15話

 俺は書きかけのキャンバスに光を当て、娘の書いた作品を眺める。


「人物画……ですね。もしかして自画像でしょうか」

「ええ、おそらく。描きかけでいなくなりましたが」

「ふむ、絵のタッチも繊細だし色使いも良いと思います。まだ途中なのでなんともいえませんが、きっと美しい作品に仕上がっただろうと思います」

「なんだか専門家のような物言いですね」


 男に言われて俺は苦笑する。


「ああ、すいません。実は父親が画家だったんです。それで私も少しだけ絵をたしなんでいて。今はこんな商売をやっていますが、昔は画家を志したこともあるんです」

「そうなんですか。お父様の事を過去形で話してらっしゃいますがご存命ではないのですか?」

「ええ、両親は私が高校生の頃に事故で亡くなりました。親戚づきあいもなかったので、そこからは天涯孤独です」

「はぁ……これはなんだか失礼なことを聞いて申し訳ありませんでした」

「いえいえ」


 予想もしていなかった俺の返答に、男は困惑したような仕草で頭を掻いた。

 それもそうだろう、こんなところで他人の不幸話を聞かされても困るだけだ。


 俺は紗里をちらりと振り返る。紗里は無表情で目の前の壁を見つめているだけで、これと言った反応を示さない。


「ひと通り部屋を見てきましたが、この部屋に一番邪気が籠っているように感じます。私の見立てでは、この家の澱みの原因はここにあるのではないかと考えます。依頼者は奥様ですが、できればあなたに見守っていただき除霊を終えたいと思います」

「ええ、はい」

「ただ、ずいぶん力の強い霊ですから全て祓いきれるとは限りません。できるだけのことはやらせていただきますが、一番いいのはこの家を出ていくことです」


 インチキ商法の方向性としてはこれが一番無難だろう。

 この家に住み着いてもロクなことは起こらない、そのうち妻と娘恋しさに男の方がおかしくなる可能性だってある。とっとと出て行った方が彼のためだ。


 男は俺の言葉に大きく頷いて言葉を返す。


「それについてはもう決めてあります。和久田さんからずっと提案を受けていて、この家を出ていくことにしました。私1人で住むには大きすぎますし、帰ってこない2人のために家賃を払い続けるのも安月給のサラリーマンにはきついですから」

「そうですか。和久田さんはよく来られるんですか」

「ええ、見た目は派手な感じの方なので私は苦手でしたが、妻と娘が幽霊の話をしたところずいぶん心配してくださって。まぁ、和久田さんにすれば変な噂を立てられたくないという思いが強かったんでしょうけれど、いろいろ相談に乗ってくれていたんです」

「なるほど」


 家主の立場で考えるなら、根も葉もない噂話が広がって家の価値が下がるよりも、新しい入居者を迎えて心機一転しようと考えるのが当然だろう。


 ふと気づくと、紗里が右手の壁に浴衣の裾をこすりつけ、何かの汚れを懸命に落とそうとしているところだった。


「おい、紗里! 何やってるんだ、やめろ。服が汚れるぞ、やめておけ」


 俺は紗里の腕を取ろうと壁の方へ近づき、ふと動きを止めた。

 その背後から心配そうな表情で男が問いかけてくる。


「何かありますか?」

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