第2話 依頼
気温24.3度。深夜2時30分――。
ジェンティーレの視線の先には海が広がっていて、海面にはネスタが浮いている。しかも熟睡中。起きる気配はない。
ピーコラ、ピーコラ、呑気にイビキまでかいている。中々にシュールな状況にも関わらず、長髪をなびかせながら、あんは口を開き、
「今度の依頼だけど、逃がし屋よ」
「逃がし屋?」
「ええ。ナースをマフィアから逃す仕事よ」
ノア国の医療事情はというと、医師はサージュアでなくてはならない。ナースのサージュア率は50%。ただ、ノア国民はサージュアであろうと、リピストーク(非超能力者)であろうと、地球時代の人間たちと比較すれば、精神や肉体は脅威的に飛躍している。遺伝子改変によって人間は病気にはならない。現代人が病院に行く理由は怪我ぐらいだろう。
今回の依頼、ナースがマフィアに目を付けられる理由とはなんだろうか。ジェンティーレはあんの話に耳を傾けた。
ナースは女性19歳。名前はアイスガッテ=ルーズ。金髪で青い目、身長は170センチほど。サージュアで、アイスガッテのサージュは物体瞬間移動能力。アイスガッテはサージュを使い、患者の金品を盗んでいたという。ちなみにノア国には紙幣が存在し、紙幣派と全国民が腕に装着している銀色の腕輪、ファーラッドによる電子決済派とに分かれている。どうやらアイスガッテは紙幣派のマフィアから財布と時計を盗んだらしい。
「マフィアか、厄介だな」
ジェンティーレはやれやれといった顔をした。
「厄介よ。だってあんたのキングス
傘下と聞き、安心だなという楽観的な心持ちになりそうだったジェンティーレだが、あんが神妙な顔で、
「残念ながら、あんたにはかなり厳しい仕事になるかもしれないわよ。その傘下、だいぶ積んだらしくて、ペソトを雇ったみたいよ」
ジェンティーレの背すじに寒気が走る。だがそれは恐怖からではない。武者震いだった。ジェンティーレの頬が緩み、
「いいじゃないか、やってやろう。キングスへの反逆の、のろしを上げるいいきっかけになるかもな」
ペソトはキングスの子供、三男だ。サージュアで、ペソトのサージュは接触物体歪曲能力。要は触れた物を自在に曲げることができる能力。ペソトはレイピアを腰にぶら下げている。噂ではペソトがレイピアを抜けば確実に殺されるらしいが。
「今動くのは、時期尚早よ。あんたにどんな策があるかはしらないけど。今は駄目よ。今回はペソトの相手は私がするから」
あんは厚い壁でさえ、貫いてしまうような強い視線をジェンティーレに向けた。その視線にジェンティーレは気圧され、返す言葉が出てこない。あんはジェンティーレから目を離すと海を見遣った。
「大丈夫よ。心配しなくても」
「別に心配なんかしてねえよ」
「どうかな、ジェンティーレは心配性だとおもうけど⋯⋯」
言いながらあんは、嬉しそうな笑みを見せる。刹那、ネスタを見て気持ちが柔らかくなったようだ。それにしても、ネスタはかなり深い眠りっぽいが、突然起きる可能性だってある。もしかしたら、たぬき寝入りかもしれない。ジェンティーレの中で小さな不安が生じた。それを悟ったのか、あんが、
「平気よ。ネスタは演技が出来るような男じゃないわよ」
「お前、心も読めるのかよ」
「心?そんなの読めるわけないでしょ。あんたの機微を細かく分析しただけよ。それよりも、決行は、あさって。今日の約束時間と同じだから」
「ああ」
2人の情報交換は終わった。後は、ネスタをどうするかだ。街灯に照らされて海で漂っているネスタを眺めながら悩む、あんとジェンティーレだった。
★
ノア国の移動手段はいくつもある。
地球時代、車といえば道を走る、陸地を走る乗り物だった。それ故、運転は心体に負荷を与え、近場ならともかく、遠出ともなるとかなりの疲労は免れない。さらに陸地しか走らないため、時間がかかり、タイパは最悪だった。
宇宙時代となり、ノア国の車は、浮き上がるようになった。道はもちろん、空も飛べる。車以外にも進化したヘリコプターやらジェット機、高速鉄道。さらに宇宙時代になってから現れた空飛ぶ城などがある。ちなみに、国王ノエル=クラークは空飛ぶ城で暮らしている。そしてジェンティーレ、ジェーレ
