を加えることで、瞬間的に増幅することができる。
例えば、普通、重さ100kgの物体を動かすだけの筋力すか持っていない人間は、筋力だけ考えれば100kg以上の物は動かすことはできない。
しかし、両足を踏ん張ったり、呼吸に合わせて力を一気に使ったり、助走をつけてからの体当たりをすれば、100kg以上の物を動かすことができる。
これは、加速力や瞬発力といった別の力が、筋力に加算されたために起こった現象だ。
勁も、人間が誰しもが持っている普段の力を「呼吸の一致」「特殊な動き」「突然の加速」「急激な体重移動」といった独自の技法によって、限界以上に力を高めるものだ。
二人の筋力も同等なら、勁も同等という事になる。
つまり、どちらが上かという事は決められないということだ。
だからこそ、勝負は分からない。
それは、お互いに分かっていた。
だから、由貴も光希も笑っていたのだ。
二人の腕は机の上にはつかなかった。
まだ勝負はついていない。
決着をつける為に次の行動に出る。
持久力だ。
二人共、自分の方が有利だと分かっている。
なら、自分の体力が続く限り戦い続けるだけだ。
二人は再び手を握り合う。
お互いの指が食い込むほどに強く。
由貴と光希は再び腕相撲を始めた。
だが、さっきまでの勝負とは違った。
由貴は、腕相撲をしながら自分の腕に意識を集中させていた。
光希もまた同じである。
二人の戦いは激しさを増していく。
由貴は、自分の腕に神経を研ぎ澄ませる。
光希は、自分の体に宿る氣を全身に巡らせる。
二人の力は均衡していた。
それは、二人の実力が互角だということを意味している。
二人の力は拮抗しているように見えるが、実は少し違う。
由貴は、自分の身体を鍛える事に時間を費やしてきた。
一方、光希は幼い頃から修行に明け暮れていた。
だから、光希の方が力は強い。
それでも互角だ。
なぜなら、由貴も日々の鍛錬を怠らなかったからだ。
由貴は諦めなかった。
もう一度、勁を使うことだ。
今度は確実に勝つ。
由貴はそう決めていた。
それは、光希も同じだ。
二人の勁が握りあった手の中で、勁が同時にぶつかり合った。
その瞬間、机が突然割れた。
まるで、机が壊れたかのように。
いや、実際に机が砕けたのだ。肘を置く中間の部分が割れて沈み、机の端を握っていた左手が机をパンを千切るように掴んでいた。
これは、どういう事なのか?
それは、二人が机を壊したからだった。
由貴と光希は互いに目を合わせる。
二人は、一瞬にして悟った。
「引き分け――」
「――――――だね」
「――――――やな」
それは、どちらの口から漏れた言葉なのか?
それは誰にも分からなかったが、その言葉が意味するところは同じであった。
二人の声は重なり、同時に言った。
そして、二人は微笑する。
誰かが叩いた拍手を始まりに、教室中が拍手に包まれる。
こうして、クラス対抗腕相撲大会は幕を閉じた。
◆
この日から、由貴は光希と一緒にいる時間が増えていった。
その時には、二人はもう名前で呼び合っていた。
提案者は、気さくな性格の由貴の方からであった。
由貴は光希に言った。
「なあ光希。あんたは、何の
光希は驚く。
「両拳速き事閃電の如し、双拳密なること雨の如し。の翻子拳か、凄いね由貴」
由貴は、光希の言葉に苦笑いする。
「よう知っとるやないか。で、光希は何や?」
光希は、由貴に言う。
「老師に少し教えてもらっただけで正式じゃないけど、僕は
由貴は目を丸くした。
「神話の時代に登場する、伏義、神農、黄帝の三皇の治世に生み出されたちゅう拳法かいな!」
由貴は興奮して言う。
「なあ光希。今度、組手せえへんか? あんたがどんな技を使うのか見てみたいわ」
光希も笑顔で答える。
二人は意気投合すると、互いの連絡先を交換していた。
光希にとっては、身を振り回される悪友に近い存在の始まりだった。
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