出航

大河かつみ

前編

 何故、俺がこの船に乗ることになったのか、自分でもよくわからなかった。ただ、そこを仕切る添乗員の指示に従ったのだ。それなのに、自分の渡るべき河を見た時、イメージと違うなと思った。対岸の見えるもっと小さい川だと思っていたのだ。乗るべき船を見ても単純にでかいなと思った。豪華客船並みだ。もっとも見渡す限り、けっこうな人数いるのでこれぐらい大きくないと一度に運びきれないだろうと考えた。


 船内に入ると大きなホールに通され、皆で添乗員の説明を聞いた。目的地は明日の午後に着くらしい。今から程なく一つの島によるとの事で、そこで一泊するらしい。そこでのホテル代や施設で掛かる費用はこのツアーで支払い済みなので言わば無料であると聞かされて皆、喜んだ。俺もホッとした。

 説明が終わり解散した後、俺はデッキに出た。もう既に船は出航しており、今まで自分のいた船着き場が徐々に遠ざかっていった。その様子を眺め、俺は寂しいという気持ちとと安堵する気持ちがない交ぜになって複雑な気持ちになった。

 しばらくすると島が見えてきた。見る限りで言えば、東京ドーム五個分ぐらいの小島で、陸地のほとんどが市民ホールの様な形の施設とそれに繋がる高層ホテルで占められている。

島に着き俺は船を降りた。他の乗客も大部分降りたが、中には降りずにデッキのチェアに座っている人もチラホラいた。どこにも行きたくないという人は、別に船に残って一泊してもいいのだった。


 初めに体育館の様な施設に向かった。中を覗くと巨大なプールが見えた。人工と思しい波があり、周りをヤシの木が囲っていて海らしくみせている。ハワイアンセンターという感じだ。

 プールで泳ぐのは子どもの頃から大好きだ。

受付で無料の海水パンツを借りロッカーで着替え、早速、施設内に入ると仰天した。ホログラムか何かなのだろう、そこは、まごう事無きトロピカルリゾートの様な海岸の景色で、外から覗いた時に見たチープさはなかった。

「こんな所、一度来てみたかったんだ。」

俺はハワイどころか海に行ったことがないのだ。

 波に乗ったり潜ったり、不思議なことに沖の方向に泳いでみるとどこまででも泳ぐことができた。建物としての内壁に当たらないのだ。それに見る限る海が遠くにまで広がって見える。それに長時間泳いでも疲れ知らずでどんどん泳げる。これ以上、いても同じことだったので陸に戻っていった。

 海を充分満喫した後、腹が減ったので着替えてホテルのラウンジに向かった。食事する場所を確認し高層階のレストランに向かった。そこは全面ガラス張りのオーシャンビューで、景色だけでも来る価値のあるところだった。そこから見て初めて対岸が見えた。うっすら見える出発した岸とほぼ同距離なので、どうやらこの島は河のほぼ真ん中にあることが見て取れた。この島で一泊しなくとも着く距離だ。わざわざこの島で一泊するという事だ。ようは、この島のリゾートを楽しむ事込みのツアーなのだろう。

 ウェイターに席を案内され、座ると早速メニューを開いた。聞いた事の無いような品名が並んでいる。ウェイターに聞くと、ここでは三ツ星評価の食事も用意できるという。それではどうせならという気持ちで、銀座辺りでVIP御用達になっているような店の寿司を注文してみた。

 程なく握り一人前が用意された。

「これが高級店の大トロか。一度食べてみたかったんだ。」

(あぁ、口の中で溶けていく。)俺は感激した。回転する店やスーパーでしか寿司を食べたことがない俺は大いに満足した。

 このホテルにはカジノ、女性のいる高級なクラブ等様々な設備や店舗があり、気の向くままに入店した。スロットマシンで大金をせしめ、クラブの女性と戯れ高級な酒を堪能した。今まで俺がしたくても出来ないような経験を味わえた事は嬉しかった。

だがその反面、なんだか虚しい気分になった

「こんなものか。」

俺はほろ酔いで呟き、あてがわれていた自分の個室に入った。豪華な装飾が施された広い空間に気圧された。風呂でシャワーを浴び、備え付けの冷蔵庫から冷えた缶ビールを飲んだ。だだっ広いベットに横たわり会社員として出張してビジネスホテルに宿泊していた頃を思い出した。その狭い部屋と小さいベットが妙に懐かしくも感じられた。その内、いつの間にか寝てしまった。



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