第32話 王様に会いに行こう
「おはようございまぁーす」
アリアネルが出勤すると、ミシェルが一人でお茶を飲んでいた。
おはよう、という短い挨拶が帰ってくる。ミシェルの見た目は、いつもと少し違っていた。
「……ミシェルさん、首飾りをつけているんですね」
「ええ。そうなの」
その首には、ミシェルの兄の首飾りがつけられていた。少し傷が残ってはいるが、汚れは拭き取られ、日光を受けて穏やかに輝いている。
「これ、どうしようかと悩んだのだけど。引き出しにしまっておくより、こうして身に着けた方がしっくりくる気がするのよ」
「それがいいかもしれませんね。よく似合ってますもん」
「そう? ありがとう」
ミシェルは静かに笑った。
(笑うと良い顔するんだよなぁ、この人)
アリアネルはミシェルを、最初は氷のようにクールな人間だと思っていた。だが案外そうでもない。森にひっそりと咲く花のような笑顔を見せることもあるのだ。
何だか今日は、いいことありそうだ──アリアネルは心の中でつぶやいた。
◆◆◆
いつもの4人が揃ったあたりで、いきなり事務所の扉が開いた。
そこには上司であるイサドが立っていて、大声でこう叫んだ。
「皆さん! いきなりですが、王様に会いに行くことになりましたわ!!!」
あまりにも突然すぎて、誰もすぐに言葉を飲み込めない。
数秒の沈黙の後、晴明がおずおずと手を挙げた。
「ええと、それはどういう意味でしょうか?」
「あ、すいません、いきなりすぎましたわね」
おほん、とイサドは咳払いして説明を始める。
「実はですね。サティルスでのマフィア討伐の話を聞き、国王陛下はたいへんお喜びらしくて。それで、皆さんを表彰したいとおっしゃっているんですのよ」
「表彰ーー?!」
「私たちが?!」
「マジなんすか?!」
ミシェル、アリアネル、ブルーセは一斉に立ち上がり、同時に驚きの声を上げた。晴明だけは目を見開き、静かに頷いた。
「それは素晴らしい。本当に光栄です。この国の帝からお褒めいただけるとは」
「晴明さん、ずいぶん落ち着いてるんですね?!」
「もちろん喜んでいるさ。表情に出ないだけだ」
「全く、分かってないわね。国王はアトルムの貴族の頂点よ。この国の代表者よ。晴明、くれぐれも粗相のないようにしなさいよ」
「もちろん分かっている。気を付ける、気を付ける」
「まあまあ、そこまで肩ひじ張らなくても結構ですわ。「リラックスして来るように」と王もおっしゃっておりますから」
浮足立つマトリをなだめるように、イサドは言った。
◆◆◆
国王の元へ行く間で、晴明は基本的な情報をブルーセから教えてもらった。
アトルム国王、デュラン・ルカノール。
呪詛戦争の末期に国王となり、戦争を止めるのに尽力したアトルムの立役者だ。
王家の血を引く5人兄弟の5番目として生まれた。末弟であったために当初は王位継承の候補にすらならず、ルカノールは戦争で苦しむ庶民を助けるべく自ら薬売りの事業を起こして商売人となった。
しかし、王位継承で兄たちが争いあい、全員死んでしまったことで、ルカノールに王位の話が持ち上がり──彼は王となった。
数年前、自らの誕生日のパレードでパンツ一丁になり、鍛え上げた筋肉を見せつけるという並外れたパフォーマンスをしたことで、「裸の王様」というあだ名がつけられている。
「なるほど、もともとは薬売りだったのか。すごい経歴だな」
「珍しい王様だろ? そのせいもあって、なんていうか結構フレンドリーな方なんだよな」
「それは楽しみだ」
国王の部屋への扉が開いた。イサドとマトリの4人が中へ入る。
「やあ、よく来た!! デュラン・ルカノールの執務室へようこそ!!」
景気のいいバリトンボイスが響き渡る。
そこには、裸の男が立っていた。
身に着けているものはパンツとネクタイだけだ。痩せてはいるが、その体は鍛え上げられた筋肉に覆われ、鋼のような美しさを感じさせた。
周囲には側近や使用人が立っているが、いたって当然の出来事だと言わんばかりの無表情だ。
「は、裸の王様だああ!!」
