第25話 もうひとつの名前

 翌日、またしても私が最後に出勤した。

「小春ー、おはよー」

「おう、香崎、やっと来たか」

「おはようございます。報道官から、Cという字が書かれていたことがマスコミに発表されたみたいですね。妹が言ってましたけど、マスコミはどこもアルファベット順の連続殺人だって騒いでるそうですね。予想通りといいますか」

 私はデスクにカバンを置きながら話した。私が言うと、スマホでニュースをチェックしている先輩方は眉間にしわを寄せた。

「じゃ、始めるぞ」

 私が席に着くと、係長はファイルから報告書を取り出した。

「鑑識からの報告だ。第三研究棟の監視カメラは全て、大学が購入した備品だ。中のSDカードも大学がセット購入したものだ。だが、デービスラボの監視カメラのSDカードだけ、他の監視カメラのとは型番が違うものだった。そのSDカードは『日の本通販』で販売されている通販限定製品であるデジタルカメラの付属品だとわかった。まずはそれを当たろう。嶋村、高木、頼むぞ」

「はい」

 二人は、早速、日の本通販へ電話連絡した。

「係長、シュルツさんとデービス教授に連絡してみますね」

 私はその二人に電話した。しかし、毎度のごとく繋がらなかった。

「小春ー、ナターリエさんとデービス教授はどこで何してるんだろねー」

「気になるわね」

 私は、ホワイトボードの前で腕を組む係長の側へ歩み寄った。

「係長、Cとは一体何の意味なのでしょうか?」

「……わからん」

 係長は自分のデスクに座りパソコンを開いた。

「小春ー、どう思う?」

「例えば、CYAでも、『シャ』とは発音しないわよね。だから、シャ准教授のCじゃないはずなのよね」

 考えても良い答えは浮かばなかった。内部犯の可能性を考慮して、私も大学に関することをパソコンで調べようと思った。京子は首を横にして斜め上を見上げて考え事をしているようだった。

「ああ、ニュースでもやってるぞ。ABCの順で殺人が起こったって。シャ准教授の名前の頭文字がCだと」

 課長がパソコンを見ながら私たちに告げた。私はシャ准教授のことが気になったので、彼のことを検索してみた。すると、海外のニュースサイトでシャ准教授が取り上げられている記事が出てきた。

「係長、海外のニュースでシャ准教授が亡くなったことが取り上げられてるんですが、読めないので見てもらえないでしょうか? Andy ……なんとかって表記があるんですけど」

 私はノートパソコンの画面を係長の方へ向けた。

「んーと、ん、誰だこいつ? シャ准教授か? 名前が違うぞ」

「え、違います? あ、でも写真は本人ですよね」

「おう、名前が、アンディー・ツェーになってる。あっ! そうか! 香港出身だから、英語名があるのか!」

 係長は突然大きな声を上げた。

「アンディー・ツェー? ですか?」

「おう、大学に確認してくれ。シャ准教授の英語名が何なのか」

「はい」

 私は大学の教務課へ電話した。すぐに事務の人が調べて答えてくれた。

「係長、シャ准教授の英語名は、アンディー・ツェー、Andy Tseで間違いありません」

「だな。『謝』という字は、中国語読みで『シャ』だが、英語読みで『ツェー』だ」

 係長はパソコンで調べていたようだ。

「係長ー、英語名だからってー、何なんですかー」

「ABCを、ドイツ語では、アー、ベー、ツェーと発音するんだよ」

「え!?」

 その瞬間、みんなが一斉に驚いた。課長でさえも声を上げた。

「え、それってつまり、ツェーは名字だから、ホワイトボードに書かれたCは、アンディー・ツェーのツェー!?」

 私は思わず声を張り上げた。

「犯人は、ドイツ語の発音のアルファベット順に殺人を犯したというのか……」

 係長は深く考え込んだ。その場が静まり返った。その時、折り返しの電話を待っていた高木先輩が、電話に出た。

「はい、はい、わかりました。係長、日の本通販へ行ってきます。デジタルカメラの購入者リストを見せてくれるそうです」

「おう、じゃ、高木、一人でいいだろ、よろしく頼むぞ」

 高木先輩は上着を着ながら出て行った。

「ドイツ語の発音ですか。ちょうどシュルツさんが音信不通というのも気になりますね」

「じゃあー、係長ー、ドイツ語でDはなんて発音するんですかー」

「おう、Dは、デーって発音するんだ」

「デー、ですか」

「デー、なのねー」

「おう」

「え、それじゃあ、次に狙われるのは、デービス教授……」

「え!?」

 またみんなが一斉に驚いた。

「え、だって、ドイツ語の発音になる名字ですよね」

「おう、おう」

 係長はホワイトボードを見た。

「そうだよな。ダントリクばかりに気を取られて、デービス教授のことを忘れてた。課長、デービス教授を大至急保護しましょう!」

「了解しました」

 山崎課長は関係各所に電話連絡を始めた。

「えー、どこにいるのかわからないんだよねー」

「嶋村、今すぐデービス教授の自宅へ向かってくれ! 家の中に入ってもかまわん!」

 係長は命令を出した。

「係長、緊急配備でしょうか」

「おう、おそらくそうなるだろうな」

「キンパイかー、大変ー」

「見つかればいいんだが……」

 しばらくすると、サイレンを鳴らした車の音が聞こえて、徐々に遠ざかっていった。

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