安倍晴明、マトリになる ~異世界転移した最強の陰陽師、魔術取締官になって呪詛マフィアに立ち向かう~
出雲 海道太
第1話 安倍晴明、落ちる
安倍晴明は
「何だこれは?! 何がどうなってる?!」
大声を張り上げても、それは誰にも届かない。天才と謳われた彼でも、全く理解できない状況であった。
事の発端は、ほんの数分前にさかのぼる。
◆◆◆
晴明は、月明かりに照らされた庭をぼんやりと歩いていた。
凛とした、整った顔立ちの男だ。未踏の雪原を思わせる、理知を感じさせる佇まいである。
安倍晴明。10世紀から11世紀にかけて平安京を生きた陰陽師である。
闇の渦巻く平安京を霊的に守護してきた凄腕の男。晴明は様々な占いや儀式を通じ、帝や上流貴族に重用されてきた。
とうに80歳を超えているはずだが、ぱっと見では30代ほどにしか見えない。
そんな男が庭を歩いている。
「さて、そろそろかな──」
晴明は星の煌めく夜空を見上げた。
占いが正しければ、晴明の寿命は今日の夜に尽きる。最後に星を見ながら死んでやろうと思い、庭に出て来たのだ。
「しかし、どうかな。最近は占いをたまに外すことも出て来た。今回もハズレかもしれん」
顎をさすりながら、ぼんやりと呟く。
晴明には子供がいる。利発な人間に育ってくれたと自負している。すでに晴明の後を継いで陰陽寮で働いており、跡取りの心配はなかった。
すでに近しい人間には、「晴明は恐らくこの日に死ぬ」と伝えてある。
──思い残すことは、正直色々ある。だが人間というのはいつか終わりを迎えるのだと、晴明は承知している。死という当然の自然現象が自分にもやってくるだけだ。
晴明はそう思っていた。
すると、不意に庭で鳴いていた、虫や鳥の鳴き声がぴたりと止んだ。
何かおかしいと感づいた時、目の前の空間が不意にぐにゃりと歪んだ。
「これは……?!」
気づいた時には、晴明はその歪みの中に引きずり込まれていた。井戸の中に落ちるがごとく、空間に開いた穴に、晴明は落ちていったのだった。
◆◆◆
そうして、気づいたら晴明は落下していた。
周りは、漆黒の渦がとぐろを巻いている。ここがどこなのか全く判別がきかない。
身をよじって抵抗を試みているうちに、唐突に視界が開け、晴明の体は地に落ちた。
そこは、森の中の草むらだった。
「……何だ、どうなってる? 神仏の怒りか?
周囲を見渡すが、全く心当たりのない風景だ。
「どこかの森の中か。いきなり私を見知らぬ場所に転移させるとは…………これも何かの術か?」
服についた草や土を払いのけながら、晴明は空を見上げた。
空にある星は不変だ。その位置関係から、自分の大体の位置が分かるかもしれない。かつては天文博士として毎日のように星を見つめ、吉凶を占って来た晴明の咄嗟の判断だった。
だが、そこで晴明は混乱した。夜空に浮かぶ星は、自分が全く知らない配列だった。
「……何だ、これは……」
北斗七星は無かった。北極星も無かった。月はあるが、大きさと模様が違っていた。
「どうなってる?! 空模様が異なるほど遠くに来てしまったのか?! いやいや待て待て、いくら何でもここまでデタラメな星の配列になるわけがない……!!」
取り乱す晴明だが、必死に平静さを取り戻そうと、深呼吸を繰り返す。
考えられることは一つしかない。
ここは平安京とは全く異なる、よその世界だ。晴明は直感でそう悟った。
「……何たることだ。これじゃまるで、おとぎ話のようではないか」
見覚えのない夜空を見つめながら、晴明はそう呟くのだった。
「待て待て、落ち着け……式神に周囲を探索させよう」
式神。安倍晴明が使役する精霊のようなもので、雑用から戦闘まで幅広く言うことを聞いてくれる便利な存在である。
すると、晴明の背後で低い唸り声が響いた。
グルゥゥゥルゥゥ──という、おどろおどろしい声。犬より低く、熊よりも太い。
「獣か」
即座に晴明は振り向き、声の主を確認しようと歩き出した。
辺りは暗闇だったが、月明かりのおかげで最低限の景色は確認できる。
少し歩くと、すぐに声の主に行き当たった。
ヒグマほどの大きさの、深緑色の怪物だった。ツノが生え、こん棒を持つその姿は鬼を思わせる。
そしてその前には、頭巾をつけ、武器を携えた女性がうずくまっていた。
「おっと、ずいぶんでかい妖だな」
晴明は笑みをたたえ、冗談めかして言った。
怪物は晴明に気づき、体の向きを変える。唾液をしたたらせながら、また低い唸り声を上げて来た。
「見る限り、お前はそこの女性を食らおうとしているのだな? やめておけ。人を食らう妖は人から嫌われるぞ」
「グルルルルゥゥグルゥッ」
「……一応聞くが、この安倍晴明をここに運んだのはお前か?」
「グルルルルァッ」
怪物は晴明に近寄って来た。
「話にならんか。しかもこの私を食らうつもりだな? なるほど、結構。では、お前には悪いが退治させてもらおう。妖の退治は本来陰陽師の仕事ではないんだがね」
晴明は懐から符を取り出す。
「──
瞬間、夜を
「グォォォン……」
小さく断末魔の悲鳴を上げ、怪物は倒れ伏し、動かなくなった。
森は再び暗がりを取り戻し、後には、晴明と赤い頭巾の女性だけが残った。
「平気かね?」
晴明は声をかけた。女性は真っ赤な頭巾を頭にかぶっている。大きな蒼い瞳は理知を感じさせた。
「だ、大丈夫……です」
「平気か。それは何より」
女性は体をこわばらせたままだったが、ゆっくりと口を開く。
「……あ、貴方は……何者なんですか?」
「私は安倍晴明。平安京の陰陽師だ」
満月に照らされながら、晴明は答える。
「すまないが、ここがどこなのか教えてくれるとありがたいのだが……」
顎をさすりながら、晴明は困り顔で言葉を続けるのだった。
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