2話

 ――この家は周囲に取り残されている。

 

 これが依頼者の家を初めて見た俺の第一印象だ。

 ここに来るまでに感じていた違和感の原因がまさにそれなのだろう。


 付近の家には生命力や生活感があるのに、目の前の家にはそれが皆無なのだ。この家で数年前に人が死んだきりそのまま廃屋になっている、と聞いても驚きはしないほど陰鬱な雰囲気を醸し出している。


 俺は胸ポケットから錠剤を取り出し、水なしでそのままぐいっと呑み込んだ。

 俺には持病があって、依頼者に会う前に気付け薬代わりに医者からの処方薬を飲むことが習慣になっている。


 お祓い屋のくせして、実はメンタルが相当弱いのだ。非常に情けない一面だが、こればかりはどうしようもない。霊現象に対する心構えや免疫なんてどれだけ依頼をこなしたってつくはずもないのだから。


 最悪なことに年を追うごとに薬の量は増えており、その薬を買うために詐欺まがいの仕事を続けなければならない。


 だが、この仕事を続けている限り精神面の不調は続くわけであって、そう考えると、とんでもない悪循環に陥っているようで息苦しさを覚える時がある。

 俺は薬が喉を通り胃の方へ落ちていく時間をあけてから、気持ちを仕事モードに切り替えた。

 

「よし、行くか……」


 そう言って、玄関の方へ足を向ける。


生い茂った木々の枝葉に隠れるようにして建つこの家には、人の手の温もりが感じられない。


 昔の家によくあるような大型の門構えの玄関口。建った当時はさぞかし立派だったのだろうが、時の経過とともに木柱が腐食し、今にも屋根が崩れ落ちてきそうだ。

 こんな具合じゃ地震が起きたらひとたまりもないだろう、来訪者にそんな不安を抱かせるみすぼらしい外観だった。


 俺は玄関扉を探すために、門をくぐり、さらに奥を目指す。

 左右に長く伸びた家屋のちょうと一番右端、何気なく目を向けた所にある部屋の窓には、どういうわけだが外から乱暴に木の板が打ち付けてあった。


 窓が割れているので応急処置をとっている、そんな風に見て取れたが、あれでは室内から窓を開けることはできないだろう。光さえも取り入れられず、空気の入れ替えも不可能。まるで何かを閉じ込めているようで、なんだか薄気味が悪かった。

 俺はあえてその部屋のことを意識から外し、ようやく見つけた玄関の前に立った。


「こんな古臭い家じゃ、見えないものも見えた気になるよな」


 玄関周りを少し探ってみたが、チャイムらしきものがない。

 昔なら大声で名前を呼び合って住人同士の交流を深めたのだろうが、今の時代そういった人間関係は疎まれる傾向にある。


 正直言って俺も面倒くさい。チャイムくらいつけておいてくれ。

 そう思いながら建てつけの悪い引き戸式の玄関扉をガタガタと音を立てて引き開けた。


 この家に入ったとき、真っ先に感じたのが妙な異臭だった。以前人が死んだ現場に遭遇したことがあるが、その時に匂ったような死臭とは違うこの家特有の匂い。長年に渡って染みついた生活臭のようなものが、鼻に突き刺さるのだ。

 これがなんとも不愉快だった。


 正直言って、この匂いが充満する中で人が生活できるとは思えない。窓もろくに開けていないのではないだろうか。

 玄関を入ってすぐ脇にある靴置き場に、家族写真が飾ってある。両親と娘だろうか、3人は幸せそうに笑っている。しかし、現在の家に写真のような生気は感じられない。


 俺は恐る恐る中の住人に声をかけた。


「すいません、瀬戸さんのお宅でしょうか? お祓い屋の椿と申します。ご依頼の件で伺いました……」

 

 俺の声は、部屋の奥にまで響き渡っているはずだが、相手からの返事はない。

 というより、人が住んでいる気配がない。


「おいおい、いたずらか」

 

 こういう商売をしているとたまにある。

 からかい半分でネット予約を入れる奴がいるのだ。こっちが指定された場所へ向かうともぬけの殻だったり、妙な男たちに囲まれて逆にお金を奪われたりとトラブルは絶えない。


 事前にネットで家の場所を確認したり、初見の相手と夜に会うことは避けたりと自衛策はとっているが、全て防ぎきれるとは限らない。

 ひとつひとつの内容を疑ってかかっては、仕事にあぶれてしまう。


 とにかく行動、俺はその信条に従い、よっぽど怪しい依頼でないと断らないことにしている。

 今回の依頼は微妙な案件だったのが、そこまで遠方でもないということで足を運んでみたわけだが、結果的にハズレを引いたようだった。


 これは騙されたクチだなと感じはじめた時、中からぬぅっと人影が表れた。

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