第4話 漫画の熱と下品なギャグ
『人間の足音はチョコレートと似ている
はじめはサクサクと進んでくる
でも、少しづつ歩みが溶けてどろりとしていき
最後はネバネバと這いつくばるようになる
人殺しを始めてもう十年になる。
俺はどこで生まれ誰が親かも分からぬまま
物心ついたときには戦場に居た。
一番最初に話した言葉は、パパでもママでもなく「助けて」だったらしい。
俺にとっちゃ世の中のことなんかどうでもいいが、
今の日本はどうやら昔とはだいぶ変わったらしい。
なんでも政府のやり方に反発することが出来なくなったとか。
革命家たちがどんどん増えて安全な場所がないだとか。
それでも結局この世は力と運が支配する。
この日本に、
この時代に、
この環境に、
生まれたことに喜び、
悲しみ、
怒り、
行動する。
そして、俺がそういう輩を殺す。
人生なんてもんは実に呆気なく、実にしょうもない。
俺の商売は人殺しだから、「死んでくれてありがとう」と心から思っている。
そして、「俺に殺されてくれてありがとう」とも思うようにしている。
『有難き』の字の通りに感謝する。
幸運であり、幸せなんだ。
呆気ない人生を歩めているこの奇跡に俺は毎日感謝している。
俺の人生は常に百点満点なんだ。』
「君、これねぇ、何を言っているのかよく分からないのだけれども。」
「はい、すいません、でも、この殺し屋はですね、普通の倫理観ではなくて、
だから、こう、変な思想をですね、よく人に説法というか、話すんですよ。でね、この後なんですけど、」
「嫌ねぇ、困るんだよ。ウチが今欲しいのは“異世界ロマンスモノ”であってね、
こんなバッドマンみたいなダークヒーローが人生語るハードボイルドなマンガは求めてないの。ウチの募集欄見てこなかったのか?分かる?面白い、面白くないじゃなくて、需要がないの!見る人がいないからいらない!」
どうやっても、僕の漫画は誰にも評価されない。
無い頭つかって、これならみんなも分かってくれるだろうと僕なりに頑張っているのに、誰も僕の頑張りと才能を評価してくれないんだ。
「ほんと、全員バカすぎるだろ…。」
僕は帰り道をとぼとぼと歩きながら独り言をつぶやいていた。
「何が“異世界ロマンスモノ”だよ…。あんなの童貞や処女が書いたハーレムものだろ?それこそオナニー作品だよ。気持ち悪いったらありゃしない…。」
「そりゃ、僕にかかれば?恋愛ものだって書こうと思えばかけるよ?でもさ、僕は自分の書きたいものを書いて仕事をしたいんだ。需要なんか後から付いてくるもんだろ…。」
「いやー、若いね~僕。」
いきなり、後ろから声が聞こえた。
「確かに君のいうことには一理ある。でもね、社会のシステムに則った上で、みんな面白いものを書いているんだ。」
「な、なんなんですか?いきなり話しかけてきて!」
「君、いま集結社に行ってきただろ?そのパンフレットで分かったよ。」
僕はとっさに受付でもらったパンフレットをリュックの中へと隠した。
「答えてくださいよ!なんなんですかあなたは!」
男は、夕日に顔を向けて答えた。
「俺はそこで編集者をやっていたもんだ。今はもう辞めちまったがね。」
「え…集結社の編集者さんですか?」
僕は、先ほどの面接のときのように緊張してきてしまった。
「はは、安心してよ。ずいぶん前の話だからさ。今じゃプータローだよ。」
「プータローって…どんな仕事ですか?」
「あれ、もうこの言葉って死語なのかな?ははは。」
妙にさわやかなこの男。元編集者とはいっているが…。
「どら、ちょっと見せてごらんよ。こう見えてもおじさん当時は結構売れっ子の担当してたりしてたんだからさ、アドバイスくらいさせてよ。ね?」
「…わかりました。」
差し伸べられた右手に、僕は封筒に包まれた原稿を渡した。
「…ここで立ち読みすんのもなんだなぁ…。」
「もう16時近いですしね。」
「よっしゃ、居酒屋でも行こうか。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いやー、だめだね!ぜんっぜんっだめ!」
「はぁ!?何がダメって言うんですか?どの立場で言ってるんですか!」
「元編集マンとしてダメっていってんの!ほら!コマ割りだって全然活かせてないし、特にこの女の子。キャラ設定とかある?こんなんモブでしょモブ!」
「ありますよ!でもそれよりも大事なのは、この主人公の生い立ちとそのアクションな訳で。」
「あーなってないなってない。あのね、君の場合マンガどころか創作の基礎からやり直しだよ!」
もう一時間は経っただろうか、僕と元編集マンは最初こそ穏やかに話を進めていたモノの、お酒のせいか、最終的に持論の押し付け合いとなり、激論を戦わせていた。
「審美眼が随分貧相なんですね!そんなんだから、編集者も辞めさせられたんでしょ!」
「や、辞めさせられたんじゃなくて、自分から辞めてやったんだよ!」
「続けていないのは確かじゃないですか!現役でもない人にピーチクパーチク言われてもぜーんぜん説得力ないですよ~。」
結局、話はあっちこっちへと飛んで、オチもつかぬまま居酒屋を後にし、
僕たちはそのまま編集者の家へと向かった。
「うぅ…くっさ…、おぇ…。」
「おい、吐くならせめてトイレでしろよ。そして掃除もしろよ。」
汚い四畳半の部屋には布団とおびただしい漫画や本が雑多に広がっていた。
