第4話 意外な一面

 3年生の俺の受け持つクラスの生徒、葉月恵理が俺に相談事をしたいとやってきた。まずは、1年生のホームルームを終わらせないといけないのでそのことを告げる。


「分かった。教室で待っててくれ。1年生のホームルームが終わり次第、話を聞こう」


 すると横から佐藤が


「私も混ぜてもらってもいいですか」


 と言ってきた。相談する内容がどのようなものかわからない以上、葉月に聞いてみるしかない。


「どうする、葉月?」


「……構いません。佐藤先生の意見も聞きたいです」


 ということなのでここでの話を終わらせ、1年生の教室に向かう。

 その途中で佐藤が”先輩は人気者でいいすね”と不満そうに俺に言ってきた。

 佐藤がそれを言うと皮肉にしか聞こえないが。

 俺も授業に関する質問は大歓迎なのだがな。舞い込んでくるのはことごとく、それとは別の話ばかりだ。今回は受け持つクラスの生徒だから、忙しいからと無下にすることはできない。葉月のことを念頭に置いて俺は1年生の教室に入った。


 1年生のホームルームを早めに切り上げることを意識したせいか、いつもより早く終わらせることができた。俺は急いで葉月のいる教室に向かう。なぜか佐藤もついてくることになったが。でも少しほっとしている。相談内容がどうであれ、俺はそんなにいいアドバイスができる方じゃない。だからこれはありがたい事なのかもしれない。

 事実、葉月が俺と佐藤に近づいてきたとき、俺は一抹の不安を感じずにはいられなかった。若い男性教師である俺は、生徒にアドバイスをする自信がなく悩むことが多かった。彼女のために最善を尽くさなければならないと思っていた。


 一方、佐藤は自信と余裕に満ち溢れているように見えた。俺の後輩であるにもかかわらず、彼女は気の利いた言葉と遊び心のある笑顔を持っている。そのことで、しばしば人を安心させることがあった。俺はそんな彼女のことを尊敬してる。

 そんなことを思っているうちに葉月のいる教室に着いた。


「悪いな、待たせて」


「いえ、構いません」


 教室に入り簡単な挨拶をして、俺と佐藤は席に着いた。


「佐藤先生がいて本当にいいのか」


「それどういう意味ですか、先輩?」


「はじめは橋本先生にと思いましたが、佐藤先生にも聞いてもらいたいです」


 と葉月が言うので、俺は心配することではないようだ。


「それで、相談したいことってなんだ?」


 と葉月に聞く。


 俺は目の前の女生徒に目をやり、彼女が神経質に指を動かしている様子に注目した。俺はその様子から、彼女は不安で自信がないのだろうと察しがついた。教師である俺の責任として、彼女を安心させるような指導をしなければならない。


 佐藤が、いつものような口調で言った。


「まあまあ、落ち着いて。じゃないと私たちの時間が無駄になっちゃう」


 俺は彼女を軽く睨んだが、佐藤は気づいていないようだった。彼女の飄々とした性格には、いつも冷静さを装っているだけなのか、それとも本当に自分の感情から切り離されているのか、不思議に思ってしまうのだ。


 葉月はしばらくためらった後、口を開いた。


「指定校推薦が取れるか不安なんです。どうしてもその大学に通いたいんです。」


『指定校推薦』

 高校が大学に指定されいることに加えて、学校長の推薦があれば応募できる入試制度のこと。


 彼女の声からは必死さが伝わってきて、俺の心の琴線に触れた。


「もちろん、俺はお前たち生徒のためにできる限りのことをする。」


 佐藤は退屈そうに椅子の背もたれにもたれかかった。


「うう、早く終わらないかな?もっと他にやることがあるんですけど......」


 佐藤が小声でボソッとそんなことを言う。この距離なら葉月にも聞こえるだろうに。今の佐藤はいつもと様子が変だ。いつもの佐藤なら愛想よく、生徒の話に適度に相槌を打って話を聞いて話す先生だ。

 俺はまた彼女を睨みつけ、今度はもっと強く睨んだ。しかし、俺が注意を言う前に、佐藤が口を開いた。


「もっと努力しなさい。成績が良いとしても、勉強する姿勢も改善しなさい。不安になったから相談してきたんでしょうけど、それでも勉強しなさい。皆だって不安でも必死に勉強してる。気持ちはわかるけど、推薦を狙ってるのは恵理ちゃん。あなただけじゃない。」


 俺は内心かなり驚いていた。こんなに佐藤が目の前の生徒に熱のこもった言葉を言うとは正直思わなかった。いつもの口調はどうした。砕けた感じで普段話している佐藤だが、今は別人のようだ。かろうじていつもの佐藤先生を感じられるのは葉月のことを「恵理ちゃん」と呼んでいるところだろうか。

