第14話 大商人。
アブラビ・ダハディーは三十代の男だった。癖のある柔らかな茶色い髪と瞳の持ち主で、見た目は商人というよりも貴族の優男に見える。
だが、その外見からこの男を見くびっていると、足元を掬われるだろう。抜け目のない眼をしていた。探るような眼差しがギルとシアに向けられる。
「おい! おまえ、フードを外せ。ダハディー様の前だぞ!」
アブラビの隣にいた書記の男が指先をシアに向け命じてきた。シアは言われるままに被っていたフードを後ろへずらす。長い銀の髪がサラリと流れた。一瞬にして、アブラビを含めその場にいた者達の視線が稀に見る美貌に注がれる。
「……おまえ達は、夫婦か?」
どこか困惑した様子で書記の男が訊く。ブッと隣で噴き出したギルの足をシアは表情を変えずに踏みつけた。
「違います。見ての通り、私もこの者も男でございます」
感情の無い無機質な声でシアは応じる。
「ほう。では、お前達はどのような関係だ?」
面白がるような表情を浮かべ、アブラビが口を開いた。雇われたいとは思っているが、楽しませてやらねばならない義理は無い。
「こちらの方は私が雇われているお屋敷のお嬢様です。隣のこの男も私も護衛です。もう一人の少年は縁があって一緒に旅をしております」
「それで? そんなお前達がなぜ仕事を探している?」
「恥ずかしながら、我々は砂漠の旅をするのが初めてな上、金子を稼ぐ必要に迫られましので」
想定されていた質問にシアは打ち合わせどおりに答える。アブラビは興味が薄れたのか、椅子に背を預けた。
「……で、お前達は何が出来る?」
「我々は剣の腕には自信があります。護衛としてアブラビ様の隊商に加えていただきたい。この少年は剣を使う事は出来ませんが良く気が利くので身の回りの雑務などができます」
ギルは老若男女問わず心を掴む笑みを浮かべ、シア達だけでなくアミールの事も売り込む説明をする。
「お前たち、その腰の剣を抜いてみろ」
アブラビが慣れた口調で命じる。ギルとシアはアミールとフレイアが怪我をしないよう数歩前に出た。アブラビの護衛の男がアブラビを守れる位置に移動する。この男はかなり腕が立つと思われた。まずギルが剣を抜き、シアも剣を抜いた。
「いいだろう。お前達を雇ってやる」
あまりにあっけないほどアブラビはすぐに許可を出した。シアとギルは思わず顔を見合わせたほどだ。
「お嬢様の同行も許可していただけるのでしょうか?」
シアは一番大切な事を確認する。
「ああ。だが、面倒が起きれば砂漠のど真ん中だろうとどこだろうと隊から放り出す」
「分かりました。ありがとうございます」
「ハサン」
書記が声を上げた。入り口近くにいた男が慌てて駆け寄って来る。顔にそばかすのある十代後半の若い男だ。
「聞いていたな。この者達を雇う。連れて行け」
「はい。分かりました」
「お前達、こっちだ」
ハサンに連れられシア達は別の扉から出された。別室で説明を受け、二日後の出発まで過ごす部屋も割与えられた。四人で一部屋であったが、アミール宿からすれば雲泥の差だった。
「アミール! お前は俺達の救世主だ! よくぞこの隊商の事を教えてくれた!」
ギルは満面の笑みを浮かべ、アミールの肩に腕を回し、頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。
「本当に助かりました。アミール、私からも礼を言います」
シアも心から感謝の気持ちを伝えると、フレイアがアミールの手を両手で包み込みにっこりと微笑んで見せた。その天使のような笑顔に、アミールの顔は沸騰したように真っ赤になってしまった。狼狽えるアミールの姿を見て、ギルとシアは大いに笑ったのだった。
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