第3話 二次元的解決法
『……』
私の提案に二人の美少年はじとりと二度目の軽蔑のまなざしを向けてくる。自分でもおかしなことを言っている自覚はある。とはいえ、やってみる価値はある。彼らの中での私の地位はどんどん下がっている気がするが今は無視することにした。
「あの、今起こっていることが非現実的で二次元的な事なので、戻る方法も二次元に当たるのがいいのかと思って。ええと」
どう説明したらいいのかわからない。ただ、もし私が成人男性を少年の姿に変えて回っているのだとしたら、どこかで彼らの動向を見守っていることだろう。だとしたら、彼らのイチャイチャはぜひとも見たいはずだ。
『私は……の世界を広めて見せる』
如月君も女性がそう言っていたと話していたではないか。いや、私の頭の中に直接声が聞こえた気がする。不気味なことではあるが、そんなことは目の前の異常な状況の前では些細なことだ。
『私はお前と……だ』
不意に頭の中に女性の声が響いた。面談室には私と二人の美少年しかいない。
『本来ならお前は私の敵だ。元の姿に戻すなど笑止。だが、その発想はなかった。元に戻す方法など考えていなかったが、今決めた』
「あなたは、誰なんですか?」
急に頭の中に響いてきた女性に対して、恐怖は覚えなかった。最初に少年姿の如月君と話していた時に聞こえた声と一緒だった。今の状況とタイミングから、声の正体は。
『私は……』
「おい!誰と何を話してるんだよ!」
「俺たちのせいで折笠先生がとうとうおかしくなった……」
「うるさい!」
せっかく相手が名乗ろうとしてくれたのに、肝心なところで邪魔が入る。いきなり目の前で自分たち以外の誰かに話し掛けている人間を見たら、それは驚くだろう。しかし、そのせいで、女性の声はそれきり聞こえなくなってしまった。通信を切ってしまったようだ。
「あなたたちを少年の姿に変えた相手の声が聞こえました」
『えっ?』
もとは成人男性だというのに、情緒は小学生に戻ってしまったようだ。驚いて目を見開いて固まっている二人に自然と笑みがこぼれる。私としてはこのままずっと彼らが少年姿のままでいいのだが、彼らはそうもいかないだろう。
「いったいどこのだれか尋ねようとしたら、通信が途切れてしまいましたが」
謎の女性が話していた内容を思い出す。そういえば、最初は敵と言っていたが、なぜか勝手に納得して、私を同志と認めていた。さらには、彼らを元に戻す方法を設定していないとか何とか。
「元に戻る方法は考えていなかったようです」
ポロリとこぼした私の言葉は二人の少年の心をいたく傷つけた。絶望の目で私を見ないで欲しい。とはいえ、私もそこまで鬼ではない。そもそも、子供に対して鬼になるのは無理なことだ。
「ということで、二人がキスするとかどうですか?」
『?』
話の脈絡がつかめないのは自分でも承知しているが、もとに戻る唯一の方法はこれしかないと私の直感が告げていた。根拠は謎の女性の言葉だ。私を同志と認めてくれているのなら、思考は私に似ているということだ。善は急げという言葉もある。先ほどと同じ言葉を繰り返した私の言葉に、二人は顔を見合わせて戸惑っている。
「えい」
成人男性には絶対に使えないであろう力技を彼らに使うことにした。小学生から中学生くらいが相手なら、成人女性の力でも彼らを動かすことが可能だ。私は如月君と愛斗君を椅子から立たせ、背中を押して正面に向かい合わせることに成功した。その間、二人は人形のように私のされるがままになっていた。
私だって、少年二人が嫌がることはしたくない。彼らの意思を尊重して5分は待つことにした。5分経っても何も行動を起こさなかった場合は同意とみなして、私が誠心誠意を尽くして彼らの仲人になってやろうと意気込む。二人はじっと見つめあったまま何も話さない。
