ラブシックシェアリング マフィアの息子と総監の娘
村雨流仁
第1話 待ち合わせ
1600年ほど前、地球は氷河に覆われ、人類の住める場所ではなくなった。
人類は宇宙ステーションを構築し、 生活拠点を宇宙へと移した。
同じく、1600年ほど前、一人の少年によって全ての戦乱が根滅された。
少年の名は杉山瞬。遺伝子の操作によって 突如出現した 新人類で、驚異的なサイコキネシスを駆使、世界を統一。現ノア国を建国した。
それからノア暦1632年、現国王、ノエル=クラークは、ノア国を統治している。
★
地球歴史書によれば、母なる大地、地球にはイタリアなる国にベネチアという都市があったらしい。それを模して作った都市が、16歳の少年、ジェンティーレ=ジェーレの暮らす街、ヴェネッチェだ。名前も街もパクリ気味。水の都で、道は狭く迷路のようで、よく観光客が彷徨っている。今は夜も深いため、人は、ほぼ歩いてはいないが。
夏の夜中のヴェネッチェはいい。それも深夜2時頃がいい。涼しく人目にもつきにくく、昼間とは違い雑音も少ない。薄暗い景色から響いてくるビチャビチャと水面が揺れる音は中々に聞き心地がいい。
ジェンティーレは、水面に浮かんだいくつものゴンドラを左目に、古びたレンガ造りの建物を右目に見ながら待ち合わせの場所へと向かっている。足を着陸させる石畳は1600年物、数えきれぬ程の人類が踏み荒らした道。ガタガタ、デコボコしていて、幼い子らは走れば大体転がる。ジェンティーレにもそんな記憶がある。転がって怪我でもすれば 、まるで人生が終わったかのような表情を見せていた幼少時代 が、今振り返れば 本当にバカバカしい。
足を止めて周囲を見回し、角を曲がると細い道。観光客が歩く大通りはコンクリート質の整備された道だが、ジェンティーレが歩く細い裏道は、先程からずっと続くガタガタの道で、さらに街灯も少なく、暗闇が広がっている箇所もちらほらとある。闇道を通らずとも待ち合わせの場所へは行けるのだが、ジェンティーレはあえてこの道を行く。ジェンティーレの性格的なものではなく、この道を行かなくてはならない状況にある。
ジェンティーレ=ジェーレの父親は、マフィアの親分。名をキングス=ジェーレ。キングスはこの宇宙ステーション、第78ノアを牛耳る悪のトップで、キングスには5人の子供がいる。その末っ子がジェンティーレだ。キングスは第78ノアではあまりにも有名人すぎるゆえ、キングスの親族は、度々、命を狙われた。その為、親族一人一人に護衛が必ず 1人 ついている。ジェンティーレも例外ではない。ジェンティーレにはネスタという16歳の少年が護衛についている。マフィアの護衛をする立場にある者は、やはり腕に自信もあるし、自信はパチモノではない。ジェーレ
ジェンティーレは今、ネスタに知られたくない約束を、待ち合わせをしている。本来であれば一人で外出する者はいないわけで、ジェンティーレがいないことに気付けば、ネスタはかなり焦るはずで、後を追ってくるのは間違いなかった。
闇道で偶に人に出くわす。中には少々柄の悪い男もいたがジェンティーレの背の高さなのか、あるいはジェーレ
ネスタは優秀な護衛だとジェンティーレも感じている。中でも尾行と探索が得意な厄介なサージュアだ。サージュアとは地球に氷河期が訪れた約1600年前に遺伝子操作によって生まれた新人類のうち、超能力が発現した人類のこと。人間が宇宙空間でも生きていけるような肉体を手に入れるための遺伝子操作だったのだが、その副産物として現れたのがサージュアだ。ノア国では超能力者のことをサージュア、非能力者のことをリピストークと呼称している。
闇道を抜け、短い放物線状の橋を渡るとまた細い道。この道はしっかりと舗装された道で街灯もある。道を抜けると広場が現れた。薄茶色の石畳が広がっている。きれいに整備されている。ここなら子供が走っても何かに引っかかって転がることはないだろう。
