18話
聡は娘の愛子を気に入っており、たびたび気のいい家主を装って瀬戸家に上がり込んでいたそうだ。
いつ頃からか愛子が霊を見ると言い始め、聡は親身になってその相談に乗っていた。愛子の父親の助言で壁を塗り替えると決めた際も、聡は率先して手伝いをかって出た。
そこで2人は隠された押入れを発見し、中を覗いてしまったのだ。
その時の2人の衝撃は想像を超えるものだっただろう。
聡の供述によれば愛子はすぐさま警察に連絡をしようとしたが、聡がそれを制止した。
この遺体は自身の祖父母であり、手をかけたのが父・権蔵であると本能的に理解したためだ。家の壁を塗り固めたのは権蔵であり、家の売却を頑として認めなかったのもまた権蔵であるからだ。
この事件が表沙汰になれば一族は終わる、聡はとっさにそう判断し愛子を手にかけた。そして、それを目撃した愛子の母親も同様に殺害したのだ。
奇しくも20年以上の時を得て、あの家で同じ惨劇が繰り返された。
その後は、誰もが想像する通りの流れで進んでいく。
聡もまた罪を隠すために2人の遺体を押入れに隠した。誰かがそこを開けてしまわないように木の板を打ち付け、その上から土壁を塗り固めて、厳重に封をした。
子どもの悪戯で窓を割られた際には、遺体が見つかるという恐怖心から、業者も呼べず自身で板張りをし、窓を封鎖した。
家に残っている愛子の父親になんとか退去してもらおうと、アドバイスを装って引越しを勧めていたようだが、それが叶うと思った矢先に事件が明るみに出た。
因果応報という言葉があるが、それを絵に描いたようなストーリーだった。
そもそも、あの家に祖父母の遺体があると分かっていれば、いくら放蕩息子でも、もっと厳重に管理をしたはずだ。
しかし、聡はそのことを知らなかった。知らなかったばかりに、壁の修復にいそいそと加勢し、塞がっていた真実を引きずり出してしまったのだ。
事件の全貌が紐解けた後に感じるのは、あの家に囚われていた多くの人間たちの残酷な末路だ。
和久田家の老夫婦、瀬戸家の母娘、その妻娘を待ち続けた夫。
事件が白日の元に晒されるのを恐れ家を手放せなかった和久田権蔵に、罪を犯した恐怖心から家に近づく者に過度な警戒心を抱き、監視を続けた和久田聡。
みんなあの家に囚われ、身動きがとれなくなっていたのだ。
俺はふとパソコンから顔を上げる。
いつの間にやら紗里が部屋の入口に立って、自身の肖像画を眺めていた。
紗里は何も変わっていない、事件があったあの頃から、肖像画を描いたあの頃から、心が閉じ込もったままだった。
紗里もまた、事件があった夏祭りの日に囚われたままなのだろうか。
だからあの日の浴衣を脱げないのだろうか……。
今も紗里はあの頃と何一つ変わらず美しく、儚かった。
俺は……俺はどうだろう。
両親が死んだ後、一旦は家を去ったもののやはりこの地へ舞い戻っている。
俺も、和久田一族同様、この家に縛られているのではないだろうか。
紗里は肖像画から俺の方へ視線を向け、柔らかく微笑んだ。
その笑顔を見た時、ふっと心が軽くなるのを感じた。
根拠は何もないが、紗里の心が解き放たれる時、俺もまた自由になれるかもしれない、そんな気がした。
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