第15話 実験
しばらくして私たちは、学生への聞き込みに切りをつけて、ラボへ行くことにした。
「すみませーん、お邪魔しまーす」
京子の場違いな気の抜けた声が、千葉ラボ内に木霊した。千葉教授は自分のデスクでパソコンを使っていた。増田助手は実験している最中だった。真中さんは紅茶を飲んでいた。
「あれ、京子、来たの。紅茶、飲む?」
真中さんは紅茶のカップを少し持ち上げて言った。
「ごめーん、さっき飲んだから、いらなーい」
「香崎さんは、いかがですか?」
「あ、いえ、お構いなく。私もさっき飲んだばかりですので」
私も、悪い気がしたが、断った。
千葉教授は少し後ろにのけぞるような感じで大きく息を吐いた。
「刑事さん、ネットニュースを見てたんですが、アルファベット順で殺人が起こるなんて、まるで、小説みたいですね。私はメディアが騒ぎ過ぎだと思いますがね」
「はい。AとかBとか、偶然だといいのですが……」
顕微鏡を覗いていた増田助手がこちらを向いた。
「僕は偶然だと思いますね。ジャックの着ていたジャケットの背中のAという文字がアームストロングの頭文字だなんて、犯人がわざわざジャケットを着せたんですか? それにベーベルの側のBという血文字がベーベルの頭文字? こじつけですよ。有名な小説のプロットになぞらえて、マスコミが面白おかしく言ってるだけですよ」
増田助手は顕微鏡を覗いたりこちらを見たりしながら私見を述べた。
「そうだといいのですが。ベーベルさんは自分の血でB以外にも何かを書こうとしたのかもしれないのです」
「B以外にもですか……」
その間、京子は真中さんと話をしていた。
「めぐみー、アームストロングさんとベーベルさん、二人が亡くなったこと、どう思うー」
「え、そうね。まだ殺人なのか事故なのかもわからないんでしょ」
「そうなのよー。だからー、事件と事故の両面で捜査ってことなのよー」
「へーっ、ニュースでよくアナウンサーが言うやつですよね、事件と事故の両方で捜査してるって」
増田助手が会話に入ってきた。
「ところでー、増田さんは、どんな実験してるんですかー」
「今は、細胞を培養してるんですよ。今日中に終わらせないと、細胞が肥大化して、ここ数ヶ月の苦労が水の泡になるんです」
「大変ですねー。めぐみは手伝わないの?」
「あ、私? 私は別の実験してるのよ」
「無理なんですよ、刑事さん。研究不正を防ぐために、必ず研究ノートを書くんです。だから、他人が研究を手伝うことはできないんです」
「へー、そうなんだー」
「でも、グループ作業なら別ですけどね。この実験はシュルツと組んでるんです。でも彼女、今日は朝からラボに来る予定だったんですが、来ないんですよ。だからもしも来ない時のために、作業を可能な限り進めておかないと」
「へー、大変」
「シュルツさんはまた後で来るんですよね」
「来るでしょう。この実験を無駄にしたくはないでしょうし」
「来てくれないと、何ヶ月もかけた実験がパーになってしまうので、来ないなんてありえません」
千葉教授はほんわか顔で言った。
「念のためなんですが、このラボ出身のトム・クーパーさんはCで始まる名字ですので、警察の警備がつくことになりました」
「え、すごいですね。さすが警察」
増田助手は驚いた。
「ただ、ジャン・ダントリクさんはフランスへ帰ったということで、フランス警察もまだ連絡が取れないらしいんです」
「ああ、ジャンか。ダントリクの頭文字がDだからですか。さすがに人命がかかっているかもしれないとなると、警察は動きが早いですね」
千葉教授も驚いた。
何だかんだ会話をして、私たちはデービスラボへ行くことにした。
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