◇5 高位貴族院会議

 しばらくして、俺は皇城に出向く事となった。


 その理由は、高位貴族院議会というものが行われる事となってしまったからだ。


 と言っても、議題はいつもの定期報告だ。聞いても何にもならないくだらない報告を永遠と聞かされるという事だ。


 以前のこいつだったら全部不参加で終わっていた。けど、今後のためにもいろいろと把握したいから行かなきゃいけないんだよなぁ。


 朝から、この大陸で一番深いとされているラディス深海よりも深く溜息をつき、仕方なく余所行きのスーツに手を通した。



「いってらっしゃいませ!」


「はぅっ、よくお似合いです公爵様っ!!」


「はぁ、とっても素敵です……!」



 なんか、最近使用人達生き生きしているように見えるんだよな。屋敷内の模様替えをしたってのもあるんだろうけれど、たぶん原因は俺か。皆ダンテの記憶にはなかった事ばかりしている。親切にしてくれてる。やっぱりイケメンは得だな。まぁ鼻血は出さないでほしいんだが。


 そんな事を考えつつ、全身真っ黒で金色で家紋が描かれた馬車に乗り込んだ。もうこの馬車を見ればダンテが乗ってる馬車だってすぐに分かる。


 とりあえず、金持ち公爵家の馬車の座り心地は最高だった。これ寝られそうだよ、寝ていい? もう会議なんてかったるいもんやらなくていいよね?


 なぁんて馬鹿な事を思っていたらもうすぐに皇城に着いてしまった。


 とりあえず、馬車に乗っているタイミングで言っておこう。



「滅茶苦茶行きたくねぇぇぇえぇぇぇェ……」



 めっちゃ声を小さくしたから、俺の心の叫びは聞こえなかったと思う。



「……」



 俺の目の前にある、堂々とそびえ立つお城。


 あぁ、来てしまった。ここだよ、俺がこんな目で見られてしまった原因の現場は。周りにも馬車があって王宮の使用人と他の貴族達が俺の事を見てるよ。あ、でも戸惑いの顔だな。


 この馬車に乗れるのはダンテ一人だ。両親などはいないからな。でも、今の俺はいつもと違った格好。あれ誰だ? と思っているだろうな。


 疲れ切って死にそうだったろくでもないやつが磨いてみればびっくり仰天、神様も驚くイケメンだったわけなんだから。



「……あ、あのぉ……」


「ダンテ・ブルフォードだ」


「……え」



 ほら、と今回の会議の招待状を王宮の者に渡す。会議の会場がここだなんて最悪だな。


 おいおい、大丈夫か? 招待状を見て目が飛び出してんぞ。戻せ戻せ。



「……あっもっもうしわけありませんっ! ただいまご案内いたします……!」



 すんげぇ焦ってんな、こいつ。まぁ無理もないか。


 ぐっさぐっさ刺さる痛い視線を浴びつつ、そのまま皇城の敷地内に入っていった。


 ここの皇城は、本当にザ・お城のような見た目だ。と言っても、実はダンテの領地にある屋敷も城みたいなものだけど。まぁこれだけ地位が高ければ持っているものも格が上がるのは当たり前か。


 今日はいい天気だし、今は社交界シーズン。だからここには大勢の令嬢達が足を運んでいる。皇城の庭は金さえ払えばお茶をさせてもらえるからきっとそういった集まりで来ているのだろう。それか、皇后陛下、皇太子殿下、第二皇子殿下、第一皇女殿下の内の誰かがお茶会を開けば、か。


 皇城に来ちゃったけどさ、あの二人には会いたくないんだよな。あれだよ、第二皇子殿下と元婚約者。こんなに人の多い所で、だなんて一番最悪なシチュエーションだろ。頼むから出てこないでくれよ。頼むから、本当に。



