巫女の異世界転移録
江蓮蒼月
第一部 RPG攻略序盤、物語が現実に
プロローグ
コツ、コツ、コツ。
夏の日差しの下、その神社に続く石段を歩く下駄の音だけが聞こえている。音の主は巫女服を着た一人の少女だった。彼女は神主の娘で、学校が休みのときには巫女見習いとして、神社でバイトをしているのだ。今もその道中である。ポニーテールに結った黒髪は活発な印象を与えるが、彼女の瞳は諦めにも似た静かな雰囲気を漂わせていた。
彼女は星叶
祈は父と母、そして先月離婚を機に戻ってきた叔母と、
「ちょっと、出ていってくんない? わかんないの? あたし、勉強してんの。祈もさ、去年、受験生だったでしょ? なんでわかんないのよ。あ、ごっめーん、わかんないか。あたしは名門高校の受験だもん。近場の公立高校なんかに行ってるあんたとは、全然違うのよ。てかさ、なんでまだ居るわけ? あたしはあんたと違って忙しいって言ってんの。ほんっと馬鹿よねぇ……。消えてくれない?」
いつもいつも、人をバカにしている口調。それが祈を苦しめていた。
來亜の世話をしているのは彼女なのだ。食事も、洗濯も、掃除も。そもそも、來亜は居候なのになぜか上から目線なのである。なんの手伝いもしていないのに。狂ったように勉強しているから成績だけはいい。祈は別に成績が悪いわけではない。物わかりはいい方だし、テストの点数も平均よりも十は上である。でも、來亜の足元にも及ばないのはたしかだ。わかっているから、何も言い返せない。
「祈ちゃん」
そう呼んで慕ってくれていた來亜はもうどこにもいないのだと、その度に祈は思い知らされる。來亜がくることになって、やっと孤独を癒やすことが出来ると思っていたのに、寧ろ悪化していた。
学校でも友達がいないため、祈はいつも一人である。教室がガヤガヤと騒がしい休み時間も一人静かに読書か勉強をしているのが常で、話し合いの時間は地獄同然でただ黙ってやり過ごすしかない。いい子ぶってる、なんて陰口を言われているのも知っていた。学校に行くのが苦痛になっていた。それでも、学校を休む勇気はなくてじっと耐えているのだ。
中学生の頃は彼女も楽しんでいた。友達と呼べる存在も多くいたし、少なくとも今の百倍は笑っていたように思う。物静かな雰囲気とは対照的のポニーテールはその時の髪型で、それだけでほんの少し救われた。
輝かしい思い出はどこへやら、今の祈はどこにいても一人ぼっちだった。
そんな生活が続いていた。
だから、今のように神社でバイトをするときが一番気が楽なのだ。何も祈を拒まないから。
星叶神社はこの辺りで唯一の神社のため、日曜日にはそれなりに参拝客がいる。人がまばらになって来たときが、神職に就く者たちの昼食時である。
「ごちそうさまでした」
一足先に食べ始めた分早く食べ終えた祈は外に出て、意味もなく空を見上げた。自分を邪険に扱うことがない自然が好きだった。ぼんやりと見上げた空の青さが、自分の濁った瞳とあまりにも不釣り合いに思えて、祈はすっと視線を戻した。
いつもの昼食後と同じように鳥居に
インヌメルムは選択制RPGである。『あなたが創る、あなただけの
祈もまた、その魅力に惹かれたのである。幻想的な景色の広告が辛い現実と正反対だったのも、祈がこのゲームをダウンロードしたきっかけの一つだった。
祈は早速ゲームを始めた。鳥居の影の下、陽の光を受けないために見えやすくなった画面に指が踊る。このゲームはアバターの設定をしなければならない。手間にはなるが、それがより楽しめる要素になるのだ。
ニューゲームのボタンを押すと、アバターの設定が始まった。性別は現実と同じ女性を選択する。正直、祈は性別はどっちに設定しても良かった。でも、このゲームは特殊だ。アバターの設定が細かすぎる。同性のほうがいいというものだ。
ミルキーブロンドの髪は少し内巻きのセミロング。髪型はリアルと同じポニーテールを選択する。どちらかといえばタレ目の瞳は宝石で色を決めたツァボライト。職業は当然のように巫女を入力した。祈にとって一番身近な職業で、かつゲーム内では攻撃と回復を両立させることができるからだ。
そして、いよいよ最後の設定。主人公の名付けである。祈が打ち込んだのは「レサル」だ。その言葉は彼女の名と同じく「祈る」という意味を持つ。祈がSNS上で名乗っているもので、その響きは彼女のお気に入りなのだ。
これでようやく設定が終わった。それと同時に画面いっぱいに広がる
「行きたいな、こんな世界……」
祈は思わず呟いていた。人間関係はめんどくさくても、祈はこの世界が嫌いだというわけではない。ただ、この言葉は本心で、その瞬間の祈の強く思ったことだった。
ところで、神社というものは願いの場である。神社で強く思ったことは願いに変換される。鳥居の先は、神の住まう場所。強く願った言葉は神に届くものだ。
神々は鳥居に神気を与え、祈を
祈が悪いわけではなく、また、神々も悪くない。だが、世界線は歪み、祈の姿は消えてしまった。まるで、最初から彼女が居なかったかのように。彼女が持っていたスマホが音を立てて地面に落ちたほかには、風が木を揺する音だけがわずかに聞こえるばかりだった。
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