第11話 

 病室のカーテンを開けると外はあの脱走の日を連想させる暗い空が広がっていた。かろうじて灯りが外を明るくしている程度で賑わっている様子はない。

 そんな光景が窓の外に広がっている。


 いつまで経っても美佳が来ない。後から行くと言った美佳が何日経っても俺の病室に来ない。だから見捨てられた、もう嫌いという感情も示さなくなる程遠い存在になってしまったのだと俺は確信してしまった。

 美佳はもう病室に来ないんだ、諦めるべきなんだ、と言い聞かせるような思考が何度も頭の中を埋めた。


 それでもやはり美佳という存在を諦められるものではなかった。あれだけ好きで愛しているのだから気持ちが冷める事はいまの今までずっと無い。


「なんでこんな事に……ただ普通に、幸せに暮らしていただけなのにこんな仕打ち……」


 頬を流れた涙が勢いを少し弱めながらベッドのシーツの上に落ちた。


 身体の回復に比例して現実を徐々に受け入れられるように、冷静に考えられるようになってきた気がする。気がするただそれだけ。

 それもこれも美佳に見捨てられたと思い始めた時に心の何処かで現状を受け入れてしまった事が原因かも知れない。


 だからだろうか、冷静になってから義務感も無しで純粋に美佳に会えない現状に精神的に辛くなっていると感じるのは。

 美佳に会いたいと思う気持ちと自分の身体が美佳に会った時どう反応するのか分からない怖さが心の中にあった。


 「美佳に会いたいな……会って話がしたい。やり直せるなら」




 ◇◇◇



 お母さんたちは話し合いの後、帰ってしまった。それぞれに仕事はあるのだから当然と言えば当然だけど、夫に暴力をふるった人間を放置するのはおかしいと当人ながら思ってしまう。


 私は待つしかなかった。大史の体調が回復して、また話せるようになるまで。


 償いの一つとしてお金稼ぎをするべきなのだろうが私はまだ自分がした事、椎名にされた事を未だに受け止められず仕事など出来る状態では無いと思った。

 私も加害者の一人なのだから私に行動を決める権利なんて無いのは分かってるけど、多方面に迷惑を掛けると思ったから……。


 病院に行こうと思った事もあったけどそれこそ入院なんて事になったら二人で貯めた貯金を崩す羽目になるので家に篭り続けるのが正解だと私は思った。


 今までも一日中家にいる事があっても何かしらすることはあった。でもその時は大史の帰りを待ちながら美味しいご飯を作ったり、大史にサプライズをする為に準備したり……。全てが大史ありきの行動だった。


「大史が私と接しても問題なくなったら会いたいな……。会ってちゃんと話がしたい。たとえ離婚したいって言われたとしても良い。ただ話したい。笑った笑顔が見たい」



 ◇◇◇


 わたしは出来るだけ短期間で多くのお金が稼げるように自分の身体を使って稼ぐようにした。幸いにも男受けの良い身体をしているらしく、次の日から働いて良いと言ってもらえた。勿論前の会社は辞めた。短期間で大金を手にすることが不可能だから。


 あの話し合いの後帰っていいと言われて連絡もなかった。それが逆に怖くて逃げ出すなんて出来なかった。


 仲の良かった友だちの夫婦生活を壊した。歳をとっても喧嘩することの無いような夫婦関係を壊した。その罪は背負っていても自分の身を削るくらいで命を捧げるなんて事までは出来なかった。



 今日も美佳ちゃんにお金を渡しに行かないと……




「これ、今週の分……です」


 わたしは一週間ごとに生活費を抜いた給料を美佳ちゃんの家に渡しに来ている。勿論生活費と言っても最低限の衣食住が出来るほどのモノであり贅沢も無理もしない程度のもの。


「あ、うん。じゃあ……」


 美佳ちゃんは一緒に温泉に行っていた頃とは打って変わって無口になってしまった。表情も暗く、肌もボロボロ。わたしが温泉で褒めていた髪は手入れを辞めたのか痛みまくっている。


 美佳ちゃんが廃人状態なので償いに関して何か強く言われる事は無い。でもいつ訴えられるか分からないし、美佳ちゃんのこの窶れゆく姿を見ていると自分だけ贅沢したとはとても思う気にはならなかった。


 美佳ちゃんが扉を閉めた所でわたしは一息つくことにした。


「これからまた、仕事に行かないと」


 今日もまた知らない人の為に痛み続けている肌に厚化粧を施して、友人を不幸にした事で二度と自然に見せる事が出来なくなった笑顔を作る。ぎこちない、客の為にと指導されたが一生改善されなかった笑顔を無理やり作って仕事に備える。

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