綴じた本・1

1:出会い

 今回の依頼は少々厄介な案件になる。

 私は半年ほど前からとある調査に乗り出しており、ある程度情報を集めた上でこれ以上は本人と対峙するしかない、という段階で相手の家を訪れた。


 調査対象の男が住んでいるのは住宅地にある小さな一軒家だ。


 尖った屋根に天窓付きの洋風な外観から想像するに、さぞかし内部のインテリアにもこだわっているのだろう。


 しかし、手入れの行き届いていない庭、錆びた自転車、元は綺麗に塗装してあったであろう外壁も、今では剥がれ落ちてところどころに薄水色のペンキを残すのみとなっている。


 この様子から推測できることは、現在の住人は以前の持ち主よりも家の修復には熱心ではないということだ。

 そんなことを考えながら、改めて表札の名前を確認して、インターホンに手を伸ばした。

 

 すると、私がインターホンを鳴らすよりも前に、相手が玄関口から顔を覗かせた。

 年の頃は20代前半、細身で狐のような切れ長の瞳をした長身の男だった。

 ちょうどどこかへ出かけようとしていたのだろう、グッドタイミングだ。


「あの、すいません。少しお話をよろしいでしょうか?」


 私が中に向かって声をかけると、一瞬動きを止めた男は、すぐさまこちらに笑顔を向けた。


「え? ああ、どうぞ。わざわざいらしてくださったんですね、ご依頼ですか?」


 相手は私のことを客人だと思ったのだろう、当初こそ穏やかな物腰で対応してくれていたが、こちらが名刺を手渡した途端、態度を硬化させた。


 まるで怪しいものを見るような目つきで私の全身を眺め回してくる。

 私は思わず苦笑する。私の職業がそんなに珍しいのだろうか。


 男の態度は気分のいいものではなかったが、この手の反応をいちいち気にしていては商売が続かない。

 私のような職業の人間を快く迎えてくれる人間は少ないのだ。大概、詐欺師や胡散臭いという言葉がつきまとう。


「一体ここには何のご用で」

「実はある方から依頼を受けまして、少しだけお話をさせていただければと」


 男はわざとらしく大きなため息をついた。


「俺に金を騙し取られたとか、そんな話か?」


 あからさまに口調が雑になる。


「いや、まぁ」

「はっきり言ってあんただって俺と似たような商売じゃないか。こんなの詐欺師みたいなもんだろ?」

「まぁ、胡散臭いということはよく言われます。ただ私は誠実に仕事をこなしていますよ」

「フン、どうだか」


 男は面倒くさそうに鼻を鳴らして、私を追い返そうとする。


「悪いけど、俺は忙しいんだ。あんたの話につき合ってる暇はないんだよ」

「お時間はとらせません。1時間ほどで構わないんです。三宅義孝さんと言う方からの依頼なんです」


 私がそう言うと相手はピタリと足を止めた。

 しばらく私の顔を凝視した後、気が変わったかのように玄関の扉を開いた。


「話は1時間だけだ、それ以上はお断りだ」

「ありがとうございます」


 私は丁寧にお辞儀をして、相手の内側をすり抜け、室内に足を踏み入れた。

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