第41話 番外編 続・王都デート(ドレス編)

 相思相愛を認識し合ってからというもの、旦那様はまるで人が変わったような溺愛ぶりを私へ見せてくるようになった。そして、その溺愛は日に日に増していき、それはそれで嬉しさ反面、照れ隠しにどんな表情をすれば良いのか困る事も。

 

 いくら恋人関係になったとはいえ、結婚式まではあくまで主従関係を貫くつもりでいた私だったが、旦那様の見せる砕けた表情、態度にいつの間にか私の方からも砕けた態度を取るようになっていた。

 もはや主従関係は建前であり、本質的には恋人同士。

 大好きな人から溺愛される喜びをただただ噛み締め、同時にこの幸せが永遠に続いて欲しいと切に願う。


「よし、行くか」


 私が『あいすくりーむ』を食べ終えたのを見て、旦那様が立ち上がった。


「はい!」


 賑わう人混みの中を歩きながら、王都の都会的街並みに視線を巡らせる。


「次はどこへ行きましょう?」


「ん? あぁ、……言ってなかったな。エミリアのドレスを買いに行く。そもそも今日の目的はそれだ」


「ドレス……ですか?」


「平民出身の君はおそらくだがドレスは持っていないだろう?」


「そんな高価なもの持ってるわけ――」


 口にしながらハッとした私は自分へと視線を落とす。そこには初デートとして気合いの入った、私の持つ服の中での一番のお洒落着。

 だが、所詮は庶民の服装。とても貴族の格好には見えない。


「まさか君は侯爵夫人となるのに、その格好のまま社交界へ出るつもりだったのか?」


 貴族の結婚において、ドレスは言わば花嫁道具。嫁へ行く娘へ両親が買い与えるのが一般的だ。

 アリアの時はリデイン家から貰った『結婚支度金』があったのでそれを使った。だけれど、そのお金は今はもう無い。


 因みに、私と旦那様との結婚においての『結婚支度金』も両親宛てに支払われてはいるのだが、貴族の習わしに疎い両親に、おそらくドレス購入の発想は無いだろう。

 かといって、私の方から「ドレスを買って欲しい」とも中々言い辛い。

 つまり、ドレスを買う為のお金が無い。


 ――まずい! そう思いながら慌てて自分の持つ全財産を頭の中で掻き集めるが、


(ダメだ……全然足らない)


「……旦那様?」


「なんだ?」


 私からの問い掛けに対して前を向いたまま歩き、声だけで返事をする旦那様のその横顔へ一言。


「私、ドレスは要りません」


「――は?」


 歩みを止め、旦那様は驚いた様子でこちらを向いた。


「……ドレスを買うお金が勿体ないのです。ギルバード家から頂いた結婚支度金は両親の老後の生活費に全て充てたいので……その……」


 しどろもどろになりつつ、両親の老後を言い訳に使う。まぁ、嘘では無いのだが、一番の理由はただ両親へ「ドレスを買って」と言い出せないだけ。


「何を言っているんだ?……まさかドレス代の事を気にしてるのか?」


「えぇ、まぁ……」


 旦那様は深い溜息を吐いた。 


「バカだなぁ、まったく。さっきも言っただろう?女にデート代を支払わせる男はいないと」


「え?」


 貴族のお召し物であるドレスは当然高価。貴族でもそう易々と買えるようなものではない。

 

(それをデート代の一部として扱うっていうの?)


 呆気にとられる私へ旦那様が続ける。


「これでも俺は侯爵位を持つ身だ。財力には自信がある。そんなくだらない事気にしてないで、早く行くぞ?俺は君とこうしていられる時間を大切にしたいんだ」


 旦那様はそう言うと再び前を向いて歩き出した。


(……本当にいいのかなぁ)




 旦那様に連れられ、辿り着いたドレス店は店先にショーウィンドウを備え、入店する前からかなりの高級嗜好だという事が窺える。

 そもそもドレス自体が高級品ではあるが、アリアのドレスを買った際の店とはまた一線を画す。


(さすが王都に店を構えるだけあって凄いわね……入るのに躊躇してしまう)


 店先で目を丸くする私に、


「何してる?入るぞ」


「は、はい……」


 旦那様から入店を促され、恐る恐る店の中へと足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ!」


 店内には様々な色、デザインのドレスが陳列され、その煌びやかな光景に思わず目を見張る。

 

 ハンガーに吊るされ、一緒くたに並べらているドレスもあれば、マネキンに着せ、店内の目立つ位置に配置されているドレスもある。

 

 きっと、後者のマネキンのドレスが高価なのだろう。ハンガー組のドレスとは一線を画す優れたデザイン性だと、素人目の私でもすぐに分かった。


「おっ!これなんかいいんじゃないか?この、清らかで美しい感じがエミリアの印象とよく合ってると思うんだが、どうだ?」


 旦那様は店の真ん中辺りに配置されたマネキンを指差し、そう勧めてきたが、


「……えっ? そ、それですか……?」


 白を基調としながら、所々に水色の刺繍が花柄模様に施され、その白と水色のコントラストは確かに清らかなイメージを彷彿とさせる。


(……でも、これって私の歳じゃ、ちょっと痛い気がする)


 『清らかで美しい』と言うより『純真無垢で可愛いらしい』がこのドレスのイメージとしては正しいだろう。

 如何にもデビュタントしたての10代後半の少女が着そうなデザインだ。

 それこそアリアの様な可憐な少女がこのドレスを着こなすのだろう。


「だ、旦那様……これは流石にちょっと……」


「すまないが、このドレスをくれ」


「かしこまりました」


「――って、旦那様!?」


 私が示す難色など知ったことかと言わんばかりに旦那様は強引に購入を決めてしまった。


「よし!あと2着くらい買っておくか!――お!?これなんか良いんじゃかいか?桃色の――」


「旦那様!!」


 怒気の籠った私の声に旦那様はビクっと固まり、恐る恐る私の方を向く。


「それは絶対にダメです!」




「「「毎度ありがとうございました!!」」」


 最高級のドレス3点の購入を決め、店長はじめ総出の見送りを背にドレス店を出る。


「……あの、ありがとうございました。あんな高価なドレスを3着も」

 

「気にするな。それにこの金はギルバード家としての財からでは無く、俺のポケットマネーからだ。だから安心してくれ」


 私の考えている事、全て見通されている。


 定期的に貧困層へ支給される『生活援助金』。

 その財源からすればこのドレスの購入費は些細ではあるのだろうが、貧乏性な私はどうしても「このお金で何世帯の人達が助かるのだろう」と思って素直に喜べなかった。更に言えば、このドレス購入費用が『生活援助金』の予算から引かれやしないだろうか、とも。

 でもそれが旦那様のポケットマネーから出ていると聞いて、ほっとした。


「本当、旦那様は私の事は全てお見通しなのですね」


「ふっ、惚れ直したか?」


 得意気な笑みを作り、胸を張る旦那様へ、


「そうですね」


 そう言って私も微笑むのだった。

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