第9話 魔術取締官、略して「マトリ」
「「魔術取締官──」」
晴明とアリアネルの声がハモった。
「そう! そうなんだぜ。このアトルム王国にはびこる、重大な禁止魔術を取り締まるエージェント。魔術Gメン。それが俺たちなんだぜ!!」
にっこりと微笑むブルーセ。目を輝かせるアリアネル。晴明は静かに尋ねた。
「しかし、実際取り締まっているのは呪詛だろう? 呪詛取締官ではないのかね?」
「いや、『魔術取締官』で正しい。マトリははるか昔から、危険な魔術を取り締まる部署だったからな。呪詛だって魔術の一種さ。だいたい「呪詛」ってのはつい最近できた言葉だぜ」
得意げに説明するブルーセだが、それを女性の声が遮った。
「そのへんにしてちょうだい」
ブルーセと共にやってきた「マトリ」であるミシェル・スノーだ。
「ブルーセ隊長。サボってないで仕事をして」
「いででで。よせよ白雪姫、耳を引っ張るな」
白雪姫と呼ばれたミシェルは、表情を変えないままブルーセを引っ張っていく。
「失礼したわね。晴明さんとアリアネルさんも後で事情聴取をするから、その時にまた会いしましょう」
耳を引っ張られながら、ブルーセは去っていった。
それから、マトリによるスピーディな捜査が行われた。
事件についての事情聴取。戦闘が起こった場所の調査。バージャの身柄確保。てきぱきと事件の後片付けが行われていった。
「安倍晴明……空の穴から来たって?! へえ、道理で妙な格好してると思った。詳しく話聞いていいか?」
「アリアネル……痛苦魔術を受けながら走って逃げたって?! なかなかできることじゃないよそれ。詳しく話聞いていいか?」
ブルーセは事件のあらましにいちいち驚き、丁寧に事情聴取を要請してきた。
すっかり夜になった。幾度かの小休憩をはさみ、ブルーセ達の呪詛の処理は終了した。
「ま、こんな感じかね。協力に感謝する」
呪詛というものは、きちんと処理しないと残ってしまう。染みのようにその場に残存し続け、例えば通行人などを害してしまうこともある。だからきちんと取り除かなければならない。
晴明もそれを承知であるため、屋敷の中にある呪詛は徹底的に祓っておいた。
その見事な呪詛祓いに、ブルーセもミシェルも驚きを隠せない。
「見事なものね。呪詛洗浄が完璧にされている……」
「ああ、すげえもんだ。晴明つったっけ、相当の腕前だぞ」
晴明にしてみれば当然の仕事をしただけなのだが、それをひそひそと話されるのは落ち着かず、ブルーセ達に声をかけた。
「……私の呪詛の祓いに何か問題でもあったのかな? 変なところがあったらすぐ言ってほしいのだが」
「とんでもないわ。相当なものだと評価していたところよ」
表情を変えずにミシェルは言う。
「それにアリアネルも凄いもんだぜ。痛苦呪術ってのはマジで痛い。大の大人でも悲鳴を上げて失神するくらいにな。それを耐えながら移動したっていうのは賞賛に値する」
「え、ホントですか? えへへへ」
アリアネルが一瞬で笑顔になった。こうしてみると本当に天真爛漫なただの少女だ。
「……うん。この二人ならいいかもしれねーな」
顎をさすりながらブルーセがひとりごちる。そして、
「晴明。アリアネル。よかったら、魔術取締官にならないか?」
そう言った。
「ふぇぇ?! な、なんですって?!」
驚いたのはアリアネルだ。憧れの職業からの勧誘は予想外だったらしく、素っ頓狂な声を上げてしまう。
晴明は冷静に問い返す。
「いいのかね。そのように簡単に決めてしまって」
「全然OKだぜ。見込みがある奴を勧誘するのも仕事のうちだからな。呪詛を洗浄できる者。呪詛に耐えられる者。どっちも欲しい人材だ」
ほんの少し肩をすくめながら、ブルーセは答えた。
「……本音を言うとだな、ウチは人手不足なんだ。優秀な人材は戦争で大勢死んじまったからな。だからぜひ二人には仲間になってもらいたいんだ」
悪を行う者と、取り締まる者。もちろん取り締まる方が少ない。数を増やしたいと思うのは当然だ。