アリアネルが叫びを上げた。あだ名通りのいで立ちに、招かれた5人全員が度肝を抜かれてしまう。ルカノールはそれを見て高らかに笑った。
「フハハハ! 驚いた? 驚いたろう? その顔が見たかったんだよ。どうだい、王にふさわしい素晴らしい肉体美だろう」
「驚くに決まってます。なんで裸なんですか」
「そりゃ、君らを驚かせたかったからね!」
眼を丸くするミシェルに、裸の王様は歯を見せてにこやかに笑った。
◆◆◆
ルカノールは、晴明たちが驚くのを見届けると速やかに正装に着替えた。
「これでよし。表彰を行うにはやはり正装でなければな!」
「よかった、普通の感覚もお持ちだったんですね」
「ハッハッハッハもちろんだとも。私は脱ぐのが好きだが、それと同じくらい着るのが好きな男だよ」
机の上には、いつの間にか人数分のメダルが用意されている。
「よぉし、早速表彰をやろうじゃないか! 4人とも並びたまえ!」
側近が歩み寄り、晴明たちにメダルを手渡す。銀製のそれは見た目より重たく、表面には太陽と月が描かれている。
「ブルーセ・ドンガラン。ミシェル・スノー。アリアネル・アムレット。安倍晴明。諸君らはマフィアの討伐で素晴らしい成果を挙げた。よってここに表彰し、記念品を贈呈する!」
部屋中に拍手が鳴り響いた。マトリの4人の頬が緩む。
「へへへ。まさか王様からお褒めを賜るとはなぁ。イサドさん、給料ちょっと上げてくださいよ」
「分かってますわ。前向きに考えます」
メダルを手のひらで転がしながらブルーセは軽口を叩いた。やれやれという表情でイサドが答える。
「幸い、私には1時間ほどの時間の猶予がある。そこでだ、ちょっとばかし私とお茶会をやろう!」
ルカノールが宣言すると、側近が机にカップを並べ始めた。一目見ただけで分かる、高級で洗練された食器が次々と登場していく。それを見てアリアネルが何度目か分からない驚きの声を上げた。
「ええ?! いいんですか?! 王様とお茶を?! 王様って忙しいんじゃ……?!」
「構わない。たまにやるんだ、こういうのを。イサドも座りなさい、一緒に飲もう」
「わざわざすみません。ではご一緒させていただきますわ」
使用人により、カップにお茶が注がれる。芳醇な香りのするミントティーだ。その脇にはチョコレートの焼き菓子が添えられている。
「や、やべえ。俺、こういう時のマナーなんて何も知らねぇぜ」
「だ、だいじょうぶです。こういうので大事なのは相手を気遣う心ですよ」
ブルーセとアリアネルは緊張のあまり体がこわばっている。特にアリアネルはカタカタと体が小刻みに震えており、とても大丈夫には見えない。見かねて晴明は声をかけた。
「アリアネル、しっかりしろ。体が震えているぞ」
「……ううう、王様とお茶会なんて初めてですよぉ。こっちは田舎の貧乏貴族の次女ですよ、お茶会なんて姉さんとくらいしか経験ないですよぉぉ」
緊張の雰囲気を察したのか、ルカノールはなだめるように言った。
「まあ、そう緊張しなくていい。このお茶会では、マナーがどうとかうるさく言うつもりはないよ。リラックス、リラックス!」
「そ、そうですか。そう言っていただけると安心します」
「ははは。緊張するよな、王とお茶を飲むなんて」
コミカルで、軽快な口ぶりだった。来客の緊張をほぐそうとしてくれるのが伝わってくる話し方だった。
「ぜひ、君たちの活躍を聞かせてくれ。マフィアについて知っておきたいんだ。このアトルムを揺るがす恐るべき存在だからね」
「もちろん、お話します。しかしずいぶん熱心なのですね」
晴明が問うと、ルカノールはゆっくりと頷いた。
「……呪詛を売りさばくマフィア、ブルービアード。なんとなくだが、私は連中を、ただのチンピラと片付けたくはない。奴らはもっと恐ろしいものだ。実はこの国の中枢に食い込むくらいの存在なのではないか、と……そう思えてならないのだよ」
ルカノールの表情は、確信に満ちていた。
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