ゲッテルデメルング

あーるわい

序章 旅立ち編

プロローグ

 古びた看板が吊るされた古びた酒場。対して掃除もされず埃がうっすら積もった小さな酒場。そんな小さな酒場に拙い弦楽器の音が響いていた。


 拙い弦楽器を響かせるのは、くたびれた麻の衣服を身に纏ったこれまたパッとしない顔立ちの青年。そんなパッとしない酒場でパッとしない青年が奏で歌うのは英雄たちの詩。神々の詩。そして黄昏の詩。閑古鳥が鳴く小さな酒場で幕を開けるのは壮大な伝説のおはなし。


 そのあらましさ。


 彼が想いを込めて歌った詩は神と人、神と神、人と人とが争った戦争の詩。ゲッテルデメルングと呼ばれた神話の終わりの詩。その始まりの詩さ。そんな詩を聞く物好きは、昼間から仕事も行かず酒場に集まる飲んだくれ達。きっと半分も聞いちゃいない残念な観客さ。


 争いの始まりは何時だって大したことはない。四人の強い強い神様が、自分勝手にふるまって、争い合って、共倒れをしただけ。でも、それだけじゃ余りに物足りないだろう。やっぱり詳しく語らなきゃ、きっと何もわかりはしない。


   


 昔々の大昔のようで、少し昔の我らが世界。そこでは強い神々と弱い人々とが上手く付き合っていたんだ。でも、それも大昔のおはなし。百年ほど昔には、多くの神様は人々と争い合っていた。虐げられていた。それはきっと不幸なことだった。


 たくさん殺した。もっとたくさん殺された。そんな人々にとっての戦い。そんな多くの犠牲は、悲しみを募っていた。それ以上に怒りも募っていたんだ。そんな怒りは憎しみに変わって、憎しみは人々の戦いを変えていった。たくさん殺す術。自分たちより強い敵を殺す術。百年以上の憎しみは戦争そのものを変えたんだ。


 それはきっとおかしな事だった。人より強い神様も神様の家来もどんどん殺されていった。きっと人の神様が助けてくれていたのさ。でも、そんな神様にも矛先が向いちゃったのさ。


 争いの為に手をつないだ人々は、人の神様の為に争い合ったんだ。争いは英雄を生んだ。でも、争いは多くの英雄を奪っていった。争いの果てに残ったのは、新たな争いだった。争いの果てに勝ち取ったのは、国と国の争いだった。思想も信仰も違う人々を繋ぎとめていたモノはもう何も残ってはいなかったのさ。


 ゲッテルデメルング。その争いが生んだのは、ミズガルズと呼ばれた国とヴァルハラと名乗る国の新たな争い。人の為の国と神の為の国の新たな争い。それもきっとおかしな事だった。でも、争いは終わりはしないのさ。


 ゲッテルデメルング。その争いの結果は、神の時代の終わりと英雄の時代の始まり。神と神の争いの終わりは英雄と英雄の争いの始まりでしかなかった。


 これがほんの十年ほど前のおはなし。いまのおはなしさ。争いは終わらない。ゲッテルデメルングは終わらない。だから、黄昏は終わらないのさ。




 ポロンと小さな音ともに青年の詩は歌い終わった。青年が意気揚々と詩を奏で始めた時には、中天に輝いていた太陽は地平に堕ちていた。ずいぶんと長い間歌ってしまっていたな、と青年はつぶやき周囲を見渡す。始まる前にすら船を漕いでいた残念な観客たちはもはや夢の中であった。


「今日も完走者はなし、か」


 そう青年は一人愚痴り、酒場を後にする。古びた小さな酒場。もう二度と来ることはないであろうくたびれた酒場。


 青年は次の歌い場所を求め旅立つ。その背に黄昏を背負いながら。

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