第29話 怪奇! 廃倉庫の霊

 キリアが暮らす孤児院は、比較的新しい建物だった。


 建物の前には老婦人が心配そうに立っていたが、キリアを見つけると慌てて駆け寄ってくる。


「キリア、どこに行っていたんだい! 心配したんだよ」

「ごめんなさい! マトリの人たちに来てもらったの!!」


 老婦人は、孤児院の院長だった。キリアがいきなりいなくなったと思い、心配で外を探し回っていたらしい。事情を聴くと、院長は安堵のため息を漏らした。


「……そうでしたか。子供に心配をかけてしまうとは、私はダメな院長ですね」


 肩を落とす院長をブルーセが励ました。

 

「そう言いなさんな。どうだ? みんな元気にしてるかい?」

「ええ。ただ私がおびえてしまっているのが子供たちにも伝染してしまったようです。みんな浮足立っていますよ」

「しょうがねえな。話は聞いたぜ。倉庫に変な札があったんだって? 俺達で調べてやんよ」


 それを聞いて、院長はようやく安心したようだった。


「そうですか。では、お言葉に甘えましょう。まずは孤児院にお入りください。倉庫と孤児院はつながっておりますので、院内を通り抜けるのが手っ取り早いのです」


 晴明たちは孤児院へ入った。木の暖かい香りがした。幽霊などとは程遠い、ぬくもりに満ちた空間だった。


「ウチも一緒に調べる! いいでしょ!!」


 キリアが声を張り上げるが、ブルーセがそれを制した。


「ダメだ。部屋に戻ってろ」

「えー」

「ちゃんと俺達で調べてやる。ブルーセお兄さんを信じろってんだ」


 キリアは頬を膨らませる。アリアネルもそれをなだめるように声をかけた。


「ちゃーんと、あたしたち4人で調査しますから、ね! いい子にしてて」

「…………わかった。いい子で待ってる」


 頷いて、キリアは足早に去っていった。その様子を見つめながら、晴明がブルーセに尋ねた。


「ブルーセは、キリアとも院長とも知り合いのようだね。実はこの孤児院育ちだったりするのかな?」

「いや、そういうんじゃねえよ。この孤児院が作られたのは戦争が終わってからさ」


 苦笑しながらブルーセが答える。


「実は俺も、孤児なんだよ。呪詛戦争で親が死んで……っていう、ありがちな流れさ。だから、こういう子供らを見ると、他人事とは思えなくってよ。だからたまに、この孤児院の仕事を手伝ったりしてるんだ」


