第40話 番外編 王都デート(あいすくりーむ編)

 ――コンコン


 朝、出勤の支度をしているところへ扉がノックされ、ミリだろうか?なんて思いながら扉を開けると、


「朝早くにすまないなエミリア」


 そこには予想外の人物が。銀髪に青瞳の麗しき男性――そう。私の婚約者だ。


「旦那様! どうしたんですか?こんな朝早くに」


「いきなりで悪いが、これから俺と一緒に王都へ行かないか?」


「……はい?」


 あまりに唐突な申し出に思わず聞き返してしまったが、


「俺と一緒に王都へ行かないか?」


 旦那様は同じ言葉を繰り返すだけ。私は困り顔でその言葉に答える。

 

「いや、私今日は普通にメイドとしてのお仕事が……」


「大丈夫だ! クラインには既に言ってある。今日はエミリアは俺が貰うとな」


 旦那様はそう言うと薄っすらと得意気な笑みを作った。


 まぁ、屋敷の主である旦那様がそういうのであれば、無論それに従うのが従者の役目。

 それにしても、時折覗かせる旦那様のクライン様へ対する謎の対抗心らしきもの、これは一体なんなのだろうか。


「ふん。これまでクラインの奴は散々エミリアを独り占めしてきたんだ。婚約を交わし、名実共に俺の女となったからにはもう奴の好きにはさせない。クラインの奴め、エミリアを俺に奪われ、悔しそうに嘆く奴の顔が目に浮かぶわ!――ん?なんだ?」


 ――しまった。 思わず冷ややかな目で旦那様を見てしまっていた。


「いえ。なんでもありません」




 屋敷から王都まで馬車で約2時間の距離。その車中――


「それにしても急ですね。今日はお仕事の方は?」


「実は今日、本来ならば割と大きな商談が入っていたんだが、先方の都合で急遽それが延期になってだな」


「それで、私と共に王都へ出掛けようと?」


「そういう事だ」


「そうだったのですね。じゃあ、これが旦那様との初デートという事になりますね」


「ふっ、そうだな」


 綻んだ表情で見つめ合い、突然に訪れた嬉しい一日に私もまた胸を弾ませる。




「わぁ……すごい。これが王都ですか」


「エミリアは王都は初めてか?」


 目を丸くし、辺りをキョロキョロと見回す私に旦那様がそう問いかけた。

 もちろん初めてだ。


「はい。平民の私にわざわざ王都まで出向く機会などありませんからね。遊びで王都へ行く人なんて平民では富裕層の人達くらいのものですよ」


 見た事も無いようなお洒落で立派なお店がずらりと立ち並び、行き交う人の多さとその身なりからしても、やはり平民には無縁の町だという事を再認識させられる。


「そうか。ならば初めての王都散策、今日は思う存分楽しんでくれ」


「はい!」


 季節は夏。日差しも強くなり気温が上昇する時間帯になってきた。


「それにしても暑いな」


 そう呟くと旦那様はおもむろに一軒の店の方へと足を向けた。ピンク色の可愛らしい外観をした店だ。そこから伸びる行列から相当な人気店だと窺える。


(一体何のお店なんだろ?)


 若い女性店員が店頭に立ち、次々と客を捌いていく。勘定を済ませた客の手には何やら見慣れない商品。

 旦那様に倣って行列の最後尾に並ぶ。


「旦那様、このお店は?」


「ん? 最近貴族達の間で大流行している『あいすくりーむ』ってやつのお店だ」


「あぁ!『あいすくりーむ』ですか!」


 初めて聞く単語だが『大流行』と聞いて、最近『流行に乗りたい病』を患ってしまった私は思わず見栄を張る。

 原因はアレだ。洋服のお洒落に目覚めてから。それからというものミリ達と流行やトレンドについてよく語るようになり、流行に疎いと思われるのがなんだか癪に感じるようになっていた。


「知ってるのか?」


「……いいえ、知りません。なんですか?それ」


「まぁ、順番がきてからのお楽しみだ」


 私達の前のお客さんが勘定を済ませ、私達の番が来た。


「いらっしゃいませ!ご注文は何になさいますか?」


 女性店員のはつらつとしたその元気な声と笑顔に自然とこちらの気分も楽しくなる。


 私はショーケースに並ぶ『あいすくりーむ』へと視線を移す。

 そこには色とりどりの……って、本当なんだろ、コレ。

 未知過ぎて例えようが無い。


 ショーケース越しに目を丸くしながら首を傾げる私。そんな私をよそに、


「俺は『ちょこみんと』を頼む」


(え、なにそれ、ちょこみんと?おいしいの?それ?)


