殺したがりの少女と死にたがりの不死者
魔導管理室
プロローグ
遭遇
人を殺してはいけません。子供でも知っていることだ。
じゃあ、
どうしてだろうか、私が人を殺したくなったのは。
理由は分からないが、いつからかは覚えている、小学校低学年の時だ。
クラスメイトを、先生を、廊下ですれ違った名前も知らない人を、殺したくなったのだ。
憎いというわけではない。なにかトラブルがあったわけでもない。
他愛のない雑談をしている最中に、今日の連絡等を話している時に、廊下ですれ違った瞬間に。ふと、「殺したいな」と感じるのだ。
この衝動と、私はおよそ10年ほど付き合っている。だが最近は、どうにも衝動がおさまらない。グロテスクな映画を見ても、残酷なゲームをしても、静かになってくれないのだ。殺意というのは、案外重い。ちっぽけでくだらない私には、抱えきれるものではない。
学校に行けなくなった。人と関われなくなった。どうにもならない気持ちを少しでも抑えるために、手首に傷が増えた。
そんな時、つけっぱなしにしていたテレビで流れていた刑事ドラマで興味深いことを言っていた。曰く、「動物が殺されているこのエリアには、犯罪者予備軍がいる可能性が高い」と。
彼が言うには、動物を殺す行為がエスカレートすると、人間を殺したくなるらしい。
ならば、人を殺さないように、動物を殺すというのはどうなのだろうか。
思いついてからは早かった。服に血が付かないように使い捨てのレインコートを買い、安物のナイフを買い、動物を捕まえるためのケースも買った。近所で野良猫がよくいる場所を探し出し、そこから殺す場所への人目につきにくい移動ルートを割り出し、何度も下見をした。不思議と殺すことを考えている時は、衝動が薄れた。計画の絶対を確信したとき、それを実行した。
夜。両親が仕事で家を空けた日、私は家を抜けだした。
向かう先は、学校だ。
うちの学校は今時珍しく、セキュリティが甘い。監視カメラもろくについていないし、警備員も夜中はいない。何年も前から空いているらしいフェンスの穴を抜け、校舎裏に。なんでかは分からないが、ここには多くの野良猫がいる。そのうちの一匹を捕まえ、ケースに入れる。ここまでは計画通りだった。そう、ここまでは
ガサガサッ!と何かが擦れる音がしたかと思うと、ドサッと鈍い音がした。
誰かがいる、隠れないと。そう思っても体は動かない。そもそも隠れるといったってどこに?ここに体を隠すところなんてありゃしない。なんてことを考えているうちに、何秒かが経過し、そして気づく。
あのドサッという音は、なんだ?
私がいることに驚いて、何かを落とした?それならあんなに大きな音はしない。そもそも何かが擦れる音も茂みからではなく、上の方から聞こえた。
あれらの音は、何だった?
いやな妄想が広がっていく。嘘だ、そんなわけない。固まって動けないうちに、さらなる衝撃が襲い掛かる。
血の匂いだ
あの日々で何度も嗅いだ、鉄の匂い。だが、あの日々とは比べ物にならないほど、濃密な匂い。
まるで明りに引き寄せられる虫のように、私の足は勝手に動いていた。
茂みを抜けると、彼女はそこにいた。
血が飛び散り赤く染まった地面。長い髪はべったりと血に濡れていて、この時期にしてもかなり薄着で、白い肌に赤い血がよく映えていた。
「ぅ...あぁ...」
まだ生きている。そう感じた瞬間、私の中で何かが叫ぶ。「殺したい」だめだ「殺さなきゃ」やめろ。「殺そうよ」この人はまだ生きて、
「あぁ...そこの人、」
ほら、まだ喋れる。まだ生きてる。だから殺しちゃダメ。救急車を、
「ちょっと、私を殺してくれませんか?」
もう我慢はできなかった。自分でも驚くほど滑らかにナイフを取り出し、流れるように彼女に切りかかった。
狙ったのは心臓。安物の刃は容易く布を切り裂いた。手に伝わる感触は、スーパーに売っている肉などとは決定的に違う。脈打ち、温かい。命の感触。
それを、断つ。
人を殺す。命を絶つ。本来不快であるべきその行為は、これまでしてきたどんなことより、これまで感じたどんな快より、心地よい。
刺したナイフから、体の底から、殺人という甘いしびれが体を犯していく。
ああ、なんて、素晴らしい...