「あの……」



 あ、やべ。来たぞ、ご令嬢が。


 コソコソ話していたご令嬢3人が、俺に話しかけてきた。いきなり話しかけてきては自分の自己紹介をし始めて。これは俺も名乗らなきゃいけないパターンだな。



「それで、その、お名前を教えてくださっても……よろしいでしょうか?」



 あーあ、顔赤く染めちゃってさぁ、ダンテはイケメンだから分かるよ? その気持ち。だけどさ、きっとご令嬢達も知ってるだろ、俺の噂。言った瞬間顔引きつるだろ。でもなぁ、どうすっかな。まぁ、でも仕方ないか。他に言いようがないし。



「ダンテ・ブルフォードと申します、レディ」


「……」


「……」

 

「……」



 ほぉら、やっぱそうだったよ。分かってたけどさ。だけどな、そうはいかないだろ。喰らえ、ダンテの30%イケメンスマイル!



「っ!?」


「あ……」


「すみません、折角素敵なご令嬢方にお声がけしてくださったのですが、生憎と今日は時間がないんです。では、失礼しますね」


「あ、いえいえ!」


「こ、こちらこそ、いきなりお声がけをしてしまって申し訳ありません!」



 ほーら、真っ赤にさせちゃってさぁ。ほんとイケメンって罪だよな。笑っただけでこれだぜ?


 あ、因みにさ、屋敷でいろいろと実験してみたんだよね。イケメンスマイルのパーセンテージ。30%、まぁ簡単に言えば少し微笑む? それをするとさっきみたいに顔を真っ赤になるんだけど、50%とか100%にしたらどうなると思う? まぁでもそれ今やったら大変な事になるからあとでな。


 屋敷でだいぶ被害者が出たから、気を付けなきゃいけないんでね。



 会議の会場となる部屋まで辿り着くと、扉の前に立つ役員が見えた。俺を見た瞬間動揺しているようで。ここに来るって事は高位の爵位を持った者のみ。高位、というのは公爵と侯爵のみだ。



「ダンテ・ブルフォード公爵様です」


「はっはい!? あ、申し訳ありません、どうぞこちらへ……!!」



 案内人がそう言うと役員は慌てて扉を開けてくれた。睨まれると焦ったのか?


 中には……10人の男性がもう席に座っていた。この国では公爵が俺を入れて4人、そして侯爵が残りの6人だ。


 俺の登場で、周りは勿論ざわついてしまっている。だが、役員の声でより一層騒がしくなった。「ダンテ・ブルフォード公爵様のご到着です」と。


 まぁ、そうなるだろうなと予測はしていたから顔色は変えずにいられた。でもさ、内心緊張はしてるのよ。だってここにいるのは高位貴族、この国の重鎮達だろ? まぁ俺も入ってるんだけどさ。


 とりあえず俺、落ち着け。大丈夫、俺なら出来る。



「ほぉ……ずいぶんと晴れやかになりましたな」


「そうですか?」


「……えぇ、さては何か面白い事でもあったのですかな?」


「そうですね……確かに面白い事はありましたよ。今までつまらなかった事ばかりでしたからね、今はとても充実していますよ」



 俺にそう話しかけてきたのは、ラモスト公爵。まぁ、悪い人ではない。面白い人ではあるが。身なりが変わっただけでなく、初めてこの会議に参加したことに皆驚いている中、こうやってすぐに話しかけてきたところがまたさすがだな。


 そんな俺達の会話を聞いていた、丁度俺の目の前に座っているとある侯爵は両手を強く握りしめわなわなと体を震えさせている。そう、彼はルアニスト侯爵。あの元婚約者であったルアニスト侯爵令嬢の父だ。


 今回は何か言ってやろうと思っていたそうだけど、ラモスト公爵が先に俺に話し出したので先手を取られ、しかも俺のこの言い方もあってこんな様子なんだろう。娘が婚約者じゃなくなってから生活が充実してるだなんて言ったんだ、そりゃそうなるだろうな。



「さて、無駄話はここまでにして。始めましょうか」



 無駄話、という言葉に侯爵はカチンと来た様子。顔赤くなってんぞ、血糖値上がっちまうぞ~?