「ただ、もちろん無理強いをするつもりはないぜ。今日一日ゆっくり考えてみてくれ。明日また来るから」
そう言ってブルーセとミシェルは帰り支度を始めた。
「バージャの身柄は、このミシェルが責任を持って確保し、王都へ移送するわ。ご安心を」
「そういうことだ。それじゃ皆々様方、ご協力に感謝しますぜ!」
別れの言葉もほどほどに、魔術取締官の二人は去っていった。
「…………」
アリアネルは、まだ呆然としていた。
だがその瞳には、確かに決心の炎が宿っていたのだった。
◆◆◆
──夜半。屋敷はすっかり元の落ち着きを取り戻した。
晴明が書斎を借り、書物を読んでいると、そこへウルスラが入って来た。
「相変わらず勉強熱心なんですね」
「ああ、これはどうも。勉強が好きなもので、つい」
晴明は本を閉じ、軽く頭を下げる。かしこまらなくてもいいとウルスラは言うのだが、晴明はいわば客だ。家主であるウルスラには礼節をもって答えねばと考えてしまう。
近くの椅子に腰を下ろし、ウルスラは尋ねた。
「……単刀直入にお聞きしますけど。晴明さんは、魔術取締官の誘いを引き受けるのですか?」
「はい。そのつもりです」
晴明も単刀直入に答えた。
「私はこれまでずっと、様々な人を助けてきた。この世界でもそうするだけのことです」
「あら……本当にお人よしな方なのですね。あ、いえ、もちろん誉め言葉ですよ」
「ははは」
照れくさそうに晴明は言葉を続けた。
「思えば、私はなかなか出世できなかった。だから、人に認めてもらうと嬉しくなります。ありがたい言葉だ」
若かりし頃の安倍晴明は、全く出世できなかった。
ようやく陰陽師になれたのは40歳を過ぎた頃。何度も心が折れそうになったのを支えてくれたのが師匠だった。
師匠に助けてもらったこと。血のにじむような努力を続けたこと。そして体の丈夫さ。それがあったからこそ、晴明の才能は開花したのだ。
「……なるほど。晴明さんって、案外普通の人っぽいところもあるんですね。安心しました」
「私のことを何だと思っていたんです?」
「うふふ、ごめんなさい。空の穴からやってきた、とにかくすごい人だなと思っていたので……それはもう、会話すら通じない雲の上の大天才みたいなイメージでした」
「そんなすごい男ではありませんよ、私は」
晴明は思わず笑ってしまう。まるで仙人だ。そこまで言われると妙にこそばゆいが、悪い気はしなかった。
「──この安倍晴明、呪詛を祓うことに関しては絶対の自信があります。仕事としては申し分ない。魔術取締官、望むところですよ」
すると、そこへアリアネルが入って来た。
「ウルスラ姉さん! 晴明さん!」
「あら、アリアネル……」
アリアネルは早足で二人の前に歩み寄り、
「私、魔術取締官になろうと思うんです!!」
そう叫んだ。そのあと、照れくさそうにゴニョゴニョと言葉を続けた。
「え、えーっとですね、ずっと前からマトリって憧れてたんですよね。呪詛をやっつける仕事、やってみたかった。お父さんやお母さんみたいに、呪詛で死ぬ人を減らせるじゃないですか。だから……」
「わかったわ、アリアネル」
ウルスラは力強く答えた。
「そうだろうなと思ってたわ。行ってきなさいな、アリアネル」
「え、あ……いいんですか? そんなあっさり」
「貴方が考えて決めたんでしょ。反対する理由はないわ。頑張りなさいよ」
立ち上がり、ウルスラは続ける。
「アリアネル・アムロット。貴方の意志を尊重し、アムロット家の騎士を解任します。気兼ねなく、行ってらっしゃい」
不安が入り混じっていたアリアネルの表情が、満面の笑みになった。
「──ありがとう、ウルスラ姉さん!! 私、頑張ります! めちゃくちゃ頑張ります!!」
「というわけで。晴明さん、妹のことをよろしくお願いしますね」
「任されました」
元・陰陽師と赤ずきんの騎士。二人の向かう先が、はっきりと決まった瞬間だった。
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