第13話 タイル。
荷物をまとめたシア達は大急ぎで大商人アブラビ・タッハディーが宿泊している宿屋へ向かった。
「ここだよ」
アミールが指さした建物を見て、ギルが持っていた荷物をボトッと落とした。
「おいおい、何てところに泊まってやがるんだ?!」
驚くギルの声を聞きながら、シアも白亜の立派な建物を無言で見上げる。アブラビが滞在していたのは王族や他国の貴賓が宿泊するために建てられた豪華な建物だった。
「まあ、それほどこの町には重要な存在という事なのだろう」
感嘆するギルの言葉はきっと正しい。シアは目線を下げる。シアの視線に気づいたのか、澄んだ青い瞳がシアを見上げてきた。
「……フレイア様。行きましょう」
フレイアは素直に頷き、繋いでいたシアの手をぎゅっと握った。
もし、違う形でこの町を訪れていたならば、この建物に泊まっていたのはアステリア国第一王女のフレイアだったはずだ。
複雑な思いが胸の中に渦巻く。
建物の入り口付近で一旦止められ、アブラビの使用人の案内で建物の中へ入る。足元を彩るのは、白い大理石と美しい青色のモザイク柄に敷き詰められたタイルだ。
「何これ? こんな綺麗な色の石を見た事ないよ! それになんてツルツルしていて気持ちいいんだろう!」
しゃがみ込み床を撫でながらアミールが嬉しそうな声を上げた。
「これはタイルだな。天然石じゃないんだぞ。人が作ったものだ」
「へえ~。凄く綺麗だ! ギルさんは物知りなんだね!」
「まあな。これからも何でも俺に聞け」
「うん!」
アミールに褒められ、ギルは上機嫌になっている。そんな二人の様子をどこか呆れた眼差しで見つめていたシアはフレイアに意識を向ける。フレイアもタイルをじっと見ていた。
「綺麗ですね。フレイア様も気に入られましたか?」
フレイアはこくりと頷いた。
「戻ったら陛下にお願いして、取り寄せていただきましょうか?」
フレイアが驚いたように顔を上げた。すぐに微笑んだがどこか愁いを感じる笑みだった。
「必ず陛下の元へ戻れますよ」
俯(うつむ)いたフレイアは頷(うなず)いた。シアの手を握る手に力が籠る。
だが、その小さく温かな手は僅かに震えていた。シアは心臓を掴まれたような痛みを感じ、フレイアの小さな体を両腕で包み込んだ。
「戻れば、もう二度とあの女の好きになどさせません」
アステリア国現王妃イザベラの顔を脳裏に思い浮かべ、シアは腕の中の自分の命より大切な宝物に誓う。
「シア?! フレイア様がどうかされたのか?」
「大丈夫?」
二人の様子に気付いたギルとアミールが慌てて駆け戻って来た。
「ええ。大丈夫です。私が抱きしめたかっただけです」
ギルは弾かれたようにバッと膝を付き、シアの腕からフレイアを奪い取った。
「フレイア様! シアをあまり甘やかしては駄目です! 嫌な時は急所を容赦無く蹴り上げてください!」
珍しく真剣な表情でコンコンとフレイアに語り掛けるギルの頭をシアは勢いよく叩(はた)いた。
「おまえ達、何をやっている?! 早く来い! あの突き当りの部屋でアブラビ様がお会いしてくださる。順番が来たら中へ入れ」
苛立ちを含んだ鋭い声でアブラビの使用人は簡単な説明だけ残し、さっさと歩き去ってしまった。
「何を怒っているんだ?」
「忙しいのでしょう」
「ふ~ん。しかし、驚いたな。アブラビ自身で面接をしているとはな」
「……そうですね。それだけ用心深い人物なのかもしれませんね」
部屋の前にはすでに大勢の人が並んでいた。扉は開いたままで、次々に人が入ってはすぐに出て来る。肩を落として帰っていく様子から、採用はされなかったのだろう。前に進むごとに、部屋の中の様子が徐々に見えてくる。
謁見に使う部屋なのか室内は豪華で広い。その最奥、金色の椅子に男が一人座っていた。左の膝の上に右足を載せてその足の上に右ひじを置いて仕事を求めて来た者達に対峙している。男の両側には書記らしい男と屈強な男が一人ずつ控えていた。
「次の者! 入れ」
シアはギルへ視線を向ける。ギルは挑むようにニッと笑う。
「アミール。おまえも一緒だぞ」
「はい!」
背後にいたアミールに声を掛けたギルは前を見据えて歩き出した。アミールはギルに遅れないように早足でついて行く。その後をシアはフレイアの手を引いて部屋に入って行っき、アブラビの前で一列に並び立った。
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