第19話 エージェント、砂を往く
「大事な話があるから、みんなちょっと集まってくださいませ」
ある朝、マトリの事務所にイサドが現れてこう言った。
「何です? 大事な話って」
「仕事の話ですわ。いいからみんな座って」
全員が着席すると同時に、イサドは言葉を続ける。
「四日前、ある男が遺体で発見されましたわ。呪詛マフィアによって殺された可能性が高いものです」
その一言でその場にぴりりとした緊張感が走った。
「具体的に聞かせてくれ」
「男の名前はジェフ・リンクランク。金貸しをやっている男ですわ」
イサドは懐から、ジェフの似顔絵が描かれた紙を取り出した。中年で小太りの男である。
「ジェフは、王都の南にある森で倒れているところを発見されましたの。体に多くの水ぶくれがあって、呪詛の反応がありましたわ。私も知らない呪詛ですわね」
「やだねぇ。あいつらどんどん新型の呪詛を開発するからなぁ」
ジェフの絵をとんとんと叩きながら、イサドは続ける。
「どうもジェフは裏社会とやりとりがあったみたいですの。詳しくは不明ですが、半年ほど前から、路地裏で複数の男と口論しているのが目撃されてますわ。「マフィアには気を付けろ」と前から周囲に漏らしてたみたいで」
「ふむ……」
「死の1週間前から、ジェフは南にある砂漠地方に滞在していましたわ。恐らくはそこで呪詛にやられたのでしょう」
「何か手がかりはあるんですか?」
ミシェルが尋ねると、イサドが懐からもう一つ品物を取り出した。
押し花のカードだった。鮮やかな青い花が、美しいまま保存されている。だがカードはしわくちゃだ。
「へえ、綺麗ですね」
「ジェフが手に握りしめていたのですわ。下の部分をよく見てくださいませ」
カードの下には小さく文字が書かれていた。──BLUE BEARD、とはっきり記されている。
「ブルービアード……これは、呪詛マフィアの名前か」
「ど、どういうことですか?!」
ブルーセが目を細めて、カードをしげしげと眺める。
「……結構重要なアイテムが出てきたじゃねーか。マフィアの連中はなかなか証拠を残さないもんで、ずっと苦労してきたが、これを調べればマフィアのアジトの場所も分かるんじゃねえの?」
「そう思って、その花を調べておいたのですわ」
「マジですか!? 仕事が早い!」
「その花はサティルスサボテンっていう植物らしいですの。南の砂漠地方にしか生えないもの。しかも、こんな風に青い花を咲かせるものは自然には存在してないらしいのですわ」
「ふむ……つまり、何者かに品種改良されたものということか」
その場にいる全員が確信した。──これは間違いなく重要な手がかりだ。アリアネルが押し花を見つめながら言う。
「ジェフさんは砂漠地方に行っていた。そして、マフィアの名前が書いてある押し花を握りながら死んでいた……その砂漠地方、すごく気になりますよね」
「もちろんだ。徹底的に調査すべきだな」
ブルーセの言葉に、決然とした表情でイサドは頷いた。
「その通りですわ。そこで貴方がた4人に指令を与えます。サティルスへ向かい、ジェフを殺した犯人を突き止めること。そしてマフィアの本拠地を突き止めること。もしマフィアと交戦した場合は無力化し、可能な限り捕縛すること」
「了解しました!」
「……それはいいのですが、大丈夫でしょうか? 王都を留守にすることになりますが」
晴明が聞くと、イサドはウインクをして答える。
「お気になさらず。わたくし、強いので。ちょっとやそっとの呪詛事件は私一人でも問題ありません」
イサドがパチンと指を鳴らす。すると事務所にあるタンスや机や花瓶が、一斉に浮き上がった。驚いたアリアネルが怯えた声を上げる。
「うわあ?!」
「ミシェル同様、わたくしも魔術使い。戦争中はこの「浮遊魔術」で武器を飛ばし、ならず者をなぎ倒したものです。だから、王都の留守はわたくしに任せてくれて結構。思う存分捜査をしてきてくださいませ」
「……めちゃくちゃ頼りになる人だったんですね、イサドさん!」
晴明たちの次の行き先は、そうやって決まったのだった。
◆◆◆
晴明たちが外へ出ると、数人の体格のいい男が警備と口論をしていた。
「おう、うちの親分が死んだのをちゃんと調べてくれるんだろうな」
「捜査についてはマトリが責任を持つ。だから騒ぐんじゃない」
「本当だろうな! きっちり調べろこの野郎!」
ブルーセが声をかけると、とりわけ体格のいい男が声を上げた。
「おう、マトリか! 俺らはリンクランク商会だ。うちらの親分であるジェフが呪詛されて死んだんだ。ちゃんと捜査してくれるんだろうな!!」
「あんたらジェフの仲間か」