 ここには俺が最後だったらしく、高位貴族院会議はすぐに始めることが出来た。


 議題の中には、もうそろそろで行われる第二皇子殿下の成人式の案件もあった。完全に忘れていたな。途中で寝そうになったがその案件で目が覚めたって所か。きっと気付かれてないだろう。


 でも、たぶん面白くなさそうに見えていたのかもしれない。俺を見ては呆れ顔をしていたものがちらほら。まぁ気にしないが。



 さて、会議も終わったしさっさと帰ろうか。と思い部屋を出ようとしたら、とある人に声をかけられた。まぁ予測していた人だ。



「ブルフォード公爵」


「……如何しました?」



 話しかけてきたのは、元婚約者の父親、ルアニスト侯爵だ。終わった後に何か言ってくるだろうとは思っていたのだ。



「こたびの件、本当に残念です。貴方とは長年付き合ってきた間柄ではありました。ですが、セピアの父である私ですら、どういった心境で娘がこんな事を言い出したのか……時折ふさぎ込んでいたのは気付いていたのですが、何もしてやれなかった私は父親失格ですね」



 ある事ない事べらべらと周りの公爵達に聞こえるように話し出した侯爵。聞いてやってるけどさ、100%俺に問題があると言いたいのかこの糞親父。


 まぁ今までも怖いもの知らずでダンテに攻撃的だったが全部相手にされなかったんだ。こうなるわな。羽音にも聞こえん的な?



「婚約破棄の件は、驚きはしましたが、それで彼女が幸せになれるのでしたらこれで良かったではありませんか」


「ッ……」


「ご令嬢のご婚約、おめでとうございます」



 おっと、カチンと来たか? 青筋が立ってるぞ?


 そのまま、では失礼しますと一言残して部屋を出ていった。実に正直な方だったな。失礼な事は言ったけど、どうせ俺はあのブルフォード公爵だ。侯爵家とは格が違うのだから、文句は言えまい。



「おやおや、ルアニスト侯爵はあまり虫の居所が良くないみたいだ」


「お久しぶりです、レスリス公爵」



 そう言ってきたのは、レスリス公爵。この人は……まぁ結構悪ふざけの好きな人だ。あまり話はしたくなかったんだが、話しかけられてしまったのでは仕方ない。それにこの人は色々と顔が利く人だから仲良くしていて損はない。



「聞いたよ、公爵。今巷ではやってる公爵の噂」



 ほらな、こんな事を言えるのはこの人くらいか。



「だが安心してくれ、私はそんな証拠もない噂話は信じないタイプでね。まさかブルフォード公爵ともあろう方がそんな事はないだろう?」


「そうですね。私も知らない事をご令嬢がご存じだとは思いませんでした。一体いつ知ったのか皆目見当もつきません」



 挑発してくるような話し方だな。だが、これは一度もご令嬢と夜を共にしていませんという事。それはただの彼女のでたらめだという事だ。


 それが伝わったのか、公爵は高笑いをしていた。はぁ~、マジで勘弁してくれよ。


 今度、ゆっくり話なんてどうかな? とレスリス公爵に誘われ、喜んでと返答しこの場を失礼したのだった。


 あーさっさと帰りたい、と思っていたのに馬車に乗るまで何回ご令嬢に声をかけられたことか。屋敷に帰った時にはもうぐったりだった。



「おかえりなさいませ、公爵様」


「あぁ、ただいま」


「直ぐに湯あみのご準備をいたしましょうか」


「あぁ、そうしてくれ」



 湯あみの手伝いでメイド達が熱意のあるじゃんけんをしていたのは俺は知っている。


 毎回毎回手伝いはいいと断ろうとしているのだが、中々引きさがってくれず。でも結局鼻血を出して退場していくメイド達。だからいいって言ってるのに。ウチのメイド達は仕事熱心だな。貧血にならないよう気を付けてくれ。


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