教室の壁に掛けられた時計は10時15分示し、私の終業時刻10時30分まで15分ほどに迫っていた。塾の後片付けは中途半端なまま机に残されている。彼らの行動次第では残業もやむをえないだろう。生徒が快適に勉強できる空間を整えるためには残業は仕方ない。
時計の秒針は私たちの事情に関係なく動き続ける。それに合わせて長身も一分ずつ時を刻む。待っているのもあと1分が限界だ。時計が10時19分を示したところで。
「目を閉じていてください」
如月君が先に行動を起こした。机の上にあった適当な紙を半分に折って、引き出しから輪ゴムを取り出した。何をするのかと黙ってみていたら、そのままそれを私に差し出した。目を閉じて欲しいという要望に私が応えないと思っている感じだ。簡易アイマスクを強要された。
「私の提案に乗ってくれるの?」
「お前、本気で言っているのか?そんなたわごとに付き合う必要ないだろ」
「何事も挑戦だと思います。試さないことには、いつまでたっても元の姿に戻れませんから」
如月君の考えに感動した。そうだ、今ここで話しているだけでは何も解決しない。私の言葉を机上の空論で済ますことは簡単だ。如月君はそうすることなく実行しようとしている。
「折笠先生、そんなにギラギラした目で見つめないでください」
「早く、その簡易アイマスクをして後ろ向け」
「だったら写真だけでも」
『無理だ』
悲しいことに今のハモリは完ぺきだった。せっかく私が提案したのに、現物を見られないのは悲しい。しかし、今の彼らは少年で私は成人女性。多少の理不尽さには目をつむらなければならない。子供の言うことを時には大人は素直に聞くべきなのだ。
頭ではわかっていても、身体がその通りに動くとは限らない。しばらく私と彼らのにらみ合いが続いた。
結果的に私の提示した方法は大当たりだった。目隠しをしようとしない私を見かねた如月君があきらめて愛斗君に顔を近づけた。
「ブーブー」
愛斗君が嫌がって顔を背けるところまでは見ていたが、それ以降の一番大事な場面は見逃してしまった。静かな教室内にスマホの振動音が響き渡る。
「もしもし、いきなりどうしたの?普段、電話なんてかけてこないでしょ」
まさか、こんな夜遅い時間に電話がかかってくるとは思わなかった。しかも、相手は母親だ。私の仕事の事はわかっているはずなのに何か急用だろうか。音の出所を探すと私のスマホだった。いったんその場から離れて控え室に置かれたカバンからスマホを取り出す。
「はあ、謎の女性が来ている?いなくなった?幽霊ってなに」
どうやら、先ほど謎の女性が家のインターホンを鳴らしたらしい。こんな遅い時間ということで居留守を決め込んだのだが、インターホン越しに声が聞こえたらしい。
「『折笠睦月』を出せと」
声を聞いた母親は慌てて娘の安否が気になって電話したということだ。とりあえず無事を伝え、すぐに帰宅することを伝えた。私の声を聞いた母親は安心したのか、電話してごめんと言ってすぐに電話を切った。
「まったく、めちゃくちゃいいところで電話なんて、うわあああ!」
通話を終えた私は面談室に戻る。するとそこには二人の成人男性が仰向けに床に転がっていた。目を閉じて、はたから見たらすごい光景だ。元の姿に戻ることを考慮したのか、二人は服を着ていなかった。
(こんな状況を見られたら、恥ずかしくて死ねるわ)
「死んではいないみたいだけど……」
とりあえず、控え室から冬に使うひざ掛けを引っ張り出し、彼らの上にかけて脈を計ってみる。とりあえず死んではいなかった。とはいえ、このままでは風邪を引いてしまう。かといって、ここには成人男性が着用できる服はない。
「元に戻せたということは、逆もまたしかり」
彼らの近くには少年たちが着ていた服が散らかっていた。迷っている時間はない。私は彼らの身体を起こして、二人の顔を近付けた。
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