第27話 琥珀色の街、暗中の黒幕

 マトリが捕まえたマフィアは、161人にものぼった。


 これを王都に移送するため、ブルーセは大通りの貸しドラゴン屋で大量のドラゴンを借り受けた。マトリの活躍を聞いて、街の住人の一部は手伝いを申し出て来た。


「マフィアを大勢捕まえたって?! 景気がいいじゃねえか、手伝うぜ」


 街に巣くっていたマフィアの崩壊を喜ぶ者も多かったのだ。


 事件の翌日の朝、捕らえられたマフィアと捜索される基地を一目見ようと、ダダ通りの周辺は見物人でごったがえすほどになってしまったのだった。


「晴明、そっちはどうだ? 大丈夫か?!」

「問題ない。呪詛の気配はもうないようだよ」


 マトリは総出で街を点検し、呪詛が残っていないかを確認して回った。


「それじゃ、王都に戻りましょうか。回収した呪物を保管して、捕まえた犯人を牢屋に入れてやらないと!」

「……いえ、一人忘れてるわ。ディスマスも王都に連れていかないと」

「あ、そうか」


 ディスマスもマフィアに協力していた者の一人だ。取り調べの上で、しかるべき刑罰をくださなければならない。


 すると、ちょうど道の向こう側からディスマスが歩み寄って来た。


「マフィアをやっつけてくれたらしいな。すごいな、あんたらは」

「ディスマスさん……」

「分かってる。俺もマフィアに力を貸してきたんだ。ちゃんと罰は受ける」


 言いながら、ディスマスはミシェルに首飾りを手渡した。雑貨屋で売っていた、ミシェルの兄のものとそっくりだという首飾りだ。


「あ、これ──」

「あの時はごまかしちまったがよ。これはあんたが持っているべきモノだ。すまなかったな」


 ミシェルは頷き、首飾りを受け取る。


「……よかった。兄さんはもう死んでしまったけど、形見があると少しだけ安心するわ」


 ミシェルの言葉に、晴明もほっと胸をなでおろした。


 形見というのは、心に置かれるものだ。


 人を縛り、苦しめる形見もある。だが、暖かな思い出に寄り添ってくれる形見もある。


 この首飾りは、ミシェルの心の欠落をほんの少し埋めてくれるものなのだろう。


「君の兄も、きっと喜んでいるだろう。それはミシェルの元にあるのが一番いい」

「ええ……そうね」

「なくさないようにな。人はいずれ死ぬが、モノはそれよりも長く残ってくれる。思い出と共にね」

「晴明、あなた、年寄り臭いことを真顔でしゃべるのね」

「ははは。実際私は年寄りだからな」


 天を見上げて晴明はからからと笑った。


 ディスマスは所在なさげに目を泳がせていたが、ブルーセはそんな彼の肩を叩いてやり、勇気づけるように言った。


「まあ、そう心配すんなって。あんたは俺たちに力を貸してくれた。罰が軽くなるようにちゃんとそこらへんも報告しといてやる」

「そうかい……そうしてもらえると嬉しいよ」

「罪を償ったら俺んとこ来いよ。なんか仕事紹介してやるから」


 ディスマスは「恩に着る」と小さな笑みを浮かべて答えたのだった。



 ◆◆◆



 王都ネビュラの南端に、森に隠された地下通路がある。


 アトルム各地にあるマフィアの秘密基地の一つだ。


 サティルスから逃げ出したマフィア構成員はそこに身を潜めていた。晴明との戦いに敗れたフランシスもここに行きついていた。


 基地の一番奥、豪華な家具に囲まれた部屋で、フランシスは小さい椅子に座っている。


 目の前には、マフィアの全てを統率する「ボス」がおり、フランシスはサティルスであったことを報告していた。


「なるほどな。ルーファスの奴が捕らえられたのか」


 暗く、厳かな声が部屋に響き渡った。


 声の主は、ジャイルズ・パラポネラ。


 アトルムの上級貴族。大臣として信頼を得る、エリートを絵に書いた男。


 しかし実のところ、ジャイルズこそがマフィアの首領だ。誰にも正体を悟られず、アトルムに巣くっている。


「申し訳ない。まさか奴らがあんなに強いなんて……」


 フランシスは必死に頭を下げた。ジャイルズは立ち上がり、壁にかけてあった剣を掴んでフランシスの目の前までやってくる。


「そうだな。失態だったな、フランシス」


 ジャイルズは刃を向けながら、フランシスに静かに言い放った。


 殺される──フランシスは確信した。体中からぶわりと冷や汗が噴き出した。


 明確な殺意をもって、ジャイルズの剣が勢いよく振り下ろされた。


「……だがフランシス。失態は誰にでもある。だから慈悲の心をもって、お前を許してやろう」


 剣は、ジャイルズの体の真横をかすめ、床だけを切り裂いていた。


「ボ、ボス……許してくれるんですか」

「もちろんだ。お前にはまだやってもらうこともあるしな。今回の失敗は、仕事を果たすことでぬぐってもらおう」


 ジャイルズは微笑みと共にそう言ったのだった。


 ほう、とフランシスは安堵のため息をつく。だがその心臓はまだ早鐘のように高鳴っていた。


(間違いない、あの一瞬、ボスは俺を間違いなく殺すつもりだった)


 殺意と笑顔を瞬時に切り替える、底知れない恐ろしさ。それがフランシスの体を震えさせた。


「捕らえられたルーファスは取り戻す。必ずだ。だが他にもやるべきことはある。お前にも動いてもらうぞ、フランシス」

「……仰せの通りに」


 額の冷や汗をぬぐいながら、フランシスはそう答えるのだった。

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