11:都筑と里佳子

「実際に資産家の天堂家は存在しますが、あの屋敷に住んでいたのは別人です。三宅さんがあなたに事件を自白させようと作った役者によるお芝居なんです。妹を奪われた兄の悲痛な言葉を聞いて、あなたが真実を話してくれればと、そう願ってのことです」


 けれど、そうはならなかった。それはあの本を読めば明白だ。


「なるほど、おかしいと思ったよ。あの後、ネットでたまたま天堂一志の記事を読んだんだか、近影として掲載されていた写真が別人みたいに生き生きしてたんだ。憑きものが落ちたからなのかと思っていたが、本当にただの別人なんだな」

「ええ。あの屋敷に天堂家は住んでいましたが、今は街の方に拠点を移していますよ。あそこは賃貸として貸し出されています」

「俺は紗里のおかしな兄貴に担がれたってわけか」


 全く堪えた風もなく、椿は飄々とした表情をしている。

 そんな椿を見ると、私は諦めにも似た絶望感を感じてしまう。

 なんとか依頼人である三宅さんの思いを伝えようと、椿に話しかける。


「三宅さんがありもしない事件をでっちあげたのは、あなたに自白してほしいと思ったからなんです。実際、天堂さんが喋ったセリフは三宅さんの気持ちそのままを当てはめています」


 ――頼む、都筑君(椿君)。里佳子(紗里)に会わせてくれ、どんな姿でもいい、あの子に会いたいんだ

 ――頼む、頼みます、都筑さん(椿さん)……俺の里佳子(紗里)を返してください


「けれど現実はその真逆でした。あなたの執筆した本は嘘で塗り固められていました。本当は庭の中から骨が見つかり都筑さんが天堂さんに懺悔して事件は解決しました。なのに、あなたの執筆した本にはありもしないその後の物語が描かれていたんですから」

「さっきも言っただろ、物語を面白くするために……」

「最初の2つの事件は事実に基づいて書かれていたのに、どうして最後の物語だけ脚色する必要があったんです。どうして都筑さんではなく、兄を卑劣な人間として描かなければならなかったんです」


 その理由は簡単だ。


「あなたは都筑さんの姿に自分を投影したんです。兄の毒牙から逃れようとした妹、それを助けた心優しき男性。行方不明の里佳子さんの姿が紗里さんと重なったんでしょう。年齢も近いし雰囲気も近い、もちろんあえて三宅さんがそういう役者を選んだわけですが、何より兄と妹の関係性が紗里さんと義孝さんそのものですから」


 椿はじろりと私を睨んだ。


「紗里さんの家庭も複雑で、紗里さんとお兄さんは血が繋がっていないそうです。両親は共働きで紗里さんの面倒を見ていたのはお兄さんです。2人の間には家族以上の絆があったようです。それはきっと男女の愛情に近いものが……」

「ふざけるな!!!」


 突然、椿が大声をあげて目の前の机を蹴り上げた。


 はぁはぁと肩で息をしながら、鬼のような形相でこちらを睨みつけている。さっきの会話の何が気に入らないのだろう。いや、答えは分かっている。


「紗里さんとお兄さんは恋人同士でした。お兄さんから確認済みです」

「バカを言え! 紗里は兄に騙されていたんだ。逃げ出したくても逃げ出せなかったんだ。だから俺が救ったんだ!」

「どうやって?」

「どうやって? 決まってるだろう、あいつを救い出してやったんだ。この家でかくまっていたんだ」


 その言葉を言い放った後、椿は幾分動揺したように目を泳がせたが、すぐさま鋭い視線で私を睨んだ。


 その視線を真っすぐ受け止めた私は、ここからが正念場だと改めて居ずまいを正した。


「三宅さんは最後の話を読んで全てを悟ったそうです。椿さんは自分と紗里の関係を知っていると。だから紗里さんは誘拐された、自分から引き離すために」


 椿は私の目をじっと見つめたままだ。

 次に私の口からどんな言葉が出てくるのかは、もう分かっているのだろう。


「紗里さんはもう生きていないんですね」


 気のせいか、ほんの少し椿の瞳孔が開いたように見えた。

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