irREgular BELt ―感染地帯より戦況報告―

白井伊詩

聖銀福音

01_聖銀福音_ナガト

 

 

 大事なことは忘れない。

 あるいは大事なことだから忘れてしまっているのかもしれない。

 

 ナガト長門は家にあった小説の一文が酷く胸に刺さった。

 別になんてことはない他人事の話だったが。

 

 何もない秋、コオロギの声が無くなりつつある頃合い、茶色の景色が続く。

 

 ナガトは読書の秋ということで小説を読む。紙の本そのものが珍しいが、電子書籍と違っていきなり削除されてそれっきり読めないということがない。

 

 

 何より、電気の無ければ何もできない。

 

「一体、何があったんだよ……この三日で」

 

 ナガトは一人、孤独に生きている。ほとんどの家がツタ植物に覆われて倒壊し、壊れかけの小屋でナガトは火を起こし寒さを遠ざけていた。

 

「誰にも連絡は出来ないし、みんないなくなって、ほんと、なんだよこれ」

 

 ナガトは家族の心配をしつつ、図鑑で覚えた食べられそうな草や虫、獣を捕まえてみんなの帰りを待った。

 

「三日でどこもかしこも廃墟……食べ物も無くなるなんて」

 

 ナガトの住む場所は東北の田舎とは言えコンビニもスーパーも普通にある場所だったが今はその面影はほとんどない。

 

「こうやって独り言でも言ってないとマジで頭がおかしくなりそうだ」

 

 そうぼやきながらナガトは鍋に干した猪肉を湯を沸かした鍋に放り込み、臭み消しに松の葉を入れる。味付けは塩のシンプルなものだ。

 

 

 このスープを飲めばあとは眠って終り。そのはずだった。

 

「あ、あの」

 

 焚き火の奥には一人の女性がおそるおそるナガトに声をかけた。

 

「はい?」

 

 見知らぬ顔だった。

 

「えっと……生き残りですか?」

「そうですね」

「よかった」

「あなたは?」

「私はアイリ愛理です」

「アイリさんですね」

 

 アイリは亜麻色の髪を少し揺らして頷いた。

 

「不躾で申し訳ないのですが食べ物を分けてもらいたくて」

 

 ナガトはアイリの顔を見て血色が良くないことがすぐにわかった。すぐにわかってしまうほどアイリは疲弊していた。

 

「どうぞ」

 

 ナガトは優しく答えてから、鍋のスープを器に入れて箸を添えアイリに渡す。

 

「ありがとうございます」

 

 アイリはゆっくりとスープを飲んだ。

 スープを飲み干すのを見届けたあとナガトはアイリから器を受け取って自分の分を取り分けた。予想外の出来事でいつもの半分の量だったが空腹を忘れるにはギリギリ及第点をだせる。

 

「ナガトさんは何年この状態なんですか?」

「え? 三日くらい?」

「え? 三日ですか。それまではどこにいたのですか?」

「普通に自宅にいたんだけど、今はもう」

「それは……そうだったのですね」

 

 アイリは何かを察したのかそれ以上ナガトのことを聞こうとしなかった。

 

「今、電気も止って、何も情報が手に入らなくて……その何があったのかわからないんだ」

「酷い災害がありました。日本中で大型地震が起きて都市機能はすでに崩壊している。それに加えてバケモノが出てくるようになったのです」

 

 バケモノという言葉に覚えがあった。

 

「バケモノ……ひょっとして変な鳴き声というか吼えてるというかそんな声を聞いたことならあります」

「ここもそうでしたか」

 

「ええ、夜になるとトッケイ? みたいな声が聞こえるんですよ。姿はみたことないんですけどね。時々話しかけてきます」

「バケモノの中には頭がいいのもいますからね」

「そうなんですね……」

 

 ナガトの少し怯えた表情を見てアイリは寄り添うように尋ねる。

 

「もしよかったら、生き残りが集まっているシルバーベルという場所があるのですが一緒に行きませんか?」

「シルバーベル?」

「ええ、もっとも今も続いているのかわかりませんが」

 

「このままいてもしょうがない。行くよ」

 

「私も男の人が一緒なら安心です」

「そう……まぁまだまだ子供だけどね」

「そうは見えないですけど」

「そうかな?」

「ええ、二十代くらいには見えますよ」

「まだ十代なんだけど」

「え……」

 

「うぅ、とりあえず明日に備えて今日は休みます」

「そうですね」

 

 

 ナガトとアイリの旅が始まった。


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