11話

「あの女は俺の高校時代の英語教師です」

「え?」

「担任ではなかったんですけど、1年の頃に英語の授業を受け持ってもらいました」

「なるほど、じゃあ出会いは保護者と教師ということなんだね」


 満緒は忌々し気に頷く。


「俺が学生時代ヤバい奴だったって話しましたけど、親父が度々学校に呼び出されることがあったんです。俺の担任は気弱な男で、俺のこと怖がって逃げ回ってたんですけど、その時新米だった吉田先生だけは俺たち親子に親身になってくれて」


 吉田、それが元々の京香の名字か。

 なるほど、今の話しぶりからすると、昔は満緒も京香に対して悪い印象は持っていなかったようだ。


 むしろ不良だった自分を気に掛けてくれた良い先生という存在だったのだろう。そこに特別な感情はなかったのか。


「京香さんのことを好きにならなかったのかい?」

「ハハ、まさか。確かに綺麗な先生でしたけど、高校の頃って年が1つ違うだけで別世界の人間って感じでしたよ。学年が一個上の先輩にも頭があがらないのに、10近くも年が離れた女なんてもってのほかです。ちなみに俺、同い年で巨乳の彼女もいました。それに教師ってなんか特別な存在に思えて恋愛対象ではなかったかな」


 言われてみればそうかもしれない。

 学生時代は教師という存在が神様にも思えたが、自分が大人と呼ばれる年代に達してみれば大したことないと感じる。教師だって人間だ。


「それにあの頃、あの女は俺の担任と付き合ってたみたいだし」

「担任と?」

「本人たちは隠してたみたいだけど、バレバレでしたよ。当時は学校中がその噂でもちきりで、正直俺は信じられなかったです。なんでこんな頼りない男がいいのか、って。俺のこと怖がって目も合わせないような奴が、どうして吉田先生の心を射止められたんだろうって」

 

 満緒は苦笑する。


「だから、数年後、吉田先生と俺の親父が付き合ってるって知って愕然としました。正直ショックだったし、上手く言えないけど気持ち悪い感じがしたんです」

「まぁ君くらいの年齢だとそう感じるかもしれないね。俺だって自分の知ってる教師と親が結婚なんて聞いたら、ちょっと引いてしまうかもしれないな」

「でしょ」


 満緒は笑う。


「ただ俺も子供じゃないし、親父が幸せならって納得して応援したんです。なかなか結婚に踏み切れない2人を後押ししたのも俺です」


 やはり当初は賛成していたのか。


「だったらどうして急に毒殺なんて想像が出てくるんだい? ポン吉が不審な死に方をしたからかい?」

「もちろんそれもあるけど、あるものを見つけてしまって、そこから疑惑を抱くようになったんです」


 満緒はそう言って、さっきから傍に置いていた紙を俺に手渡した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る