第10話 コーヒー
翌日、刑事課でホワイトボードを見ながら、全員であれこれとゆるく話し合った。
「私と小春がー、最初にデービスラボに行った時ですけどー、デービス教授がすごく怒鳴ってたんです。あれって絶対にパワハラですよねー」
「おう、磯田、アカハラだよ。大学じゃ、アカデミック・ハラスメントを略したアカハラになるんだよ、知らなかったのか」
「セクハラする人に言われたくはありませーん」
「おい、あのなあ……」
「確かに、デービスさんの怒り方、普通じゃなかった感じがします」
「デービス教授ってー、コーヒー好きそうだったよねー。自分専用のタンブラーにアイスコーヒー保管してたしー。コーヒー好きな人って、ハラスメント好きなんじゃないですかー」
「こら磯田、俺と一緒にするな」
係長はコーヒーをすすった。京子は口を尖らせてムッとした。
「でもさー、あの部屋の中でー、ずっと一緒に研究してたら、カップルって誕生するよねー」
「俺とお前は一緒に仕事してるけど、カップルにはならないな」
「なるわけないでしょー、係長ー」
「当たり前だろが」
相変わらずの二人のおバカな会話が続いた。
「おう、ところで、昨日の聞き込みはどうだったんだ?」
「あー、そうそう、シュルツさんがー、ベーベルさんと仲良くしてるところを何人かが目撃してますねー」
「おう、ホントか、フラウ・シュルツとフィクトール・ベーベルか」
「残念でしたねー、係長ー。後はー、めぐみもーベーベルさんと仲良くしてたみたいですー」
「……おう」
「係長ー、ご愁傷様ー」
京子が係長をからかっていることに、嶋村先輩と高木先輩が戦慄していた。場の雰囲気を変えようと、私は陽気にペンを取ってホワイトボードに書き始めた。
「シュルツさんですが、昨年、デービスラボから千葉ラボへ移動しています。その理由について、デービスラボ所属の方によると、千葉ラボでは昨年に院生二人が学位を取って出て行ったことと、准教授が一人辞めたことによる人不足のせいだということでした」
「なるほど」
「しかし、千葉ラボの方によると、デービス教授のハラスメントに耐えられなくなってラボの移動をシュルツさんが申し出たそうです」
「なるほどな」
「真中さんとベーベルさんが付き合ってるという噂があるようですが、真中さんはそのことを否定しました。他にも否定している方がいましたので、二人が付き合っていたというのは事実ではないと思われます」
「磯田〜〜、騙したな〜〜、俺の純な心をよくも〜〜」
「えー、私は別にー、めぐみとベーベルさんが付き合ってるなんて言ってませんけどー。仲良くしてるみたいって言っただけですけどー」
二人のやり取りに、高木先輩と嶋村先輩だけでなく、山崎課長も身震いしていた。
「シュルツさんと、ベーベルさんは、同じドイツからの留学生ということで仲良くしていただけなようです」
「磯田〜〜」
係長の顔が般若の面のようになっていた。京子はただ笑っていた。
「学部生がラボに出入りすることもあるようです。大学院進学希望者が早くから研究に慣れておこうと、ラボで院生たちから指導を受けるそうです」
「そうそう、デービス教授がいつも怒鳴ってるからー、デービスラボは全然人気がないみたいですよー」
「そうだろうな」
「デービス教授とシャ准教授は仲が悪いそうです。デービスラボでは、デービス教授の陰口をすることを、みんな嫌がっていますが、シャ准教授はデービス教授がいない時に平然と愚痴をこぼしているようです」
「そうか」
「でー、どうしますー、係長ー」
「そうだな、ジャック・アームストロングは事故だったということにするか」
係長は缶コーヒーをぐびっと飲みながら言い放った。しかし、山崎課長はすごく困った顔をしていた。
「村田係長、まだ結論を出すには早い気がします。せめて、学部生に聞き込みをするくらいはしておかないと、報告書をつくれません」
「冗談です、わかってますよ、課長。おう、じゃあ、香崎、磯田、二人で大学行って聞き込みしてくれ。嶋村と高木は、アームストロングの学外関係者を調査してくれ」
私たちはすぐに取りかかった。
大学の入り口でランダムに出会う学生に話を聞いた。翌日もその翌日も。
刑事課で私たちは結果を出し合って、話し合った。特に目ぼしい情報はないように思われた。
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