 廊下には、孤児院の子供たちが描いたであろう絵が飾られている。花や友人の顔などがモチーフになっている、ほほえましいものだ。


 すると背後から「ブルーセー!!」と甲高い声が聞こえて来た。何人かの子供たちが駆け寄って、晴明たちを取り囲んだ。


「ブルーセ! 聞いたぞ! 倉庫を調べるんだって?!」

「あそこは幽霊がいるんだよ! やっつけてよ!」


 子供たちは皆、浮足立っている。幽霊という闇の存在に、心から怯えているのだ。


 落ち着け、と晴明やアリアネルやミシェルが言っても効果はなかった。本気の恐怖に、小手先の言葉は通用しない。そんな子供たちの動揺を鎮めたのは、ブルーセの言葉だった。


「ええーい、みんなストップ! そう騒ぐな!! あの倉庫は、俺たちが責任を持って調べる!!」

「……ほんと?! ブルーセ、ほんと?!」

「本当だ。だからお前らは倉庫に近づくなよ。ブルーセお兄さんと約束しろ」


 子供たちは頷き、安心したように去っていった。


「けっこう頼もしいんですね、ブルーセお兄さん」

「やめろってアリアネル。お前のような妹を持った覚えはねぇ」


 恥ずかしさをかみつぶすような表情で、ブルーセは首を横に振った。


 再び長い廊下を歩いていく。すると2分ほどで小さな扉に行き当たった。みすぼらしく汚れており、「入るな」と書かれた看板が立てかけられていた。


「ここから先は、倉庫です」

「案内ありがとうよ、院長さん。後は俺らに任せてくれ」

「そうだ、少し待っていてください。中は真っ暗ですから、灯りを持ってきます」


 院長はぱたぱたと灯りを取りに去っていった。アリアネルはしげしげと扉を眺める。


「この向こうが倉庫だね。なんか、すでに雰囲気ある扉だよなぁ」


 看板をどけ、アリアネルは扉を開いてみた。


 すると向こう側から埃とカビの匂いがむわりと漂って来た。


「うわ……」


 匂いだけではない。


 そこを棲み処にしているであろう虫の羽音や、風で木が軋む音も聞こえてきた。


 暗闇の中に、かろうじて、ぼんやりと壁や床を視認することができる。


「本当に何か出そうだな、これでは」


 匂いと音だけで分かる、あばら家同然の朽ち果てように、晴明も苦笑いするしかなかった。


 院長からロウソクを借り、4人は倉庫に足を踏み入れる。一歩踏み出すごとに、みしりと床が鳴り、埃が舞った。


「なんか……カビ臭いですね」

「そりゃそうさ。カビさんたちの棲み処だぜ、もはやここは」


 倉庫はいくつかの部屋に分かれている。朽ち果てた棚が大量に並んでいて、その全てに埃が積もっている。


「私が先頭に立つ。‟射覆”を使えば暗闇でもモノの位置は分かる」

「あ、じゃあお願いします! 暗すぎて何が何だか分かりません」


 隠されたモノを暴く射覆を応用し、晴明はカベを透視する。自然と晴明は先頭となり、ひとかたまりになって4人は歩いた。


 皆、辺りを見回し警戒しながら歩いていたが、その中でもとりわけ表情が硬いのがミシェルだ。歯を食いしばり、眉をひそめ、肩をこわばらせながら歩みを進めている。


「……ミシェルさん、どうしたんです? 怖いんですか?」

「は、はぁ~? 怖いですって? ぜーんぜん怖くもなんともないわよ! 変なこと言わないでちょうだい!」


 その時、足元を勢いよく走るモノがあった。「チチッ」という鳴き声が通り抜けていく。


「うぎゃあああああああ!!!!」


 甲高い声を上げてミシェルはすっころんだ。慌ててアリアネルが引っ張り起こす。


「大丈夫ですか?! ミシェルさん!!」

「何かいた! 今足元に何かいたあああああ!! ひょ、氷結術!!」

「落ち着きたまえ、あれはネズミだ!」

「ミシェル! そんなんに術使うな!」


 荒い息を吐くミシェルの背中をアリアネルが撫でる。


「大丈夫、私たちがついてますから、大丈夫」

「わ、わかったわ……」


 ミシェルは何とか心を持ち直したようで、再び暗闇への歩みを進める。


 1分ほど歩いていくと、やがて晴明の眼に気になるモノが映り始めた。


「向こうの壁に何かあるな」


 近寄ると、それは部屋の壁に貼り付けられた大量の符だった。見ただけではよく分からない呪文が乱暴な字で描かれている。子供の証言とも一致するものだ。


「これが話にあった符だな。ただ妙だな、呪詛の気配はないようだ」

「とりあえず全部剥がしておくか」


 符は部屋中に貼られているため、4人は手分けして剥がしにかかった。晴明は呪符をしげしげと眺めている。


「一体どんな呪詛をかけようとしたんだろうな」


 近くで符をべりべりと剥がしながら、ブルーセが答える。


「とても分かんねえな、見たことない呪符だ。しかもずいぶん字が汚い」

「それは分かる。洗練されていない。符というのは呪詛における王道だ。もうちょっと綺麗に書くはずなんだが」

「慣れてないやつが書いたのかねぇ。それとも、呪詛とは関係ない符だったりすんのか……?」


 符は部屋の隅にもあり、アリアネルとミシェルはそちらを剥がしにかかる。


「うわあ、気色悪いなぁ。片っ端から剥いじゃいましょう、ミシェルさん」

「……当然よ。こんなの貼りまくる奴の気が知れないわね」


 部屋の中央には空っぽの棚が並んでいるが、その一部は倒れ、瓦礫の山のようになってしまっている。


 ミシェルは、その瓦礫の一部に目が留まった。そこに何かがあった。


 見てはいけない、という本能的な恐怖を感じながらも、それから目を離すことができなかった。どうしても気になって、ロウソクを向けてそれを確かめた。


 瓦礫にまぎれるようにして、女性が、枯れ木のように倒れていた。


 そしてその傍らには、その女性とうり二つの者が座っていて、青白い顔でミシェルをじっと見つめていた。


「ふぎゃーーーーーーーーーーオバケーーーーーーーーー!!!!!」


 倉庫に、ミシェルの金切り声が響き渡った。

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