第6話 恋人探し


 学校の廊下を歩いていると、一人の男子生徒が俺に近づいてくるのがわかった。彼は2年生、名前は日野拓真。彼は少し緊張しているように見えたので、俺に何を話したがっているのだろうと思った。


 彼はためらいながら俺に声をかけてきた。


「ちょっと先生に話があるのですが」


 "なんだ、どうした?" 俺は、日野の言葉に耳を傾ける。

 すると彼は頬を真っ赤に染めながら


「恋愛のことで相談があるんです」


 と言った。


 俺は胸にパニックのようなものを感じた。恋愛?それは間違いなく俺の専門分野ではなかった。


「そういうのなら俺は役に立ちそうにないが」


 俺は正直にそう答えた。なぜ俺にその内容で俺のところに来たのが不思議でならなかった。そのことに俺は顔をしかめた。だからそのことを日野に聞くことにした。


「なぜ俺に恋愛の話をしようと思ったんだ?」


「いや、だって先生モテてるじゃないですか!?」


 俺がモテてるって? どういうことだ? 誰だよそんなこと言ったやつ。


「え?」


「え?」


 俺と日野は仲良く顔を見合わせて、困惑していた。


「とにかく、俺は役に立ちそうにない。」


 俺はこういうのは本当に向いていない。俺をどう見たらモテてると思ったのかは知らないが、期待には答えれそうにない。

 日野は少しがっかりした様子でうなずいた。


「そういうことならあのカウンセラーにでも……」


 と話している途中に、たまたま通りかかった先生に目を向けると、今話題に挙がったカウンセラーの先生の姿があった。彼女は俺に気が付くと、笑顔を抑えきれない様子で挨拶してきた


「あ、はっしー! おはよう」


「おい、その呼び方やめろ。せめて先生をつけろって言ってるだろ」


「ごめんって」


 ”はっしー”は中学校までの俺の呼び名だ。こいつがそう呼ぶからいつしか俺のことをそう呼ぶ生徒も出てきた。

 そう言いながら自然な足取りで俺に近づいてきた彼女は、俺の耳元に


「許して、直くん」


 吐息交じりのその囁き声でそう言ってきた。その瞬間を目撃しただろう女子生徒たちは、興奮した様子で声を上げている。それに交じって佐藤は俺をジト目で見ていた。なんでお前もいるんだよ。俺は顔に変な熱を帯びるのを感じながら、その元凶となる先生ををにらみつける。彼女は何もなかったかのような顔で俺を見ていた。


 彼女は小野寺知佳。知佳は高校のカウンセラーで、先生ではないのが、生徒にも先生にも人気がある。その理由は簡単で、彼女は優しくて思いやりがあり、人を安心させる性格だからだ。

 知佳と俺との関係は、子供の頃までさかのぼる。子供の頃、一緒に遊んだり、将来の夢を語り合ったりしたのを覚えている。いわゆる幼馴染というやつだ。子供のころから中学校卒業までずっと一緒に遊んだりしていた。高校の時俺が引越しをして、高校も別になったが、大学でまた再会することになった。つまり、俺との付き合いは一番長いのはこいつだ。

 中には知佳に告白する生徒が出てくるほど、人気が高い先生だ。

 こういう類の相談は知佳に相談することが最適だろう。カウンセラーとして、友人として、彼女の力を信じている。


「ちょうどよかった。小野寺先生に力を貸してもらいたいことが」


 俺はそう言い日野に視線を向けた。それに倣うように知佳も男子生徒に目を向けた。


 "知佳先生、僕の相談にのってくれないかな?"と、彼は熱心にお願いした。


 知佳は温かく微笑み、その自然で親しみやすい態度は彼を安心させた。


「もちろん。じゃあ静かな場所で話そ」


 二人が歩き出すと、俺は羨ましさを感じずにはいられなかった。知佳はいつも、人とのつながりを大切にし、相手の話を聞き、理解してもらうのが上手だった。一方、俺は会話を続けることさえ難しかった。

 しかし、俺は「人にはそれぞれ長所と短所がある」と思い直した。たとえ恋愛相談が得意でなくても、自分には周囲にとって価値のある資質があるはずだ。

 そんなことを考えながら、俺は職員室に向かおうとすると後ろから声がかかった。


「どこ行くの橋本先生? 先生も来るんですよ」


 とさも当然かのようにそう言ってきた。


「俺から引き継いでくれるんじゃないのか」


「橋本先生が最初に受けたんですから、同席してください」


 かわいらしく微笑む彼女であったが、その裏には”逃がさない”と言わんばかりの必死さが垣間見えた。俺には拒否できそうにない。


「分かった」


 と短く俺は返答した。そのことに満足したのか知佳はより一層笑顔になった。

 それを後ろから佐藤が見ていたことに俺は気づかなかった。


 それから知佳のカウンセリング室に向かって歩きながら、俺は恥ずかしさを感じずにはいられなかった。恋愛相談は苦手だし、ましてや幼馴染に生徒の恋愛相談に同席することはなおさら変に緊張してしまう。