男たちは皆、荒っぽい見た目をしている。それを見たアリアネルと晴明はひそひそと話し合う。
「なんか、商人というより荒くれ者に見えますけど」
「こういうものだろう。ジェフは金貸しをしていた。金を扱うということは悪党に狙われる危険もあるということだ。強そうな奴を従業員にするのは理にかなっている」
ブルーセは両手を掲げてなだめるポーズをとりながら言った。
「落ち着け。俺らはそのジェフの捜査を担当する者だ。これから調べに出かけるとこだ」
「本当か!」
荒くれたちは色めき立った。そして口々に頼み込んでくる。
「噂じゃ、マフィアが絡んでるんだってな。きっちりやっつけてくれよ。ジェフみたいないい人が死ぬなんて間違ってる」
「そうだよ、あの人は俺らみたいなどうしようもねえ奴らを雇ってくれたんだ。恩人なんだ」
その口ぶりから、ジェフに対する信頼が伝わって来た。
「……ジェフって人は、部下に恵まれたみたいね」
「そうらしい。それなりに優秀な親分だったのかもな」
ヒートアップしていく荒くれを落ち着かせるように晴明が声を上げた。
「落ち着きたまえ、これも何かの縁だ。よければ少し話そう。ジェフという男について聞かせてくれ」
「おォ……俺らに分かることなら教えてやるよ」
「ジェフについて知りたい。亡くなる間際に変わったことはなかったか?」
「いや、分からねぇ。親分はいろんな奴らと商売してて、あちこち渡り歩いてるんだ。今回も、1週間砂漠地方に行ってくるって言い残して出かけたっきりだった」
「砂漠地方か。具体的にどこに行ったかは分かるか?」
「分からん」
「……ジェフが裏社会とやりとりがあったという話は本当なのか?」
その質問に、男たちは悲しそうな顔をした。
「確かに、ジェフ親分はマフィアに気を付けろって時々言ってた。でも詳しくは教えてくれなかったよ」
「そうか……」
「でもよ、うちの親分がマフィアに協力してたなんて思えねぇ。あの人はそんな人じゃない。不正にはめちゃくちゃ厳しい人だった。優しい親分だったんだ」
男たちの目は真剣そのものだった。
晴明は頷き、「分かった。ありがとう」と笑顔を見せた。
ジェフの仇、とってくれよ──そう言い残して、男たちは去っていった。
「ジェフさんて、いい人だったんですかね」
アリアネルがぽつりと呟く。それに晴明が答えた。
「どうかな。まだ分からない。もしかしたら恐ろしい悪人だったのかもしれんぞ」
「そんな! あんまりですよ!」
「そうだな。それを確かめるためにも詳しく調べてみるとしよう」
南へ向かう前に、晴明たちは王都でジェフについて聞き込みを行った。
だが、あまり詳しい情報は得られなかった。裏社会と繋がっていたというのも、聞こえてくるのは噂話のみ。事前情報以上の手がかりは得られなかった。
これ以上は、実際に南の地へ行ってみるしかない──そう結論を下し、晴明たちは出発した。
二体のジャバウォックドラゴンに、それぞれ二人ずつ騎乗する。ブルーセと晴明、ミシェルとアリアネルというペアだ。
街を抜けて林道に入る。時折、向かい側からやってくる行商人らしきグループとすれ違い、そこが安全な道であることが分かった。
鬱蒼とした木々はやがて減っていき、次第に、大きな岩石が転がる荒れ地に差し掛かった。
「今日中に到着するのは無理か。キャンプの用意しようぜ」
野営地に選ばれたのは見晴らしのいい高台だった。
「うおー、すげー! 晴明さん、すごい景色ですよ!!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、アリアネルが手招きする。近寄ってみると、高台から広大な景色を見ることができた。
見渡すばかりに広がる、黄色い砂。それが地平線の彼方まで広がっている。
「なるほど、これは凄い……」
砂漠。晴明が見たこともない広大な場所だ。アリアネルも同じなようで、必死にジャンプして地平線の向こうを覗こうとしている。後ろから、にやにやしながらブルーセが話しかけて来た。
「ようこそ砂漠地方へ。どーだい、砂ばっかだろ?」
「果てしない土地だな。うっかりすると遭難しそうだ」
「すごいです、砂ばっかです! 暑そう!」
「はっはっは、確かに暑いぜ。だが夜になると結構冷えたりするんだよな。風邪引かんように気を付けろよ」
砂ばかりの土地に、人間は住めるのか。街ができるものなのだろうか。晴明はどうしても興味が湧いてしまう。
生暖かい風が吹いて、来訪者をからかうように、砂を巻き上げてさらっていった。
風の吹きすさぶ、砂と岩石の平野。砂漠地方は目の前だ。
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