「あーあー。なんでこんな才能ない奴に話しかけちまったもんかねぇ。」
「こっちだって、こんな才能ない人間に評価されてたまったもんじゃないですよ。」
「でもよぉ」
いきなり男の目つきがかわった。
「おめぇの熱意だけは確かに伝わったぜ。お前は才能も基礎もない人間だが、一泡吹かせてやるっていう気概だけは人一倍ある。それは絶対にお前を裏切らないことだけは俺が保証してやろう。」
「な、なんですか、急に改まって!今更手のひら返したって感謝しませんからね。」
男は布団に寝そべり、天井を見上げながら、語りかけてきた。
「俺もな、元々はお前みたいに漫画家を目指していたんだ。」
「え?編集者じゃなくて?」
「編集者なんか大体漫画家だのイラストレーターだのそういう夢に破れた者たちの成れ果てだよ。」
「俺も同じ。夢破れて、いや、自分から破いてお堅い仕事について、あーだこーだケチつけて金を貪る日々を過ごすことになってたんだ。」
「はぁ…。」
「でも、結局、裏では漫画書いたり、話考えたりして、辞められねぇんだよ。」
「それである時、その漫画を同僚に見られちまってさ、酷いだのなんだの適当こきやがってさ、俺ぶん殴っちまったんだ。」
「そ、それでもしかして…」
「そう、懲戒解雇処分。こういうのって転職に響いてさ、今は貯金崩しながらプータ…遊び歩いてるってわけ。」
「そう…だったんですね。」
思わぬ告白に僕は少し面食らってしまい、上手く声をかけることが出来なかった。
しばし、気まずい空気が二人を包んでいた。
「見せてくださいよ。漫画。」
「え?」
「馬鹿にされてぶん殴るくらい思い込めたマンガなんですよね?見せてください。」
「見せるつったってよぉ…趣味の範疇で書いてるもんだし…。」
「びびってるんですか?」
男はビクッと、確信を突かれたかのように動揺した。
「はぁ?何言ってんだか…びびってるわけねぇだろ?」
「そうですよね。さっきまであんだけ大口叩いてた人間の漫画が面白くなかったら、もう自分に残された威厳は何一つありませんもんね。」
「僕だったらビビッて見せませんよ。最後の希望ですもん。」
「…俺はな、お前とは違うんだよ…。何もかも遅すぎたんだよ…。」
「何がですか?時代ですか?価値観ですか?それを全部吹っ飛ばして面白いのが傑作でしょ?あなたは面白くない漫画抱えて、それが自分の出せる最大値として死んでいくんですか?」
「うるっせぇな!ガタガタ言いやがって!そんなに言うならほら見ろ!見ろ見ろ!この変態が!くそ!」
半ばやけくそになりながらも、男はキャンパスノートを差し出してきた。
「先に言っておきますけど、僕、お世辞は言いませんから。」
「…あぁ、いいさ。好きなように言えよ。」
そうして、僕は男の漫画に目を通し始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
約10分かけて、僕は男の漫画を読み切った。
少し怯えながらも男は僕に問いかけてきた。
「へっ。どうだ?お前も俺に才能なんかねぇだなんて言い放つんだろ?」
「一回黙ってください。」
僕は毅然とした態度で男に言った。
「正直に言いますね?」
「あぁ、いいよ。言ってくれよ。」
「下ネタがね、多すぎるわ。」
「なんか、お尻とか金玉とか、小学生じゃないんだからさ、もうちょっと大人に受けるギャグにしてほしいというか。」
「あとこれはSFですか?なんかギャグ漫画として見ていいのかどうかも分からないし、オチも適当です。」
「まっすぐに自分のストーリーを描くのが恥ずかしいからこうやって、ギャグ挟めているんでしょ?そういうところが透けて見えて、こっちも少し恥ずかしくなりますよ。」
「…。」
男はぐぅの音も出さずに僕の説教を聞き続けていた。
「でも、ですね。僕はこの漫画、嫌いじゃないですよ。」
「え?」
「設定とかストーリーとかは気になりますし、この宇宙人?みたいな奴、それが少し愛くるしく感じます。セリフ回しも下品ですけど、設定を意識していて一貫している。僕はこの作品伸びると思います。」
「そ、そうか?本当にそう思うか?」
「最初に言いましたよね、僕は正直に言いますよって。」
男は、目に少し涙をにじませながら話した。
「あのよぉ。正直、俺は恥ずかしかったよ。ギャグ漫画描きたいなんてさ、誰にも言えねぇし、人に見せることなんて出来やしなかったよ。」
「でも、お前の一言で俺ははじめて自分自身に向き合えてると思う。」
「これもう少し話を練り直して、もっと設定やキャラを濃くしていけば、より大衆受けすると思います。」
「これ、売れると思いますよ。」
「本当か?!本当に言っているのか?!」
「えぇ、正直僕少し反省しました。こんな面白い作品を書く人の創作論を適当に聞き流していたことに。」
「あぁ、いいんだよ。別に。嬉しいよ。俺、本当に今一番生きてて幸せかもしれん。」
男は溢れる涙を、鼻水を腕でふき取り、布団で拭っていた。
「ただですね、タイトル?これもう少し変えられませんかね?」
「あぁ、俺はタイトルとか名前なんかにこだわりなんかないからよぉ。逆に良い案があったら教えてくれよ!」
「そうですねぇ…それじゃあ…。」
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