14話

 室内は真っ暗だった。

 この家全体が薄暗いのは承知だが、昼間ということで場所によっては多少なりと明るさが感じられた。


 しかし、この部屋には全くと言っていいほどそれが皆無だった。そもそも光源自体存在していないように思える。


 やはりというのか、俺の想像した通りというのか、本来窓がある位置には外から板が貼り付けてあって、採光を遮断していた。

 この家に来た時に目にした塞がれた部屋というのが、この位置だったのだ。


 しかし、何だろうこの感じ。

 俺は指で鼻をつまみながら、男が向けるライトに合わせて室内を見て回った。

 何がどうとはいえないのだが、この部屋に違和感を感じてしまう。その原因がはっきり分からない。


 男は俺の方にライトを向け、心配そうに首を傾げる。


「そんなに匂いますか」

「ええ、ちょっと。あなたは大丈夫ですか?」

「多少古臭い匂いはしますが、そこまでではないですね」


 霊どころか、匂いにも鈍感なのか。俺は男の図太さに呆れてしまう。

 これだけメンタルが強ければ、ここへ1人で帰ってきても動じることはないはずだ。


 見たくもない霊を見て震え上がっている俺よりも、よっぽどこういう人間の方が長生きをする。その適応力が羨ましい限りだ。


「ペンキやら絵の具やら、いろんな匂いが混じっていてなんともいえない匂いがします。どうして窓を閉じているんでしょう? そのせいじゃないですか」


 俺は右手で鼻を押さえるようにして男に疑問を投げかけた。


「ああ、実は2人が出て行ったすぐあと、誰かに悪戯をされて窓ガラスを割られたんです。家主の和久田さんが物騒だからと応急処置で対応してくれたんですが、結局直す気力もなくそのまま放置しています」

「なるほど。でも、奥さまがおっしゃっていた話だと、家主にはこの部屋は使うなと言われていたそうですが」

「ええ、最初にそう言われました。他の部屋より傷んでいて雨漏りもするから、と。でもこの部屋が一番風通しも良くて娘も気に入ったので、内緒で使わせてもらってたんです。痛んでいるとは聞いていましたが、他の部屋と大差ないように思えましたし」

「そうですか」


 娘のいない部屋の窓を、わざわざお金をかけて直そうと思えないのも理解できる。男にとってここは借家だ、直すなら家主がやるべきだろう。

 俺は数日前に出会った軽薄そうな若者の姿を思い浮かべた。


 偏見と言われるかもしれないが、ブランドや車、好きな女のためには金を出すが、関係ないところにはびた一文払いたくないというタイプに思えた。


 俺は男から懐中電灯を受け取り、部屋の中を順に照らしていった。

 この部屋だけは他と違ってずいぶん殺風景だ。

 足元の畳も剥がされ、窓は塞がれ、部屋の中には生活用品がない。キャンバスや画材、ペンキの缶などが散乱しているのみだ。


 塗り直した成果なのだろう、壁の色は他と違って淡いピンク色をしていた。気持ちが明るくなるようこの色を選んだのだろうが、この闇の中では何の効果も発揮しない。


 この部屋に違和感を感じたのは、畳がないせいかもしれない。

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