7話

 絶望的な表情で瀬戸家の門を出ると、俺の愛車の真後ろに見知らぬ車が止まっていた。

 俺が焦がれてやまない赤のスポーツカー、おそらく運転手であろう茶髪の男は、俺の車の前に立ち、腰を曲げて車内の様子を伺っていた。


「おい!」

 

 俺が背後から声をかけると、男は「ひぇっ!」と情けない声を上げて小さく飛び上がった。


「な……なんなんだ、あんたは!」

「それはこっちのセリフだ。俺の車に何か用か」

「俺の車? ああ、これはお前の車なのか。薄汚れているから不法投棄かと思ったぞ」

 

 なんだこの胸糞の悪い日焼け男は。

 俺は時間をかけて目の前の男を眺めまわした。


 年は俺と同じか少し上、30歳前後だろう。長めの髪を茶髪に染め、眉毛の上には小さなピアス。日サロなのかサーフィン焼けなのか全身が小麦色に焼けている。

 人を見た目で判断するのもよくないが「チャラ男」を絵に描いたような軽薄そうな人物だった。


 男は俺の視線を鬱陶しそうに受け止めながら、偉そうに話しかけてくる。


「お前、今この家から出て来たのか? 何の用だ」

「お前には関係ないだろう。この家の住人に呼ばれたんだよ」

「この家の?」


 男は訝し気な表情をして考え込むが、恐る恐る声をかけてくる。


「まさか、また幽霊が出たとかなんとか言ってるのか?」

「なんだ知ってるのか」

「知ってるのかじゃないよ、勘弁してくれ。俺はここの家主なんだ、ありもしない噂を立てられて次の借り手が見つからなくなったらどうするつもりなんだ。こういう嘘くさい怪談話なんてのは、みんな面白がって尾ひれがつく。ネット上であっという間に広がるんだ、迷惑なんだよ」

「気の毒なこった。でも確かに出るんだよ、婆さんの霊が」


 俺はわざとらしく目を細め、両手を突き出して左右に揺する。


「チッ、くだらねぇ。もし変な噂が立ったらお前に損害賠償請求するからな」


 頭が悪そうなのに妙に現実的な攻撃をしかけてくるやつだ。

 俺はこれ以上相手を刺激するのは得策ではないと考え、今度は懐柔作戦に出ることにした。


「なぁ、本当に迷惑に思うんならちょっと教えてくれ」

 

 俺は相手に怪しまれないよう手持ちの名刺を差し出したが、それを見た男の表情が曇った。俺の胡散臭い職業が、余計に相手を警戒させたようだ。


「――お祓い屋――椿 風雅? なんだ芸名か?」

「いや、本名だ」

「はん、名前だけ見るとホストの源氏名みたいだな」

 

 余計なお世話だ、という厭味を呑み込んで男に尋ねる。


「ここの家でお前の親族が悲惨な死を遂げたとか、以前に強盗が入って誰かが刺されたとかそういうのないか」

「縁起でもねぇこと言うな。今は古びちまってるけどここは和久田一族の本家なんだ。今はみんなバラバラの場所で生活してるけど、思い入れのある家だから解体せずにそのままにして借り手を探してるんだ。お前が喜びそうな物騒な話なんてひとつもないね、俺が保証する」


 唾を飛ばしながら怒鳴りたてる男の様子からは、嘘をつく人間特有の後ろめたさは感じられない。


「じゃあ、一族で最後にここ住んでたのは?」

「俺だよ。家族と15年前までここに住んでたけど、引っ越したのはそんな恐ろしい話があったからじゃない。親父が街の方にタワーマンションを建てたから家族でそっちに移り住んだんだよ」

「ほぉ、タワーマンション」

 

 金持ちのぼんくら息子め、という言葉は呑み込んだが俺の羨ましそうな視線に気づいたのだろう、男は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「まぁ、車が不法投棄でないって分かったんで安心したよ。この道は行き止まりだから、家に用がないものしかここに車なんて止めないんだ。怪しかったからちょっと中を覗いちまって、悪かったな」

「ああ、別に。お前はここに何か用があるのか?」

「俺か? 俺もお前と同じような理由だよ。住人に頼まれて時々様子を見に来てるんだ」

「なるほど、お前みたいに底抜けに明るい奴がいたら家の雰囲気も明るくなるな。家族を元気づけてやってくれ」

「ん?」


 男は一瞬何か言いかけようとしたが、すぐに面倒くさそうに「じゃあな」と手を振って家の中に入っていった。


 それを見送った俺は、颯爽とオンボロ軽自動車に乗り込んだが、助手席に思いもよらぬ人物が座っているのに気が付いて、盛大な悲鳴を上げた。

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