 旦那様はまるで決まっていたかのような流暢な注文の入れ方をする。まさにこれこそ『即決即断』。


「『ちょこみんと』ですね!かしこまりました!」


 直後、店員の人が手際良く作業を始める。


 ショーケースを開け、幾つかに分け隔てられた『あいすくりーむ』らしき物の中から水色に黒い斑点模様のついたやつに大きなスプーン突っ込んだ店員は力みながら、それをこさぐような動作で掬い上げると、またしても見慣れない物体、何だかスカスカとした質感の霞んだ黄色っぽい円錐状の形をしたそれの上に『あいすくりーむ(ちょこみんと)』が乗せられた。


「お待たせ致しました」


「ん、ありがとう。エミリアは何にする?」


「うーん。それ、美味しいんですか?」


 『ちょこみんと』を指差す私。


「これか? これは上級者向けだぞ? エミリアのような、ひよっこ初心者はまず『ばにら』からだな」


 悪戯的な笑みを浮かべる旦那様に膨れ顔で応じる私。


「初心者って、馬鹿にしないで下さい」


 そうは言いつつも、


「……でも、まぁ……『ばにら』でいいです」


 初心者の自覚はある為、ここは上級者の意見を素直に聞いておこうと思う。


 商品(あいすくりーむ)を受け取ると、併設されたテラスへ行き、そこへ並べられた机と椅子に、私と旦那様は向かい合うように腰を落とした。

 

「ありがとうございます。私の分のお金まで払って貰って」


「当たり前だろう?デート費用を女に払わせる男が一体どこの世界にいるんだ?」


 そんな決まり聞いた事ない。というか、そもそも、平民の私はお金を使ったデートをした事が無い。

 もはやデートという名の散歩。それが平民の世界で言う『デート』だろう。


「うん!うまい!やっぱり夏は『ちょこみんと』に限るな! エミリアも早く食べろ。溶けてしまうぞ」


 先に食べ始めた旦那様に促され、へぇ〜溶けるんだコレ、なんて思いながら一口ぱくり。


「ん〜!! 何ですかこれ!?」


「うまいだろ?」


 まずその冷さに驚き、次に口の中でとろけていく何とも心地良い食感と甘さに身悶えする程の感動を覚える。

 とにかく、美味しい!ただそれだけ!


「すっっっごく美味しいです!人生で一番美味しいです!すごいですね、コレ」


 衝撃的な美味しさに語彙力崩壊。そんな私の様子に旦那様が一言。


「『ばにら』もうまそうだな。……一口くれ」


 言われるがまま差し出すと、旦那様は私の『ばにら』目掛けてパクリ。


 ――あ!! いっぱい食べた!!


「うん! たまには初心者の味も悪くないな!」


 笑顔で頬張る旦那様へ私は睨むような視線を向ける。


「ん?どうした?」


「初心者って言わないで下さい。それと、私にもそれ、一口食べさせて下さい」


 『ちょこみんと』を指差しながら言う私に旦那様は「え〜」っと言わんばかりの如何にも嫌そうな顔で渋々差し出す。それ目掛けて大口でパクリ。


「お、おい! エミリア、それは取り過ぎ……」

 

「ん〜!!おいしー!! 口の中がすーすーして、爽やかな感じがしますね!」


「あ、あぁ……」


 量を減らした『ちょこみんと』を哀しそうに見つめる旦那様。


「次は私もそれにします!!」


 これで私も『あいすくりーむ上級者』の仲間入りだ。

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