 佐藤はかなり厳しいことを言っていると思う。佐藤は葉月を過去の自分と重なって見えてるのだろう。彼女もまた熾烈な推薦争いを勝ち抜いて今がある。彼女のそれまでの経験からこの厳しい言葉が出ているのだろう。


「それと恵理ちゃん、受験生として目立つために、課外活動に参加しなさい。

 今は部活があるから難しいけど、そうした努力も受験生にとって重要よ」


 大学受験を控えた生徒の悩みに、佐藤はすぐに実践的なアドバイスをしてくれた。俺は、生徒の悩みの重さに胸を重くしながら、真剣に耳を傾けた。


 そして、自分の番が回ってきたとき、俺は言葉に詰まった。


「えっと......えーー......だいたい佐藤先生の言ったとおりだ。ただ、勉強に打ち込んで、そして......最後まで自分を信じればいい。」


 俺は自分の不器用な言葉に恥ずかしさを感じたが、生徒はその言葉に安心したようだった。というよりもその前の佐藤先生の言葉が強くて、俺の言葉が優しく見えたのかもしれない。佐藤は彼女に励ましの笑顔を向け、俺はほっと胸をなでおろした。


 佐藤先生の辛辣なコメントも、彼女には響いただろう。俺はというと、生徒に対する責任感を感じずにはいられなかった。生徒が成功するための最高の機会を提供することが俺の義務である。


 そして、葉月の悩みを解決し、自信をつけるための学習プランを一緒に考えていった。佐藤の実践力と俺の誠意がうまくかみ合って、生徒の心に落ち着きと目的を与えることができた。


 会話が終わると、俺は満足感に包まれた。言葉に詰まったかもしれないが、少しでも生徒の役に立てたのだ。そして、佐藤の協力のもと、その生徒が抱えている課題に対する解決策を導き出すことができた。


 結果的に、葉月を少しでも心を軽くすることができ、彼女が夢を追いかけるために必要な自信を与えることができたと思う。彼女が教室を出て行くとき、俺は誇りを感じずにはいられなかった。教師という職業は決して楽なものではない。だがこのような瞬間があるからこそ、やりがいを感じることができる。


 結局、俺は自分の不器用さが弱みではなく、強みであるかもしれないことに気づいた。そして、佐藤の指導があれば、生徒を成功に導くことができるのだと思った。


 生徒を見送る佐藤の目は輝き、先ほどのまじめな口調から温かみに変わった。


「勉強頑張ってね!休憩もしっかり取って、集中力を切らさないようにね」


 と声をかけた。


 そんな佐藤の姿に、俺は思わず笑みがこぼれた。『いつもニコニコしている佐藤先生』は愛想がよく、そして優しく思いやりがある。それと生徒のことを本気で思った言葉をかけられる。そんな一面があることを俺と葉月は知った。俺が笑ったのを葉月には見られたが、佐藤に見られなくてよかった。佐藤になんて言われるか、たまったものじゃないからな。


 葉月が立ち去るとき、彼女の肩から悩みの重荷が取り除かれたのがわかった。俺たちのアドバイスが、彼女が自信と明晰さを持って大学入試に臨むための一助になればと思った。葉月との大事な話が終わってほっとしている俺に佐藤が明るい声をかける。


「それじゃ先輩、飲みにでも行きます?」


 おいマジかよこいつ。俺が感心したと思った矢先にこれかよ。


「おまえさっきもっと他にやることがあるって言ってただろ?」


 数十分前に言ったことも忘れたのかと俺は驚きを隠せないでいた。


「それは先輩と一緒に片づけてしまえば万事解決です」


 全くこいつというやつは。調子のいいことばかり言いやがって。

 でも今日のことのお礼はしなくちゃな。


「はぁ…… わかった。手伝ってやる」


「本当ですか先輩。ありがとうございます。」


 今日のMVPはこいつで決まりだな。佐藤がいてくれたから、葉月の悩みもいくらかましになったはずだ。あれ、ちょっと待ってくれ。これ俺のいる必要あったか?いらなかったよな。今度から佐藤に任せられるときは率先して回そう。俺はそう心に決めた。


 数日後、葉月は再び俺たちに声をかけてきた。


「アドバイス、ありがとうございました。

 佐藤先生の言う通り一生懸命勉強してます」


 佐藤はニヤリと笑った。


「そう言ってもらえるとうれしいです。恵理ちゃんはきっと素晴らしい結果を出せますよ」


 俺は胸が熱くなるのを感じた。今回は佐藤がいて助かった。俺たちは若く、経験も浅いかもしれないが、生徒の人生を変えている。そして、佐藤がそばにいてくれるから、これからも続けられると思った。

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