第10話
「で、結局はこうなるわけですか」
放課後。友人たちと別れたアリシアを待っていたのは衛兵だ。
ただし、それを引き連れていたのはゴードンでもなければノーリッツでもない。軍務大臣にしてゴードンの祖父に当たるセドリックだ。
口を開けば殺す、と宣言されてしまったアリシアは黙ってついていくしかなかった。
どれだけ屁理屈もとい口が達者であろうと、純粋な暴力の前では無力なのだ。
連れて来られたのはどこかの屋敷だろうか。天蓋こそないもののしっかりした造りのベッドにカウチソファ。武器になりそうなものはないが、調度品はそれなりに存在する部屋である。
客室のようにも見えるが、窓がなく、出入口が外から施錠できるようになっているのはいわゆる貴賓牢に違いなかった。
ソファに座らされたアリシアは、でっぷりと太ったセドリックと向かい合っていた。
「まぁ、地下牢じゃない時点で良かったと思うしかありませんか」
「……何を言っている? 仮にも公爵令嬢を地下牢に入れるなどあるはずがなかろう?」
「あなたのお孫さんはやろうとしましたけど」
「……神輿は軽い方が楽だが、軽すぎるのも考えものだな」
教育の成果では、と言いたくなるが、さすがに目の前の人間を逆上させればどうなるかわからないのでぐっと堪える。
そして心の中で自分を真っ当に育ててくれた父に感謝しようとして、妹を思い浮かべてすぐにやめた。
「……私が知的で心清らかなのは父の教育ではなく、私自身の才能と努力ということですか」
「何を言っている?」
「いえ、別に」
セドリックは顔をしかめたが、すぐに気を取り直す。圧倒的な優位に立っているためか、脂っこい笑みを浮かべてアリシアを見下した。
「さて、ここに来てもらった理由はもう分かっているな?」
「分かりませんね」
「ならば教えてやろう。ゴードンとの婚約を結ばせるためだ」
「お断りします」
「提案でもお願いでもない。命令だ」
「それを聞く義務はありませんよ?」
「意地を張っていると不幸な事故に遭うかも知れんぞ」
「では、事故に遭わないよう家に閉じこもるしかありませんね」
「不幸というものは執念深い。君が駄目ならば君の家族に牙を剥くだろうな。……そういえば妹がいたね?」
「エリスに手を出すようならば容赦しませんよ」
「ふむ、自分の不幸は我慢できても可愛い妹の不幸は──」
「あの子を泣かせて良いのは私だけです!」
「……何?」
「どれだけ泣かせても何とか私に勝とうとするいじらしさ。ちょっとつつくだけで崩れるプリンのようなメンタルなのに虚勢を張る可愛らしさ。そして私に負けた時の悔しそうな顔ときたら……!」
「お、おう……?」
「あの子の顔を曇らせることは私が許しません!」
「……儂が何かしなくても、もう充分曇っていないか?」
「大丈夫です。あの子はかまちょでちょっとM気質なので喜んでますよ。多分。おそらく。きっと」
「もう推論というか希望的観測では」
「では証明するためにも今夜はとびきりの方法でいじめてみますか。寝る前に絵本をよんであげるのも良いですし、苦手なピーマンを食べさせてみるのも良いかもしれません。ふふふ、そうと決まったら早速準備しなければ!」
「何を当たり前のように帰ろうとしとるかッ!? 貴様らもどうしてドアを開けて通そうとしておる!」
「す、すみません!」
「あまりにも自然だったのでつい」
立ち上がり、衛兵たちの開けてくれたドアを通る直前に気付かれてしまったので逃走失敗である。
「お前らは外で待機しておれ! 儂が良いと言うまで絶対にドアを開くな!」
「「ハイッ」」
「ふん、これでもう逃げりゃふぇぇ……」
衛兵が出ていき、ガチャンと鍵が締まる音がしたところでセドリックの呂律が怪しくなり、そのままソファの上に崩れた。
「き、きしゃま……にゃにを……!?」
「麻痺毒の仕込まれた吹き矢です。この間どこぞの馬鹿王子と従者のカップルに犯罪予告をされて怖かったので、万が一に備えて持ち歩いていたのです」
「く、そ……ちかりゃ、はいりゃん……」
「致死性ではありませんが、行動の自由も奪い、大きな声も出せなくなる代物です。無味無臭で検知は難しく、後遺症も出ません……ちょっとしか」
「ッ!?」
「あ、大丈夫ですよ。後遺症と言っても人によっては体臭がキツくなる程度ですし、閣下はいまさらですよね」
「ッ!?!?」
「いや、でもセドリック閣下が部下を追い払ってくださって助かりました」
色々な意味で衝撃を受けているセドリックの眼前で、アリシアはスカートの下に手を入れた。そこから取り出されたのは人工的に削られた木材である。
「せっかく隠し持っていた武器も、組み立てる暇すらなかったので困っていたのです」
パズルのように組み立てて完成したのは小型のボウガンである。同じくスカートから矢筒を取り出してセットする。
「いやぁ、全部ゴードン殿下のお陰ですね! 素敵な教育方針に感謝しますわ」
「ぐぐぐっ……!」
「時に閣下。一応お伺いしますが、頭と胸、射抜かれるならどちらがお望みですか?」
「ぐぅっ!?」
「外には兵士が二人もおりますし、私一人じゃ倒せませんもの……かといって借りを作るのは嫌ですし」
小さく呟きながらボウガンをセドリックに向ける。
「ここで私が閣下を殺ったとします」
「!?」
「当然ながら、『どうしてここにアリシア・フローライトがいるのか』という話になりますよね?」
「…………」
「でも、言い訳を考えたり何かを捏造するべき閣下は死んでいますので、部下の皆さんは正直に喋ると思うんですよ」
アリシアが誘拐されたことが判れば、殺人は正当防衛と見なされるだろう。
「逆に、生きてると仕返しも怖いですし、可愛い妹の笑顔も守らねばなりませんからね」
「
「何言ってるか分かりませんので予想ですけど『喉、あっ胴も』ですかね」
どんな自殺志願者ならそんな提案をするというのか。アリシアがボウガンを構えたところで、ドン、と鈍い響きが館を揺らした。
「ああもう……借りは作りたくなかったのに」
衝撃は何度も続き、そして段々と大きくなっていく。
否、近づいてきているのだ。
「我が姫を
ドアの外がバタバタと騒がしくなった直後、ドアノブが鍵ごと引き裂かれた。そこから入ってきたのは血に染まったようにも、燃え盛っているようにも見える紅の巨狼。
アルフレッドだった。
「無事かっ、アリシ……ア…………? 何をしているんだ?」
「黒幕に毒を盛って、トドメをどうするか悩んでました」
「……俺は必要なかったようだな」
「いえいえ。嬉しかったですよ?」
アリシアがフォローに聞こえる返答をすれば、アルフレッドは人間の姿になる。
「あっ」
「どうした?」
「誘拐・監禁で溜まったストレスを癒したかったのですが」
アニマルテラピーである。
「……まぁ、これが最後になりそうだし構わんが」
アルフレッドは自嘲気味に笑い、巨狼となった。
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