ふと、ジェンティーレの脳裏に蘇るくだらぬ記憶。父、キングスと一緒に歩いた思い出。多くの護衛に囲まれていた。周囲の無関係な人間らを排除し、我が物顔で歩くキングス、それにジェンティーレ自身。思い出すだけで怒りを覚える。自分を何様だと思っているのか?自分を特別な人間だとでも思っているのか?怒りの波がジェンティーレの胸に押し寄せてくる。何もない自分がキングスの脅威を笠に着て、自分の力が周囲を圧倒していると思い上がっていた。この場所は嫌な記憶を想起させる。ならなぜ、ここを待ち合わせ場所にしたかといえば、これからやりたくもない仕事の依頼を受けなくてはならない。やりたくはないがしなくてはならない。する必要がある。憎きキングスを殺るために。ジェンティーレにはキングスを憎む理由があり、キングスを殺る動機がある。この場所に来るとキングスを殺るんだという気持ちを奮起させられる。だからここを選んで、毎回、妙な依頼を受ける。
広場を数歩、歩く。目の前には海が広がっている。転落防止の黒い棒がいくつも立っている。防止棒の前に立ち、海を見遣る。街灯の光が海面でゆらゆらと揺れている。その光景にキングスと過去の自分に対する怒りが少しばかり、沈まったような気がした。もう暫しの時間、嫌な事をわすれていようかと思ったのだが、その小さな願いは叶わなかった。
「ジェンティーレ、今回も巻けたみたいね」
声の主は、よくここで会う約束をする相手。16歳の少女。あん=フィールド=ダディネスだ。街灯に照らされた長い黒髪を風に揺らし、どこか楽し気な表情をしている。
「あんたって、ホントすごいわね」
「ん?なにがだよ」
「私の言ったアドバイス、あれだけでネスタの尾行を巻けるようになるんだから。ちょっと信じらんないわね。あんたの感覚、化け物級よね」
「そりゃ、どうも」
ジェンティーレは称賛されたからといって嬉しいなんて心理にはならない。あんに少しは認められたということなのだろうと感じるだけ。
あんはサージュアだ。だが正規ではなくイレギュラーなサージュア。サージュアとは超能力者のことだが、誓約的超能力のことをサージュという。サージュを使用するには誓約を満たす必要がある。あんのサージュは誓約にしてはライト過ぎる。ただ単に髪を束ねて、
「でもね、今回はちょっと危なかったみたいよ」
ジェンティーレは理解した。あんの楽し気な表情の理由を。
「ネスタ、近くにいるのか」
「そーね、あんたは何処にいると思ってるの?」
ジェンティーレは、数ヶ月前にあんからネスタのサージュ、探知探索能力をかいくぐる術を教わっていたのだ。だかそれは、あんではない人間が一朝一夕で会得できるものではない。あんはイレギュラーなサージュア。通常の人間よりも感覚的に肉体的に鋭敏で頑丈。サージュアならまだしも、サージュアでないジェンティーレにあんの術式を会得できるはずはない。それ故、あんはジェンティーレを只者ではない存在と認識している。
ジェンティーレは目を瞑る。脳内に意識を集め、自身のいる場所から、ゆっくり意識する場所を増やしていく。正確にいえば、自分がここまで来た道々を意識だけで遡っていく。スタート地点まで意識で道のりを戻る。すると薄っすらと、道々が映像で蘇ってくる。映像の中にはネスタの姿は見当たらない。するとあんの言葉がジェンティーレの思考を遮った。
「残念だけど、タイムオーバーよ。あんたは、どうも尾行を巻く、能力には長けているけど、サーチは苦手なのよ」
あんの言う通りかといえば、それは少し違う。ジェンティーレは尾行をさせまいと気配を消すことに一極集中していたにすぎない。ネスタの居場所を知るより、尾行を巻くのではなく、尾行させないというスタンスがジェンティーレのやり方なのだ。
あんは人差し指指を立て、海の方向を指し、
「そこ、そこ」
と言うので、ジェンティーレは海を見てみるがネスタの姿はない。すると、あんは今度は指を下に向けて、顔はニヤリとしている。ジェンティーレは防止棒を抜け、海の底を覗き込んだ。そこにはネスタが仰向けの状態で浮いていた。死んで⋯⋯、いなかった。耳を澄ませばピーコラ、ピーコラ。爆睡中だった。思わずジェンティーレの声が、
「どういう神経してんだ」
「神経の問題じゃないわね。誓約よ」
ネスタのサージュ、探知探索能力には、使用後、疲弊し、寝る。サージュの誓約は人それぞれで、理屈に合わないものもあれば単純で気楽なもの、あるいはやりたいことなど様々。もしかするとネスタの趣味は寝ることなのかもしれない。
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