今、一台の黒塗りの車に乗る男、キングス=ジェーレは、ホテルの一室かのような車内で豪華な茶色味がかったソファーに座り、足を組み、背もたれに仰け反った体勢で葉巻を吹かしていた。
キングスとは向かいに座っていたケルディは運転手から耳打ちを受け、
「キングス様、ファーラッドをご覧下さい。車載カメラの映像です」
キングスは、ファーラッドに起動、車載カメラと投げかける。銀色の腕輪、ファーラッドから、空間に映像が投影される。 そこに移されたのはジェンティーレとキングスにとっては記憶にない女。いや少女。
キングスは、即座に映像の違和感に気づき、
「ネスタがいねぇな、どこいった」
車は広場の真上を浮いている。街灯の灯火だけで 薄暗く、映像を拡大しても、目を凝らしても何が見えるわけでもない。
マフィアの王たるキングスはその立場ゆえのプライドなのかケルディに驚愕する自分を見せたくはない。しかし驚愕は口から発せられた言葉で、ケルディに気取られた。
「ネスタのヤツ護衛をサボったんじゃないだろうな」
ケルディは密かに笑みを浮かべ、
「いいえ、そんな筈はないかと。ただ⋯⋯」
「なんだ?はっきり言え」
「巻いたのではないでしょうか。尾行を」
「巻いたって、お前、探知探索能力を巻くの不可能だろ、オレにだってできねぇぞ」
「ですから、ジェンティーレ様にはできるのでは?」
「リピストークのアイツがか、どうやって⋯⋯」
「もしかしたら、ジェンティーレ様はとんでもない逸材であるかも知れませんよ」
ケルディの口角が若干、上がっている。それに気が付いたキングスは、
「嬉しげじゃねぇかよ。ネスタを巻くなんざ、普通どごろじゃねえぞ。アイツ、覚醒しやがったのか?」
「おそらくは、そうかと」
そう言ったケルディだったが、頭では違う考えが浮かんでいた———能力ではない。単なる技術にすぎない。ケルディは主のキングスには内密にしている事がある。それはネスタの短所。ネスタの探知探索能力は、例えば尾行する場合、足音でターゲットを追跡する。人間は人それぞれ足音が違う。それは足の動かし方、足を動かすスピード、足を地面に置いた時の力加減などをネスタは音で判別している。つまりジェンティーレは歩く際、無音で歩いていたということになる。無音で歩くなど、暗殺者の歩き方に相違ない。ジェンティーレには暗殺者としての才能があるとしか思えない。だが、どうやってジェンティーレはネスタの短所に気が付いたのだろうか?
ケルディが思考していると、口角をぐにゃりと上げたキングスが、
「ケルディ、お前なんか知ってんな」
ケルディの背筋に寒気が走る。
しまったとケルディは思った。ジェンティーレが成長していた事実にテンションが上がってしまっていた。キングスの目前で考え事などをすれば、たちまち、見透かされてしまうだろうに、ケルディは失念していた。
キングスの目が、狩りをするライオンのような目つきに変わった。ケルディはキングスの側近、キングスに反抗することはない。質問されたならば、即座に回答を述べなければならないが、
「ケルディ、お前にもオレには言えない秘密ぐらい、1つや2つあるやな。その秘密がオレに反逆する秘密なのか、もしくは後でオレを楽しませるための秘密なのかわからんが、まあ、今回は聞かないで置いてやろう」
ケルディは胸を撫で下ろした。そして車載カメラのジェンティーレと少女に視線を移す。キングスも同様に映像に目を遣り、
「しっかし、一番無能だと思っていた末っ子が、まさかネスタの尾行を巻くとはねえ、こいつは化けるかもな」
「ええ、化けますよ」
肯定を述べるケルディは、密かに思う。ジェンティーレ様の尾行を巻く技術は凄いが、それ以上に凄いのは、ネスタの短所を知り得た人間だろう。ケルディがネスタの短所を知っているのは部下であるからだが、初見でネスタの能力と短所を見抜くことは、今や氷河に染まる地球に行き、花1輪を持って帰ってくるようなものだ。
怪しいのは少女だ。サージュアの可能性がある。
「調査の必要があるな、あの娘」
ケルディより先にキングスが言い、
「かしこまりました」
ケルディは右手を胸の前にして、執事のようなお辞儀するのであった。
ラブシックシェアリング マフィアの息子と総監の娘 村雨流仁 @Rm24k
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