ブブッ
体に伝わる、その振動。スマホの通知が私を現実に引き戻す。
殺人
その二文字は、先程までと真逆の感覚を私にもたらす。
殺した。殺してしまった。逃げなきゃ、どこに?日本の警察は優秀だ。私がどんなことをしたって、捕まるのは時間の問題だ。じゃあ、私の罪はなんだ?自殺幇助だろうか。死ねなかった人を殺すのは、それになるのだろうか。じゃあ殺人?情状酌量の余地はあるのだろうか。何でよりにもよって今日死のうとするんだ。明日ならこんなことにはならなかった。自分が明日にすればよかったのか。「あの」時間を巻き戻したい。何かの間違いで蘇ってくれないだろうか。いやそんなことはありえな「すみません」...い...
「殺してくださり、ありがとうございました。」
え...?
「な...なんで、いきて」
訳が分からない。気のせいだった?そんなわけはない。あの感触は確かに本物だった、それに、殺してくださりって、いって、え?
「飛び降りたのは初めてだったので、失敗しちゃいました。」
少し恥ずかし気に、彼女は言う。
「なんで、いきてんむぅっ!?」
口をふさがれた。飛び出るはずだった空気が、喉の奥に押し戻される。
「大きな声だしちゃだめです。気づかれちゃいますよ。」
そうだ。すっかり忘れていたが、ここは夜の学校。近隣住民に気づかれると、少し面倒なことになる。こくこくと頷くと、手をどけられた。
「ふぅ...それで、なんで生きているのか、ですよね。」
彼女は、確実に死んだはずだった。私が、殺したはずだった。どうして、生きていて、言葉を交わせるのか。まさか、
「幽霊ではありませんよ。」
私の思考を読んだかのように、言う。
「私は、死んで生き返った訳ではありません。」
「私は、死ねないのです。不死身なので。」
不死身。ありえないことも、目の前で見せられては信じるしかない。どういう原理なのだろうか。どういう感覚なんだろうか。不死身に制限がないのなら、また、
「そう、なんだ。」
考えをせき止める。これ以上はダメだ。
「そう、なんです。...じゃあ、私はもう行くので。驚かせちゃいましたよね。さようなら」
そういうと、彼女は歩き出す。
「ま、待って!」
つい、声をかけてしまう。
「?...なんです?」
しまった。何も考えていない。
「あ、えっと、」
そもそもなんで呼び止めたんだ。何か言わなくてはと思ったから、何を言おうというのだ。頭の考えを無視して、口は勝手に回る。
「わ、私、
何で名前なんか聞いた私。そう考えても関わらない方がいいのに、
「...私は、
「そ、そうなんだ...えっと、あの、」
名前なんか知って何になるって言うんだ。足を止めちゃったじゃないか。ただでさえ話すのは苦手なのに、何を話したらいいのか分からない。いや、そもそも話すのが得意な人でもこの状況は何を話したらいいのか分からないのでは?なら仕方ない。何が仕方ないんだ相手は話したんだから今度はこっちが話さなきゃ...
あれこれ悩んでいると、彼女は薄く微笑んで、言った。
「ねえ、狩谷さん。また、殺してもらっていいですか?」
「え、あ、はい。喜んで」
何言ってるんだ私。これじゃあ誰かを殺したがってるヤバいやつじゃないか...誰かを殺したがってるヤバいやつだったわ。私。
「それでは、縁があったらまた、会いましょうね。狩谷さん。」
「ま、また...」
彼女を見送ってから数分。私も動かないといけないことを思い出した。服には血が付いているし、ナイフにもついているはずだ。ナイフはともかく、服はすぐに洗わない...と...
「...あれ?」
ついてない。血なんか一滴も。彼女が落ちてきた所にも、血の跡なんか残っていない。
「え...幻覚...でもない」
彼女が落ちた跡には、窪みと、引っ掛かったであろう木は枝が結構派手に折れている。これは全校集会とかで犯人捜しをされるのだろうか。
まあよく分からないが手間は省けた。私は捕まえていた猫を逃がして、帰路に就いた。
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