俺の隣の席にやってきた噂のS級美少女転校生がどう見てもS級危険生物なんだが

浅草文芸堂

第1話 ベアトリクス襲来

 今日も遅刻寸前、俺はざわめく1―Aの教室に駆け込んだ。

 途端に鳴り出すチャイム。


「間に合った~……」


 俺はあえて呟きながら、クラスの前の席の方を窺う。

 教卓の真ん前、一番前の席。

 そこで、小兎がクラスの女子達とキャッキャしていた。

 森中小兎。それは誰にでも分け隔てなく優しくて明るい、俺のクラスメートにして幼馴染だ。

 小柄で白くて、とてもかわいい。


 ……俺が毎朝遅刻しそうになってるってのに、気付いてないのか?

 もうそろそろ俺を毎朝起こしに来てくれてもいいんだぜ?


 そう思いながら、俺は自分の席に鞄を置いた。

 小兎とは対極のクラスの一番後ろ、端っこの窓際の席だ。


「お、来たな、叉木!」


 と、俺の前の席の微妙なイケメンが待ちかねたように振り返ってきた。


「今日こそは最近噂の神隠しにでもあって、来ないかと思ったぜ」


 真顔ならイケメンなのに、笑うとどうも締まりがない。

 そんなちょっと残念な男、小前田がニヤニヤしてくる。


「俺が遅刻ギリギリで来るのは毎朝のことだろ。ああ、疲れた……」

「もっと早く起きればいいのに」

「しょうがねえよ。朝起こしてくれる人が誰もいないんだから」

「いや……人に頼らずに自分で起きろよ」


 ちっ、当たり前のことをキリッとした顔で言いやがる。

 俺は首を振った。


「あーあ。こういう時って普通、かわいい幼馴染が毎朝、部屋まで起こしに来てくれるんじゃねえのかよ……」

「あっ……」


 小前田が急に言葉に詰まった。


「? なんだよ?」

「いや、あー……お前、そうだよな、森中さんのこと……」

「小兎がどうかしたのか?」


 小前田はひどくイケメンになりながら、


「いや、なんでも……そ、それより、大ニュースがあるんだぜ!」

「大ニュース?」

「ああ! なんと、今日、うちのクラスに転校生が来るらしいんだ!」

「へえ。でも、そんなに大騒ぎするようなことか?」

「バカ、お前! その転校生、女の子なんだぞ? しかも外国から来たんだってよ!」

「外国から? どこの国?」

「知らんけど。でも、な? そう聞くとテンション上がるだろ? しかもその子、一目見たら目が離せなくなるくらい雰囲気のある、超絶美少女だって話なんだぜ!」

「そりゃすげえけど……でも、そんなすげえ美少女と俺達に縁なんか無いだろ。なにを期待してんだ?」

「叉木、お前の頭脳は間抜けでできてるのか? このクラスに転校生が来るとしたら、その子はどこに座ると思う?」


 小前田はしまらない顔で俺の横を指し示す。

 そこに置かれているのは、誰の席でもない机と椅子。


「……俺の隣に外国からの超絶美少女転校生ちゃんが……?」

「そうだよ! よかったな! いいなあ!」

「い、いやいや、それって結局噂だろ? 本当にそんなすごい美少女が来るかどうかわかんねーし……」


 などと俺は何のかんの言いつつ、ちょっと期待。


 ……もしかして、俺とめちゃくちゃかわいい転校生との楽しい学園生活、始まっちゃう? 始まっちゃうのか?


 が。

 同時に、不安も湧きあがってきた。


「……でも、そんな姿を小兎に見られたら誤解されちゃうんじゃ……?」

「あっ……いや、森中さんはそんなこと気にしないっていうか、絶対大丈夫だから……気にスンナよ……?」

「いや、そうは言っても、そんな綺麗な子と俺が隣同士仲良くなったら、小兎も内心穏やかじゃいられないかもだろ? 浮気だと思われたら……やべえな。なあ、どうしたらいいと思う?」

「えっ。あっ」

「転校生が来たら最初に、俺もう好きな人いるから、って断っといた方がいいか? その方が親切だよな? それとも変な期待させないように、最初から冷たい態度でいた方がいいか……? でも、それって後で仲良くなるツンデレのフラグとか誤解させちゃわねえか?」

「……もういいっ! もういいんだ……!」

「なにを泣いてるの……?」

「お前はそんなこと気にせず……! お前の好きなように、転校生ちゃんと仲良くしていいんだよ、叉木……!」

「いや、でも俺って一途な男だからさー」


 そこで担任の早贄先生がクラスに入ってきて、声を上げる。


「おーい、みんな席につけー」


 早贄先生の声にクラスのざわめきが収まっていった。

 椅子を引く音や机が動く音。

 俺も小前田もそれ以上は喋らず、前を向く。


「今日は転校生を紹介するぞー」


 早贄先生は早速、クラスの皆が気になっているであろうことを口にする。

 干からびたカエルみたいな外見をしているけど、わかってるな、早贄先生。


「今日から1-Aの仲間になる、ベアトリクス・グリズリオだ。ロッキー連邦共和国から来てくれた。彼女はまだ日本語が不自由だから、皆、色々教えてあげてくれよ」


 ロッキー連邦共和国?

 なんだかその国名に胸がチクリとした。

 訳も分からず、嫌な予感がする。


「……というわけで、ベアトリクス。入ってきてくれ」


 早贄先生のその言葉と共に、教室の扉が開かれる。

 クラスの皆の目がそちらに集中し──

 全員の息が止まった。

 一歩一歩、ゆっくりと歩みを進めてくるその姿から目が離せない。

 教壇に上がり、それからゆっくり俺達に向き直るベアトリクス。

 という名のそれ。

 盛り上がったその肉体は教壇からはみ出し、今にも最前列の席にのしかかりそう。


 ……ぐるるるる……


 ふこーっ、ふこーっ、という呼吸音の合間に唸り声が挟まった。

 深淵を思わせる深い瞳が俺達、クラスの全員を見回してくる。

 俺はその目に見つめられ、生きた心地がしない。

 身じろぎもできない。

 動いたら……目をつけられたら……確実に死ぬ……!


 俺達の目の前に鎮座している転校生ベアトリクス・グリズリオ。

 彼女はどうみてもクマだった。


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