【超短編】浦島太郎はなぜ玉手箱を開けたのか

茄子色ミヤビ

【超短編】浦島太郎はなぜ玉手箱を開けたのか

「浦島よ…其方はなぜ開けるなと言った玉手箱を…」

 今日も乙姫様は悲しんでおられる。

 私があの若者を連れて来なければと何度思ったことか。

「同胞の命を救ってくれた者への感謝は我ら総出でするべきだ」と乙姫様も仰ってくれた…しかし… 


──浦島よ…なぜお前は乙姫様の忠告を破り玉手箱の蓋を開けたのだ?


 玉手箱を開けてしまった後も私にはどうしても浦島が不誠実な人間であったと思えない。

 心の汚れた人間を阻むこの竜宮城の門、も何事もなく浦島を潜らせたではないか。

 そして浦島も、わざわざ出迎えてくれた乙姫様に対し、即座に美しい礼をしていた姿は今でも忘れられない。

 しかしその体勢のまま乙姫様の労いの言葉を聞き「あなたは同胞の恩人です。頭をお上げください」と仰っていただいたあとも、黙ったまま頑なに頭を上げない浦島の態度には少し背中の甲羅がヒヤリとしたが、乙姫様の神々しさと美しさに感服していたからだろう。


 竜宮城では彼と長い時間を共過ごした。

 彼は寡黙で男だった。

 皆が彼のことを不器用でまじめな性格と評していた。

 だから未だに彼の裏切りを信じられずにいるのだ。


 そこで私はある可能性に気付いた。

 

─誰かが浦島を唆したとしたら…?


 狭い魚介関係で溜まったストレスが、おかしな方向で発散された可能性。

 この竜宮城に滞在中「誰かが」「なにかを」浦島太郎に吹き込んだ…?

 もちろんこんな根拠のない乱暴な推理は誰にも話せない。

 よって私は乙姫様にも内密に調査を始めた。


●証人1 タイの踊り子

「え?浦島さんが玉手箱を開けたの…?そっか…」

「どうした?」

「いえね、ちょっとぼーっとしてるっていうか、抜けているところがありそうだったから…私の踊りもそんなに楽しんでくれてなかったみたいだし」


●証人2 ヒラメ

「おかしなところか~…私が廊下で浦島さんとすれ違ったときなんだけど…」

「なにかあったのか?!」

「…すれ違う時にちょっとぶつかっちゃってさ「すみませんカレイさん」なんて言ってきたから「私はヒラメです~」って私の笑いながら返しても、ただニコニコしてるだけだったわね…天然なのかしら?」


●証人3 タコ

●証人4 イカ

●証人5 あわび


 調査を続けても何も情報が出てこなかった。


──このような疑いの心が出てしまうのも、私が時折地上に行くからだろうか?


 私が軒先で黄昏ていると、乙姫さんが隣に座って話しかけてくれた。

「なぁ亀よ…玉手箱を授ける際、余が浦島に言ったことを覚えておるか?」

「もちろんでございます」


「『この玉手箱の中の煙は怪我に良く効く。ただし病気には効かん。そして怪我を治すと言っても、先々の自分からの命を借りてくるようなものじゃ。だから決して蓋は開けてはならん。側面の栓を抜いて傷口に煙を浴びせよ。さすれば怪我はたちまちに治る。よいか?横の栓を抜くんじゃぞ?蓋は決して開けてはなりませぬ』と」


「はい、そのように。一言一句覚えております。そしてこの竜宮城での時の流れと地上の時間の流れが違うことも再三仰っておりました」

「そうじゃろ…我はてっきり、何か辛いことでもあって地上に未練がないものと思っておったのじゃが…突然帰ると言い出したときには本当に驚いたものじゃ……なにより玉手箱を開けたという話にもな……なにか不満があったのじゃろうか」

「そんな筈はございません!!!乙姫様の心からのもてなしは!!真心は伝わっているはずでございます!!!」

 私の思いはとんでもない大声になっていた。

 乙姫様は驚き、周りのお付きなどは耳を塞いでいた。

「も、申し訳ありません!」

「はっはっは!良い良い!しかし其方にそのような大きな声が出せるとはな~耳が潰れてしまうかと思うたぞ」

「も、も、申し訳ありません!200年の亀生で最大の失態でござい…」


 そこで私は気付いてしまった。


 浦島太郎には息が止められる数を聞き海に潜った。

 そしてあまり長く息を止めさせるのも悪いと思い、浦島が言った数の半分ほどで竜宮城に辿り着いた。


──息は問題なかったはずだが、耳は…耳は無事だったのだろうか…?


「ちと耳に挟んだのじゃが…」

「な、なんでございましょう!」

 乙姫様の「耳」という言葉に思わず身体が固まる。

「浦島は本当に鶴になったんじゃろうか…玉手箱にそんな力は無かったと思うが…」

「な、なっておりますとも!愉快に今頃飛び回っておりますとも!」

 私は上に広がる海面を力強くヒレで指したが、乙姫様の顔を見ることなどとても出来なかった。

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