ABCD殺人事件
真山砂糖
第1話 事件発生
私は香崎小春、T県警の刑事課で働いている。階級は巡査だ。これまでいくつかのおかしな事件に巻き込まれてきた。もうこれからは巻き込まれることはないだろうと思っていた。しかし驚くことに、また起きたのだ。オホーツクで起きた変な事件の約五ヶ月後に、また奇妙な事件が起きたのだ。これまでと同様に、私が巻き込まれたその事件について書き記しておく。
20XX年5月13日の夜、人が死んでいるとの通報があり、私は同僚の磯田京子と共に現場に急行することになった。場所は繁華街にある雑居ビルの裏側。非常階段の登り口横で、男性が倒れていた。係長と鑑識がすでに到着していた。
「おう、来たか、香崎、磯田」
私たちを待っていた係長の横には、外国人と思われる男性がうつ伏せで頭から血を流して亡くなっていた。その男性は右手で自撮り棒を握ったままだった。取り付けられていたと思われるスマホは、画面が割れた状態ですぐ側に落ちていた。
「この非常階段の四階から落ちたようだ」
「身長が、いくつだろ、180、いや、190cm以上あるみたいですね」
「小春ー、背が高すぎて落ちたんじゃない? ほら、この非常階段、柵が低いじゃない」
「だとしたら、事故ね」
「鑑識結果を待たないと、まだわからんぞ」
係長はそう言いながら、男性をじっと見ていた。
「係長、どうかしましたか?」
「ん、いや、このジャケット、思いっきり、Aの文字がプリントされてる」
男性の着ている赤いジャケットの背中に、大きくアルファベットのAの文字が書かれてあった。
「係長ー、それがどうかしたんですかー」
「いや、ちょっと気になってな」
「気になる?」
「ああ、こんなに大きくAと書かれたジャケットを着るのか? と思ってな」
「どういうことですかー?」
「普通、日本人が『あ』と背中に書かれたジャケットを着るか?」
「そうですね」
「『あ』て書いてあったらカッコ悪いけど、『A』ならカッコいいじゃん」
「いや、京子、そういう問題?」
「じゃー、どういう問題よー」
「日本人の目線で考えるな。外国人にとっては、普段から使ってる文字だ。それに、それだけじゃなく、このジャケット、脱げかけてないか?」
私と京子はよく見てみた。左肘がジャケットの袖を通ってなかったし、ジャケットの右腕の部分がよじれていた。
「何だか、無理やり着せたみたいな感じがしますね」
「んー、無理やり脱がそうとしたんじゃない?」
「着せたのか、脱がせようとしたのか……」
係長は私たちを見上げて言う。
「高身長の男に無理やりジャケットを着せるのは難しいぞ」
「そうですね。では、脱がせようとしたんでしょうか?」
「脱がそうとした場合、服のよじれ方がどうなるのか。よし、磯田、試してみようか」
「はあ!? 県警のセクハラ相談窓口に通報でいいですかー」
「おい、勘違いするな。お前が俺のを脱がせるんだよ」
「えー、それも嫌ですよー」
京子は真剣に嫌そうな顔をしていた。
「では、私がやります」
「おう、香崎、やってくれ」
私は係長のスーツの上着を無理やり脱がそうとした。後ろから襟の辺りを掴んで引っぱった。
「腕は袖から抜けないな。ジャケットを引っ張って脱がそうとしたとは考えにくいな」
「しかし、こうやって揉めてるうちに、転落したのかもしれませんね」
「でもさー、なぜそれを四階でやったのよー?」
「そうね。わざわざ四階で……」
「まあ、鑑識結果を待とうか」
上着を正しながら係長が言った。嶋村先輩が戻ってきた。
「係長、三階のバーだけ営業してました。今日はまだ客は一人も来てないそうで、店主は店の中にずっといたので、救急車の音で事件に気づいたそうです」
「そうか。また明日だな、聞き込みは」
「係長ー、じゃあ今日はもう帰っていいですねー」
「ああ」
夜遅い時間だったので、私たちは帰宅した。
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