 知佳のカウンセリング室に通された俺と日野を知佳はいつも通り、温かい笑顔で生徒を迎えてくれた。一緒にいるだけで心が和むような、そんな人だった。


「それで日野君の悩みって何かな?」


 そう優しく聞く知佳。


「...実は彼女ができなくて焦ってるんです。周りにいる奴は彼女ができてるので余計に焦ってしまって……」


 と日野はほんのり顔を赤くした様子で悩みを話した。


 ”恋人がいるかどうか”

 世の高校生はすぐに恋人を作りたがる。俺は学生恋愛に魅力を感じない。それは俺が単に重い人だからだろうか。好きな人とは結婚したいと思うのが普通だろう。高校生のカップルで結婚できる確率は10%以下だと聞いたことがある。それを聞いて学生のうちに恋愛したいと思うだろうか。すぐに別れるというのにと思ってしまう俺は性格が悪いのだろう。

 しかしながら、世の高校生は恋人がいるというだけでマウントが取れると思っている。恋人を一種のステータスかのようにふるまってしまうのは大人にもいるが、高校生ではそれも顕著だろう。それでもそんな恋愛は儚くて美しいとも思える。高校生の恋愛を別れることを前提で話している時点で、やはり俺は性格が悪いらしい。と俺が正確の悪いことを考えていたら横から知佳の声が届いた。


「まずは、橋本先生に聞いてみようかな?」


「お、俺!?」


「うん」


 最初から俺に話が振られると思っていなかったため、驚いた。それはともかくとしてどうしたものか。さすがに先ほどの考えで日野に対応することはできない。俺は困ったが教師として掛けられる言葉を日野に伝えることにした。


「俺が教師としてアドバイスしたいのは、恋人探しを急がず、ゆっくりと時間をかけることだな。人間関係は、焦りや絶望感で作るものじゃない。純粋なつながりとお互いの尊敬に基づくものであるべきと俺は思う。誰かを巻き込む前に、まず自分自身が充実した人生を築くことに集中することが大切なんじゃないか」


 俺は焦って口にしたのはそんな内容だった。自分でも何言ってるかわからない。必死にそれっぽいことを言ったつもりだが、かえって難しいことを言った気がする。そこで俺は周りの視線が気になり、ふと顔を上げた。するとそこには、まじめな顔をした日野と目を丸くした知佳がいた。

 いたたまれなくなった俺は


「なんだよ?」


 と口にする。知佳は目を丸くしながら俺に


「直くんが、まじめに答えてくれたから私びっくりしちゃって」


 と言ってきた。まず突っ込みたいところを俺は言わせてもらう。


「おい、素で呼ぶな。生徒の前で」


「あ、ごめん」


 そんな会話のやり取りを見ていた日野は微笑ましそうにこちらを見ていた。

 なんだその顔はと思ったが口にすることはなかった。


「橋本先生の言ってることでだいたいあってると思うよ。焦って恋人を求めるんじゃなくて、新しい出会いを求め、友人を作ることを心がけよう。例えば、自分の興味に合ったクラブや団体に参加したり、喜びを感じられる趣味に没頭したりするのもいいんじゃないかな。自分の人生が幸せで充実していれば、同じ価値観や興味を持つ人が自然と集まってくるもんだよ。」


 生徒の悩みに耳を傾けながら、しっかりと生徒に寄り添っていた。

 知佳は、ゆるやかで自然な物腰でいたが、その優しさが際立っていた。その優しさは、カウンセリングに臨む姿にも表れていた。

 知佳に恋愛相談が多いのもうなずけるほど、人を安心させ、話を聞いてあげる術を持っていた。

 続けて知佳は人差し指をたてながら


「恋愛は、自分の人生を決めるものじゃなく、人生を豊かにするものであることを忘れないで。恋人を見つけることにプレッシャーをかけすぎず、他の人と有意義なつながりを築くことに集中しよ。時間と忍耐、そして広い心があれば、あなたを補い、支えてくれる理想の人がきっと見つかるはずだよ。」


 ”もしかしたら近くにそういう人がいるのかもよ”とそう締めくくった。その時、わざわざ俺にも目を合わせてくるので反応に困った。とにかく無事に相談が終わったようだ。日野が”ありがとうございました”と感謝を伝えた。俺も知佳に礼を言わないとな。


「ありがとな知佳、今日は助かった」


「いや、全然いいよ。だってあんなに困った直くん見てたら私、ほっとけないって」


 カウンセリングが終わると、知佳の優しさは、カウンセリングだけではないことに気づいた。不器用で、言葉が苦手な俺に、いつも寄り添ってくれていたことに。ん、ちょっと待てよ。ということは、、、


「最初から見てたってことか」


「たまたまね、ごめんね。わざとじゃないんだよ。でも私がいてよかったでしょ?」


 にやりと笑う知佳。今日のことに関しては頭が上がらない。

 職員室に向かおうとする俺に知佳が声をかける。


「じゃあさ飲みに行く?二人で」


「そうだな」


 その時カウンセリング室にはいなかった人物の声が響いた。


「私も混ぜてくださいよ」


 俺の目の前に笑顔の佐藤の姿があった。


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